忍びと猿
番外 猿と出会う
とある任務の帰還途中の事である。
ある城に潜入し密書を盗むという、あの方にしては普通のご命令を遂行し、無事終えた私は森の木々の間を駆けていた。後は速やかに帰るのみ。
「あれー?こんなところに先客発見。」
「!」
ばっ、と振り返ると忍びが一人木の枝の上に立っていた。全く気付かなかった。この人は一体どこのものだ。
「あー、そんなに警戒しなさんな、って言っても無理、か。」
「ええ、貴方が何者かわからない限りは。」
「それを言っちゃうと、お互い様でしょ?
俺様、此処にはちょっと様子見に来ただけなんだよねー、無駄に戦って疲れたくないっていうかさ。」
へらり、と笑うこの男に殺気は感じない。忍びとは思えない程、軽い雰囲気だ。思わず拍子抜けしてしまう。世間話をしているかの様な軽さで男は話す。
「だからさ、その刀仕舞ってくんない?あんたがそうしてると、俺様も出さなきゃいけなくなるんだよ。」
「、解りました。」
「…あれ、本当に仕舞ってくれるの?」
「貴方の言葉に嘘は無い、と思ったので。」
そう言うと、男は少し困った様な顔をして、頬を掻いた。
「あんたさ、忍びだろ。俺様が言うのも何だけど、そんな簡単に人の話信じていいの?」
調子狂っちゃうなー、と言う男。それは私も同じだ、私が唯一知っている忍びといえば、全く喋らないため、忍びとは寡黙なものだとばかり思っていた。
「絶対忍び向いてないぜ、あんた。」
「それは…、私もそう思います。しかし、余計なお世話というやつです。」
私はこれで失礼する、と言ってその場を後にした。
「本当に、向いてないな。」
まるで立派なお侍の様な誠実さでもって、挨拶を残して去って行った名も知らぬ忍びに向けて言った言葉は、夜の空気に誰にも届かないまま溶けた。
木々の合間に潜ましていた己の影たちを消す。口では戦わないと言ったが、相手が怪しい動きをすればいつでも相手を殺せる様に準備はしていた。それだというのに、あの忍びときたらあっさり警戒を解いた。拍子抜けして思わず忍びが走っていくのを見送ってしまった。
「確かに忍びの動きだったけど、あれは忍びの目じゃないな。」
ま、俺様には関係無けど、そう心の中で呟いて男は闇の中に溶け込んだ。