素敵な上司@



「おい荷物貸せェ。」


商談が終わって会食も終わり、漸く一息つけるホテルに到着したタクシーから降りると上司でもある不死川さんが私の引いていたキャリーケースを指さしてそう言った。


「あ、すいません。受付してきますね!」
「おう、頼む。」


ロビーのソファーに大股開いて座った彼は、徐ろにネクタイを指で緩めた。
普段はネクタイなんてしてもいず、なんならボタンだって大袈裟ってくらい開けている胸元。
けれどやはりそれは仕事の冗談ともなるとキチッとした格好になる不死川さんはそれなりにかっこいい。
強面の見た目と同じヤンチャな口調もよく似合っているけれど、いざって時には絶対に助けてくれる所だったり、ちゃんと弱いものを守ってくれる所だったり、思いの外紳士的な部分も持ち合わせていて…ようするに私はこの不死川さんにベタ惚れだった。
最も、本人はそーいう色恋には疎そうだけれど。
でも調べた限り、恋人も奥さんもいない。

私は…というと、不死川さんが車で出社している時を見計らって遅くまで残業をしていて、優しい不死川さんだから当たり前に帰りは送ってくれる。
運転がめちゃくちゃ荒そうに見えて、いがいと安全運転だったり、車では煙草を吸わなかったり…そんなギャップにさえ毎度やられていた。

そろそろこのもどかしい関係を壊して一歩進みたい…そう思っていたんだ。



「不死川さん、あの…」


ソファーの前まで行った私は苦笑いで部屋の鍵を差し出した。
キョトンと私を見上げる不死川さんは「なんだァ?チェックインできたんだろ?なら行くぞォ!」立ち上がって私の背中を押して誘導しようとする。
だからそれを止めてもう一度ルームキーを不死川さんの前で揺らした。


「すいません私、間違えちゃって。部屋一つしか取れてません。ついでに今日はもう部屋は満室だそうです。」


ホテルのロビーで大きく目を見開く不死川さんは、チッと小さく舌打ちをするとスマホ片手に別のホテルを調べ始めた。


「あのっ、私は構いません!一晩ぐらいどうって事ないです!不死川さんさえ嫌でなければ、」
「馬鹿言うなァ、無理だ。」


ピシャリと言われて流石に私もグサッと傷つくんですけど。
嫌われてはいないと思うけれど、だからといって不死川さんが私を好きだと思う要素は正直一つもない。
だからこんな風に拒絶されても仕方がない事だし、そもそも不死川さんは私の気持ちなんて知るはずもないし。
大人として当たり前の選択肢なんだと思う。

思うけど…「わざとか?」え?
顔を上げると不死川さんが少し困ったように私を見下ろしていて。


「わざと取らなかったのか?お前。」


確信をつく一言に私は小さくコクリと首を縦に振った。
怖い、なんて言われるのか。
ギュッと目を瞑って俯く私の手首をふわりと不死川さんが掴んだんだ。


「何してやがる。部屋行くぞォ、」
「えっ?でも、あの、」
「でもも糞もねェ。悪いが酒も入ってるから理性もストッパーもねェぞ。止めるつもりもねェ。」


ドクドクドクドク…心臓が激しく音を立てている。
こ、これは、OKって事?

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