昔友達に言われた事がある。
人を好きになって1ヶ月で落とせなかったら諦めなさい…と。
そんな彼女が最後に好きになったのは、長年友達として付き合ってきた同期入社の上司だった。
出世コースを選んだ彼はどんどん上へ上へといく中、それでも同期で飲む時は素の彼に戻って楽しんでいた。
そんな彼が異動する事になり、いざ離れるとなった時に物凄く寂しくて、その時初めて彼への愛に気づいた彼女。
そんな彼女が間もなく1ヶ月が経つという時、【今夜落とすから!】なんて一言自信に満ちたLINEが届いたんだ。その翌日、まさに有言実行、【付き合うことになりました!】なんて二人で写った写メが届いたんだった。
すごいと思った。それと同時に自分には絶対に無理だと。好きになって1ヶ月で相手に気持ちを伝えて自分を好きになって貰うだなんて…私には到底無理。
「一ノ瀬?どうかしたのか?顔色があまり良くないが、商談に疲れてしまったか?酒の席まで付き合わせてしまって申し訳なかったな。」
私の上司、煉獄杏寿郎さん。
この人の下で仕事をするようになって、仕事をするって事が楽しくなったんだった。
正義感があって、曲がった事を許さないこの人は、真っ直ぐでとても強く優しい人だ。
一緒に仕事をするようになって、すぐに好きになった。
というか、好きにならずにはいられなかった。
「綺麗な顔をそんなに疲れさせてすまなかった。」
馬鹿正直な煉獄さんは、恥ずかしげもなくこの様な事を口にする。
それを聞いた女はみんな勘違いするとも知らずに。
「ホテルに帰ってゆっくり休むがいい。後は俺に任せて。」
ニコっと微笑むその姿に胸がトクンと音を立てた。
やっぱり好き。どーしようもなく、好き。
ふと見せる素の表情にずっと惚れ惚れしていた。
この視線の先に自分がいれたらどれだけいいか…と。
明日で煉獄さんを好きになってちょうど1ヶ月が経つ。
「チェックインしてきますので、ここでお待ちください。」
「ああ、すまない、頼む。」
素直に横にあったソファーに腰を下ろす煉獄さんを背に私はフロントへと駆けて行った。
◆
チェックインを終えて私達はホテルのエレベーターへに乗った。
そんな時も煉獄さんは私の荷物まで持ってくれて。
男だからこれくらいどうってことはない…なんて軽く言う煉獄さんにまた一人で胸を弾ませてしまう。
「一ノ瀬も同じ階なのか?」
背筋を伸ばして立ったまま後ろから煉獄さんがそう声をかける。
だから私は振り返って「はい!」そう答えた。
「それなら安心だ。なにかあればすぐに俺を呼ぶといい。」
紳士だなぁほんとに。
どれだけ私がこーいう言葉にやられてしまっているか、この人は知らないだろうなぁ。
「悔しいな。」
「うん?今なんと?」
「…悔しいです。」
私の言葉にキョトンと大きな瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。
スッと伸ばした手でその腕に触れると「一ノ瀬?」ほんの少し動揺したのが見えた、気がする。
「着きましたよ、行きましょ!」
腕を引いたままエレベーターを降りてそのまま無言で着いてくる煉獄さんを部屋に誘導した。