我儘に抱きしめてA



トイレから出ると、壁に寄りかかった実弥がいた。
わたしを見てチッて舌打ちをする。

「ジュースで酔っ払ったのかァ?」
「…別に。」

なによ今更。
さっきまでOL女と楽しくやってたくせに。
急に心配そうな顔しちゃってさ。
こんな時、素直になれたらって心底思うのに。
感情を殺してわたしがブスッ面で言うもんだから実弥の顔からも表情が消える。

「お前もう帰れよ。んでもう二度と来んじゃねェ。…迷惑だ。」

吐き捨てるようにそう言われて思わず顔を上げる。
見上げた実弥は怒っていて。
てゆうか、怒られるような事してないのに。
理不尽に怒る実弥に腹が立った。

「別に実弥に迷惑かけてない。」

無視して通り過ぎようとしたら腕を掴まれる。
物凄い力で握られて「痛い、」…「悪り、」すぐに離してくれたけど。

「頼むから、帰ってくれよ、」

そんなに迷惑そうな顔、することなくない?

「…わたしはただ、一分一秒でも長く実弥と同じ時間を過ごしたいだけなのに。」

ヤバい泣きそう。
潤んだ目を実弥に見られたくなくて、髪の毛で顔を隠した。

「ゆき乃、」
「迷惑かけてごめんなさい!!OL女みたいに色気なくてごめんなさい!!めちゃくちゃ好きで、ごめんなさいっ!!!」

もう焼けっクソ。
泣くの我慢して声震えちゃって馬鹿みたい。
大声で叫んだからみんなが注目してるのが分かる。
全速力でその場から逃げるようにテーブルに戻ったわたしは、鞄を取って「ハルごめん!先に帰る!」そう言うとお金も払わず居酒屋から出て行った。

すんごい迷惑じゃんわたし。
今頃実弥がヘコヘコ謝ってるんだって思うとバカバカしくて涙が溢れた。

あんな風に完全に拒絶された事なんて今まで一度だってなかったのに。
いくら突き放されても実弥は優しいって心のどこかで思っていたから安心していたのに、違った。
あんなに困った顔で迷惑って言われるなら、来なきゃよかったよ、こんなとこ。

バタバタと居酒屋の出口を出て外階段を降りると堪えていた涙が一気に溢れる。
駅に行かなきゃなのに足が動かなくて壁に手を着く。

「ゆき乃っ!!」

後ろから聞こえたハルの声に安心してまたぶわって涙が溢れてくる。ボロボロ馬鹿みたいな泣き顔で振り返った先、ハルの後ろに見えたんだ。

実弥ーーではなく、OL女が。

「あ、あれじゃない?あの子。ほらやっぱ泣いてる!ふは、だせぇ。あんなんじゃ釣り合わないよねぇ、実弥くんには!」

ふざけんな!!!
昨日、今日、出会った女にそんな事言われたくない、


「はぁ?ふざけんなよ、ゆき乃と実弥くんはねっ、あんたらが入る隙なんて一ミリもねぇんだよっ!!!邪魔すんじゃねぇ、クソババア!!!」

え、あの。
どうした、ハル…。
てゆうか、こんな口の悪いハルも、喧嘩売ってるハルも、初めて。
わたしを後ろに隠すように前に立ちはだかってOL女相手に向かっていくハル。
ちょっと孤独みたいに思った自分が情けない。
わたしの気持ちなんて誰にも理解されないなんて思いかけていた自分が情けない。

「ハル…」
「バカにすんなっ!!ゆき乃のこと、バカにすんなっ!!!」
「よもや、ハル、もうよせ!何故ハルまで泣いてるんだ、もう。」

杏寿郎くんがわたしの代わりに怒鳴りつけてくれたハルを宥めていて、その後ろ、今度こそ見えた実弥の姿に溢れていた涙が逆に止まりそうだ。

「お姉さんごめんね、これ割引券。またきてよ!ね?」
「えー仕方ないなぁ。ちゃんと女選んだ方がいいよー実弥くぅん。」
「はは、そうする!」


あんな風に女を軽くあしらう実弥は私とは別世界の人間かの様で、それはそれでなんだか悲しい。
わたしの横を通り過ぎるOL女は舌打ちをお見舞いしていったけれど、それに対してハルが「ぶん殴るぞ、ブスが!」なんてボヤいたから怒りが半減した。
自分のために誰かが代わりに怒ってくれると、自分の怒りはわりと減るんだって思う。
わたしって人間をハル程理解してくれる友達はいないのかもしれないなんて。

「たく、バカがァ。お前言うだけ言って逃げてんじゃねェ。」

ガシッて実弥の大きな手がわたしの頭をクシャクシャと撫でる。
その手をギュッと握るとギョッとした実弥と目が合う。

「なんだよォ、」
「実弥は、あーいう女が好きなの?」
「んなわけねぇだろ。勝手に勘違いすんな。あんなの客の一人で、それ以上でも以下でもねぇ。」
「じゃあわたしは?」

何度だって言う。
実弥に届くのなら、何度だって伝える。
実弥が振り向いてくれるのなら。

「ゆき乃はゆき乃だろ。」

…はぐらかされた。
でもその頬は紅く染まっているのが分かる。
今まで見たことのない実弥の反応に胸が熱くなる。
今の今まで苦しかったというのに。

「実弥のゆき乃って言われるように頑張るから!」

ギュッと実弥の投げ出された腕に体ごと巻きついてそう言うと、実弥が顔を逸らして自分の頭を手でかいた。

「勝手にしろ、バーカ。」

やっぱり優しいって、やっぱり大好きって、再確認した夜だった。

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