我儘に抱きしめてC



【side 実弥】



薄暗い部屋。
目を開けると見覚えのある天井だった。
あれ?俺バイトだったよな、確か…。
記憶を辿っていくと思い出したんだ、コンビニの品出し中にぶっ倒れたのを。
大学の講義で心配そうにしていたゆき乃。
これ知ったら泣きそうだなァ…なんて思う。
突き放そうとすればする程、心の中は我儘にゆき乃を想ってしまう。

大学に入って出逢ったゆき乃は呆れるくらい真っ直ぐに俺に気持ちを伝えてきてくれて。
いつしかそれを聞くのが楽しみになっていた。
けど、素直に受け止められねぇのは、俺がこんな奴だからで。
もしもゆき乃と付き合ったとしても、バイト三昧でろくにデートもしてやれねぇ。
小さい弟妹達を食わせてやる為に、働くことの方が大事だと思っている。
恋愛なんて二の次で、今の俺にはそんな余裕なんてない。

のに…ーー

ゆき乃の気持ちに答えたくて仕方ねぇ。
馬鹿みたいに実弥、実弥って寄ってくるゆき乃をこの手で抱きしめたくて仕方ねぇんだ。

矛盾している気持ちに自分が一番分かっているのに、俺はアイツに冷たくするしかできずにいる。


「せわしねぇなぁ、」


ムクリとベッドから起き上がった瞬間、強烈な違和感を覚えた。
足元に軽く触れているそれは、ゆき乃の手で。

「おまっ、何やってんだ!!!」

投げ出された細い足と、少し開いてる胸元。
目のやり場がねぇ!!!
眠っていたのか、起き上がってる俺を見て瞬きを繰り返すと、ふわりとゆき乃の温もりに包まれた。


「馬鹿よ、実弥。わたしよりずっと馬鹿!」

俺の首に巻きついてるゆき乃の身体は震えていて。
あーやっぱり泣かせちまった…なんて分かりきった事を思う。

「そうだな、馬鹿は俺だなァ。」

震えるゆき乃の背中に腕を回してギュッと抱きしめる。
女を抱きしめるのは別に初めてでもなんでもねぇのに、どうしてか胸が鷲掴みにされたみたいで、泣きそうになったんだ。
まるで、ゆき乃の悲しみが俺に連動しているかのように。

「心配したんだからっ!」
「だなァ。」
「倒れたってハルに聞いて、心配で心配で頭がおかしくなりそうだったよぉッ、」
「悪かったよ。」
「全然平気じゃないじゃん!」
「だなァ。」
「このまま逢えなくなったらどうしようって思ったのよ、」
「それは、大袈裟だろ。」
「大袈裟なんかじゃないよ、この世に絶対なんてきっとない!!」

ゆき乃の言う通りだなって。
なにかにつけて絶対ねぇ!なんて人間は軽々しく口にするけど、それは間違いだと思えた。

そっとゆき乃の背に回した手の力を緩める。
離れたくねぇってゆき乃の想いが目一杯俺に流れてくんのが分かった。

「ずっと嘘ついてきた、自分の気持ちに。なぁゆき乃…俺はやっぱり家族が大事だ。まだ小せぇ弟も妹も贅沢とは言わねぇが、普通の生活をさせてやりてぇ。けど母子家庭のうちじゃなかなか難しい。だから俺がお袋の手助けしてやりてぇって思いは消えないし、優先したい。けど…どう離そうっても離れてくれねぇや、ゆき乃への気持ちだけは。…この世に絶対はねぇと思う。けど今の時点で俺はお前が好きだ。…恋人らしい事を望まれても叶えてはやれねぇぞ、それでも」
「いいっ!!実弥がわたしのこと好きでいてくれるなら他に何もいらないっ、他に欲しいものなんて何もないよっ!!」

食い気味でゆき乃がまた俺に抱きつく。
ぎゅうって離れないように俺に精一杯しがみついてるこいつが愛おしくて堪らねぇや。

「めちゃくちゃかっこ悪い俺を好きだなんて物好きはゆき乃ぐれぇだ。」
「かっこいいもん、実弥が世界で一番!」

ほんと、嬉しいこと言ってくれるぜ。
ふわりと腰に回した腕を回転させるように、ゆき乃をベッドに組み敷いた。
パサッとゆき乃の髪が揺れて枕の上に乱雑に置かれた。
それを指で救って口付けるとゆき乃が切なそうに目を細めた。

「好きだ。」
「わたしも好きよ実弥。」

照れくさそうに小さく呟いたゆき乃の唇を塞いだーー




-fin-

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