優しく抱き潰してB



「そうではない、いいかよく聞くのだ。」

ふは、やってるやってる。
掲示板に載っていたカテキョのバイトは、なんと杏寿郎くんが引き受ける事になった。キメ学だからって事でもあるけど、蓋を開けてみたらなんと玄弥くんのお友達だった。だから数人纏めてこうしてカフェの一角に身を置いて勉強会がてらやっている。

杏寿郎くんは、前に実弥がコンビニのバイトで倒れた時も代わりに入ってくれて、それ以降時々ピンチヒッターでコンビニバイトにも顔を出すようになっていた。
そしてここ、実弥の家から数百メートルにあるこじんまりとした昔ながらのカフェで私はバイトを始めた。
ここなら…って実弥もOKしてくれたし、なんといっても実弥の家まですぐだから何かと安心だって。

「おいぎょろぎょろ目ん玉!俺は勉強が好きじゃねぇ!もっと他の事教えろよ!」

物凄い美形の青髪の男子の制服の気崩し方がなんとなく実弥ぽくてちょっと可愛い。横にいる金髪の眉毛下がった子は私と目が合うとふにゃぁ〜と頬を緩めて手を振ってくる。だから振り返すとビュン!と飛んできて「お姉さん、バイト何時に終わるの?」なんて聞かれた。
これって、ナンパ?

「こら我妻!言っておくがゆき乃の恋人は物凄く怖いからな。」

杏寿郎くんがそう言っても気にしてないって顔をする我妻くん。そういえばキメ学の金髪女ずきの噂はこの我妻くんの事かも…なんて笑えてしまう。

「そんな怖い男なんかと別れてさぁ、俺と付き合わない?ねぇねぇ!」

ジーッと我妻くんを見つめるとポッと頬を紅くする。喋らなきゃモテそうだよなぁこの子。喋るとボロが出るっていうか。あっちの青髪の子も見た目だけならモテそう。性格がちょっとぶっ飛んでるからついていける女は少なさそうだけれど。…なんて勝手に分析しているとカランとカフェのドアが開く。
時計を見ると私のバイトが終わる時間で、迎えに来てくれた実弥が私の前でルンルンしている我妻くんの首根っこを掴むとブンっと投げ捨てた。
当たり前に尻もちを着く我妻くんが思いっきり実弥を睨みつける。

「いってぇな、なんだよオッサン!」

ぶっ。思わず吹き出しそうになった。だってまだ大学生なのにオッサン扱い。確かに実弥は大学生には見えないかもしれないし、我妻くん達みたいな若さはないかもしれない。

「俺の女に気安く話しかけんじゃねェ、ぶっ殺すぞォ!」

思いっきり実弥に睨みつけられて慌てて青髪男子の所に飛び逃げた。

「だから言ったでは無いか、ゆき乃の恋人は怖いと。俺の忠告を聞かないからだ、我妻。」
「聞いてない聞いてない、あんな強面の奴!似合ってないよ、ゆき乃さんと!」
「あァ?なんだァ?やるかァ?やるなら外出ろやァ!」
「やりません、やりません!僕お勉強教わってるんで!」

我妻くんの変わりようにクスッと笑ったら実弥が「早くしろー。」って私を急かせた。
すぐ様タイムシートを切って私服に着替えると実弥の所に歩み寄った。

「杏寿郎くん、またね。我妻くん、勉強頑張ってね!」
「ゆき乃さぁん。う、うん。」

何か言おうとしたんであろう我妻くんは、後ろの実弥に怯んでなのか何も言わずにペコりと頭を下げた。

カフェから出る寸前、実弥が私の腰に腕を回してそのまま引き寄せた。
外に出るとふぅ〜と小さく息を吐き出して私に視線を移した。

「実弥?」
「煉獄のカテキョは他でできねぇのか、たく…」

もしかして、妬いてる?
我妻くんに、ヤキモチ妬いてるの?
トクンと胸が脈打つ。
実弥の腰に回した腕が離されないからコテっと肩に頭をもたげた。

「私は誰に何を言われても、実弥しか興味無いよ?」
「そうかよ、」
「ねー実弥ぃ。今日はもうバイト無し?」
「あァ。」
「じゃあどーする?」

スッと実弥の腰に私も腕を回す。距離がいっそう近づいて実弥の匂いを感じる。
私が好きで好きで追いかけていたから、ヤキモチなんてしょっちゅうだった。名も知らぬ女って存在が実弥の側にあるだけで嫌で、悔しくて悲しくてそれでも好きで諦めるなんてできなくて。

「今月いつもより多くバイト代入ったんだ。だから、」

腰の手をスッと下ろすとそのまま私の手を握る実弥。だからさり気なく指を絡めて恋人繋ぎにすると小さく咳払いをする。

「家で誰かに邪魔されんのは御免だ。今日は誰にも見せたくねェ、ゆき乃のこと。」

想いを言葉にするのが好きじゃないというか苦手な実弥。聞いたって言ってくれない事の方が多いし、いつもはぐらかされる。だから余計にこんな風に不意打ちで言われると心臓が痛いくらいに鷲掴みにされて泣きそうになる。

「うん。独り占めして。」
「言われなくても、」

クシャッと笑うと実弥はそのまま手を引いて家とは反対側、駅の方へと歩いて行った。

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