大人と子供と六畳一間


偶然触れた手が、骨張った男のひとの手をしていた。多分理由はその程度で十分だった。
ああ、中学生だけど。中学生だけど男のひとみたいな手をしているんだなあ、と。ひどく情けなくもそんな些細な、処女かと疑われるようなちっぽけな理由で。いっそ母性本能をくすぐられていたほうがまだ救いようもあっただろうに。私はあろうことか、子宮をキュンと疼かせてしまっていた。
嗚呼神様、違うんです。私はただ、こんなに可愛い中学生の三郎くんが、身体だけは立派に“男の子”を脱しようとしている事実が、何というかたまらなく、あの、その、――ああしまった、何一つまともに弁明できる要素がない!
じゅわりと口の中に湧いた生唾をペットボトルの中のレモンティーとともに飲み干して、平生を装う。けれど頬の熱さ、ひいては赤みはすぐには冷めてくれない。その手を一瞬でも――いや、一瞬ではなく数秒だったかもしれない――物欲しげに見てしまった。その視線の意味に、中学生の三郎くんが気付かないことを心の底から祈りながら、三郎くんの顔を見やる。……その瞬間、私は祈りが届かなかったことを知った。

三郎くんは、道端で干からびたミミズでも見るような目をして私を見下している。

出会ってからわりとすぐに見下されてきたので三郎くんが私を見下すというのはそうそう珍しいことでもない。ないけれど、こんな性犯罪者を見るような目を向けられたことは、それこそただの一度だってなかった。当たり前だがそれは、私が三郎くんをそんな目で見ていなかったからなのだろう。私にとって中学生はそういう対象にはならないし、そもそも手を出すイコール淫行、人生終了のお知らせ、なので。無意識に考えないようにしていたのかもしれない。ほんの一瞬でダメになったけれど。
三郎くんが私がそういうことを思っているということに気付かない可能性もワンチャンあると思っていたけれど、無かった。けれど、それはある種当然のことだったのかもしれない。整った顔をした彼の、二人のお兄さんも当然ながらに顔が良い。そのお兄さん達に擦り寄る女性などだって当然いただろうから、しかもそのお兄さん達二人というのはいわゆる不良タイプのようだから遊んでいたのかもしれないし、それからすれば彼が女のそういう顔を見る機会がそれなりに多かったのかもしれない。だからその経験から、私の変化に気付けたとして不思議はない……だろうか。

「さ、さぶろうくん……違くてね……そ、そんな目で私を見ないで……」
「何が違うって言うのかな。淫行条例って知ってる?おねーさん」
「て、手を、出しては、いないので……」
「手ェ出さなきゃ何しても、何思っても許されるとか思ってるんだ」
「そ、そういうわけじゃないけど……!」

まだ手が触れたくらいなのに、もしかしてこれも淫行に引っかかるのか!?とパニックになる。いや、けれど、触るつもりはなかったのだ。ただ、偶然にも手が触れてしまっただけのこと。それ以上でもそれ以下でもない。そもそも、手が触れたのは厳密に言えば私が三郎くんに欲情する前だ。本当に厳密に言えばの話であり、降れた途端に欲情したことを思えば弁明にもならないかもしれないが、しかし、誓って、やましい気持ちがあって三郎くんに今まで会っていたというわけでは無い。今日が初めてだ、こんなのは。
私が心の中で必死の言い訳を述べているのを知ってか知らずか、三郎くんが私にぐっと顔を近付けてきた。嘲るような色を浮かべる瞳に映る自分の顔は、もうどれだけ説得力のある言い訳をしても無駄なくらい――なんていうか、メスの顔をしていた。これは、三郎くんに気付かれてしまっても仕方がないだろう。

「おい、オトナのくせに中学生に欲情して、恥ずかしくないのかよ」

どこまでも見下されながら、嘲りと、楽しんでいるみたいな顔。こういうところ、大人と饒舌にやり合うだけあるなあと思う。いや、こんなことを思っている場合ではないのだけれど。
しかしそのセリフの最中、一瞬だけ尖らせた唇にさえどくんどくんと心臓を高鳴らせた私は、もう認めるしか無かった。

「ご……ごめんね、三郎くん……っ」

中学生らしい、きめ細かな頬に両手で触れるのはあまりに容易かった。そしてその次、形の良い、普段あまりに毒を吐き出す唇に自分のそれを寄せるのも。ちゅう、とわざとではないがわざとらしいリップ音がやけに室内に響いた。

「……は?」

ぽかんと開けられた口、上唇と下唇の間から覗く赤い舌を見ているとどうにも衝動を抑えられそうになく、私はまた三郎くんに唇を寄せていた。更に元々薄く開かれていた唇の間から舌を差し入れるようなことまでしてしまう始末。これ、通報されてもおかしくないなぁ……などと頭の隅には冷静な自分がいる。

「……ッば、」

バカじゃないの、ふざけんな、何すんだ痴女。
次に続く言葉を予想したものの、そのどれも三郎くんが口にすることは無かった。言いかけたのかもしれないけれど、一度開いた口を一度閉じて、ぐっと余裕そうな表情を繕う。でもその顔が耳まで赤いので、決して余裕などではないことは明白だった。

「……淫行成立だね、オネーサン」

――通報しないで欲しかったら、責任とってよ。

その言葉のあとで、今度は三郎くんのほうからキスをされる。少しだけぶつかった歯が痛かったけれど、私をこんなにしてしまった手がシャツの下から素肌に触れてくることにひたすら興奮してしまったので**もうなんていうか、どうにでもなれ!