我儘に抱きしめて@



「早く、早く!」
「待ってよ、そんな急がないでも、」
「ダメなの!だってわたし、一秒でも多く実弥と同じ時間過ごしたいんだもん!」

バタバタと走って居酒屋の階段を駆け上がる。
大学のある駅前にあるそこ、居酒屋チェーン店でバイトをしている同じ大学の同級生、不死川実弥の事が好きなわたしは、こうして大学が終わると実弥のバイト先へほぼ毎日のように顔を出していた。

不死川家の長男である実弥は、女手一つで育ててくれたお母様の負担を軽くするべく、まだ小さな弟妹の面倒も見ながらこうして大学生ながら何個かバイトを掛け持ちしていた。

同じ趣味を持つハルと仲良くなったわたしは、ハルの恋人である煉獄杏寿郎と出会い、その連れで来た実弥に恋をした。
見た目はヤクザというかチンピラというか不良というか強面な実弥。おまけに口も悪くて性格も微妙。
だけどね、知っているの。本当の本当は物凄く人一倍優しいって事。

雨の降っていたあの日、傘を指して子猫を抱いていた実弥を偶然見つけたわたしは、声をかける事すら忘れて見とれていたんだ。

その優しい笑顔に。
いつかその笑顔の先に自分がいたいーー
そう思わずにはいられなかった。


自動ドアが開くとお店にチャイムが鳴る。新規のお客が入ってきた合図に店員の視線がこちらに飛んでくる。

「いらっしゃい、ってまたお前か。」

季節は夏から秋に変わりゆくこの時期、夜は夜風が涼しくて心地が良いにも関わらず、この居酒屋の中はむおんと暑く、実弥は着ているTシャツを肩までまくっていた。
筋肉がガツンと見えてかっこよさ、半端ない。

「来ちゃった!さーねみっ!!」

腕に絡みつくわたしを当たり前に振り払って眉間に皺を寄せる実弥。

「毎日毎日、来てんじゃねぇぞ、バカ女。」
「ひどーい。実弥に逢いに来たのに。終わるの何時?待ってていい?」
「断る。食ったらさっさと帰れバカがァ。」

冷たくされても、口が悪くても、あんな優しい顔みちゃったら全然怖くなんてないもの。
周りの女の子達は実弥を勝手に怖い人扱いして近寄らないけれど、ここは違う。
ある意味、戦場!!

「お兄さーん!これおかわりちょうだい!」
「あ、はーい。今すぐ!」

わたしから離れた実弥はカウンターに座って飲んでいるOL女の所に行くとジョッキを受け取った。

「きみ、この前もいたよね?ねぇ、ここのお勧めってなあに?」
「最近入ったんです。ご贔屓にしたってくださいね。お勧めはこちらです!」
「じゃあそれちょうだい!」
「ありがとうございます!」

…悔しい。
大学って枠から一歩出て社会人と混ざると実弥は年上女からめちゃくちゃモテて、それでいて軽くあしらっている。
すこぶる悔しい!!
あんな色気わたしには欠片もないけど、実弥を思う気持ちは絶対の絶対に負けないよーだ!!

「ゆき乃?目が死んでるけど大丈夫?」

遅れてやって来たハルと杏寿郎くんがいつものテーブル席に着くわたしを見て苦笑い。

「大人は大人に恋して欲しい!実弥は絶対渡さない!」
「よもや、よもや、ゆき乃は不死川が大好きなんだな。」

杏寿郎くんがハルと見つめ合ってニッコリ笑ったことなんて気づくはずもない。






飲み始めて早二時間…と言ってもわたし達はまだ未成年だからエンドレスで柚子ジンジャーを頼んでるけど。


「さねみ?変わってるね!どーいう字書くのぉ?」

手の平を出して実弥に指文字で名前を書かせようとしているOL女。
ヤダ、やめてよ、実弥の手簡単に触んないでよ!
実弥も、そんな簡単に触らせないでよ。

言いたいのに言えなくて。
所詮わたしはただの同級生。
同じ大学ってだけで、実弥の想い人でも彼女でもない。

「杏寿郎くん、実弥って年上女にモテたでしょ?」

高校が同じだったっていう二人。目の前のこの人は過去の実弥も沢山知っているんだろう。
それだけでもわたしからしたら羨ましいと思える。
わたしには、今の実弥しか分からないから。
烏龍茶をグビっと飲んだ杏寿郎くんは視線を一度わたしから外すと、OL女と話している実弥を見てから視線をわたしに戻した。

「強いて言うならば、そうなのかもしれない。」

過去の女事情も知ってるんであろう杏寿郎くんは、わたしに気を使って濁してくれたのかとも思うけど。

「お似合いだよ、ゆき乃と実弥くん。自信もって!ハルが応援してる!」

ニコって微笑んでハルはポテチをわたしの口に運んでくれた。
それをパクリと食べて視線を実弥に移すと、OL女とまだ話していて、心が痛かった。

「おトイレ。」

箸を置いて立ち上がってOL女のいる席の後ろを通っても、実弥がわたしに気づく事なんてなかった。

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