右目と梟


東大寺にて

竜の右目片倉小十郎は松永の忍び小百合を破った後、途中から合流した主君伊達政宗と共に松永のところへ到達した。
だが、政宗は本調子では無い。それは右目たる彼とて同じ事であったが、表には億尾にも出さず片倉は松永の始末は己がつける、と政宗に進言し松永との決着に挑んだ。

「私の忍びは卿には及ばなかった、か。……それで、小百合は生きてはいるのだろうな?」
「…さて、な。あの世へ逝って確認したらどうだ?…唯、一つテメエに教えてやる。あいつはもう、テメエの忍びではねぇさ。」
「……何?」

この外道が忍びの安否を気に掛けるとは、と片倉は些か意外に思った。しかし片倉に、小百合が生きている、と素直に言ってやる義理は無い。ただ、松永は己の忍びと言っているが、その認識のままにしておくのは気に入らない、そう思った。
小百合の心にこの男は居ない、先の彼女との戦いで片倉はそう確信して、挑発と僅かに私的な気持ちで持って、それを伝えた。
松永は如何やら、その右目の返答が癪に触ったらしかった。

「まんまと騙されていた筈の卿が、如何して彼女を分かった風に語れるのか。是非ともその心をお聞かせ願おうか。」
「ああ、確かに、俺はあいつが忍びだと見抜けなかった。…だが、あいつが忍びであると何故言える?あれ程に、真っ直ぐに武士の道を求め、足掻いていた奴を。」

小百合という女を思い返しながら、片倉は答えた。
出会った時を思い出してみれば、確かに小百合は怪しいところも有ったと感じる。しかし、その様は忍びには到底見えなかった。また、この卑劣な手段を講じる男のものだとも。
小百合は一宿一飯の恩だと言って、伊達の兵を助けたが、どう考えても釣り合いが取れていない。時として非情にならざるを得ない伊達の軍師が思うに、あの娘は情に弱いか、律儀が過ぎるのであろう、という具合だ。
だが、武士の在り様を己に尋ねた時の目や、一度だが交えた刀などは、他に例えようがない位に真っ直ぐで。
一武士の身としては、好ましいと思ったほどであった。

「ほぅ……、多少は見えているようだな。そうだとも、小百合は忍びとして動けはしても、忍びの生き方など到底出来ない。あれは中々に難儀な者でね。水の中でしか生きられない魚のように。」
「そうまで解しておきながら、何故、あいつを忍びの枠に縛りつけようとする…?」
「苦しみの中こそ、小百合に最も相応しく、引き立たせる環境だと思わないかね?」
「胸糞悪ィ…、やはりテメエの話は聞くに耐えねえな。」

片倉は、松永の内にドス黒い執着の火の揺らぎを見た。しかし、此処でこの梟を葬ればそれも、気にする事はない、と、ずっと滾らせていた殺意を己が刀にのせ切り掛かった。

「仏に抱かれて地獄へいきな!」
「はっ、卿は冗談が上手いな、いや感心。」

鈍い苛立ちと確かな嘲りをその目に宿らせ、松永は余裕のある態度を崩さず、怒れる竜の剣を避けた。

戦いが始まった。


燃え盛る御仏の前で、男は爆発と共に散っていった。骨一つ残っていない光景に、片倉は少し眉を顰めた。
全て、取り返した。竜の爪も兵も、無事に戻ってきたのだ。
と、言い聞かせて、潰えた筈の不穏の影を己が胸から掻き消し、時期に崩れるであろうこの場から立ち去った。
引き返したその道に、何処にも小百合は居なかった。片倉はそれを認識した時、自分が無意識に小百合を探していた事に、初めて気がついた。
片倉はそんな自分に少し呆れた。
もし居たら、伊達に引き入れても良いかもしれない、等という軽率な考えは副将たる自分にあるまじき事だ、と。

燃える寺から出た伊達軍は、取り戻したものの大きさを噛み締めた。
喜びと疲れとがない交ぜになった空気の中、一番の受勲者たる副将は、刀を地に置き主に頭を下げた。
全て主たる伊達政宗の為といえど、その人に刀を向けた事実は変わらない、と時に真面目が過ぎる竜の右目は、その命でもってその罪を償おうとした。が、独眼竜がそれを止めた。

斯くして。
男泣きするその集団は、燃え盛る炎も相まって、大層暑苦しくむさ苦しいもので。
coolとは程遠い有様だな、と伊達政宗はその顔に優しい笑みを浮かべた。

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