夢見心地な一夜A



「わー見てください!思ったより広いですね!あ、ほら、夜景も凄く綺麗。素敵な場所ですね、ここ。せめてプライベートで来たかったです、なあんて。」

カチャンとドアが閉まると勝手にロックがかかった。
入口から一歩も動く気配のない煉獄さん。戸惑ってるよね?困惑してるよね?そりゃそーだ。

「一ノ瀬、俺の部屋に案内してくれ。」

振り返った私と当たり前に目が合う。その瞳の奥はどれだけ揺れてくれる?
ニッコリ微笑んで小さくでもハッキリと伝えた。

「ここです。一つしか部屋はとってません。」

一瞬の静寂の後、バッと顔が赤くなった煉獄さんを見落とさなかった。
途端に慌てた煉獄さんは、持っていた荷物を部屋に落とす。
慌てて拾うもまた落として。
こんな動揺した煉獄さんは初めてでちょっと胸がふわふわとする。
いつもならどんなトラブルでも冷静に受け止めて分析して素早い判断で指示をくれるステキな上司。
けれど今私の目前にいる煉獄さんは、なんていうか初々しくて。

「ごめんなさい、わざと一部屋しか取らなかった。…貴方と二人で過ごしたかったから。」

届いて欲しい、この想い。
どうか、煉獄さんの心に届いて欲しいと願わずにはいられない。
今まで煉獄さんの浮ついた噂は聞いたことがない。
そもそもこの人は恋愛に疎いだろうって。
そーいう恋バナは宇隨さんや伊黒さん専門だって。
今まで好きになった人は、いるのだろうか?


「…それはその、なんだ。君は俺の事を好いているのか?」

今どき好いているのか?なんて聞く人いないよ!
ちょっと可笑しくなっちゃって。
この人でもそんな質問するんだって思ったら。
そりゃ自分から引っ掛けたんだけれど。

「はい。ずっと好きでした。だからこの出張も死ぬほど楽しみで死ぬほど緊張してます。」
「…そうか、そう、なのか。うむ。…君のような綺麗な女性に好いてもらえるのはこの上なく喜ばしいと思う。…ーーだが俺は、ッ!」

その先は聞きたくないって、煉獄さんの口に指を当てて言葉を止める。
分かっている、自分でも。
私の事、部下としては好きでもそんなもの、恋愛の好きじゃないって。

「一ノ瀬、これは、その、」
「煉獄さんは、私の事嫌いですか?」
「そ、そんな訳は断じてない。君のことはちゃんと好きだ。」
「それは、部下として?人間として?…それとも、女として、でしょうか?」

答えは分かっている。
煉獄さんみたいなステキな人に愛される女はきっと、私なんかじゃない。
もっと煉獄さんの良さを存分に引き出してくれる人だって。

でも、叶わないと分かっていても、諦められる恋なんてこの世にはきっとない。

「…一ノ瀬は俺にどうされたいんだ?」

ぎょろぎょろと眼球を泳がせる煉獄さんが苦し紛れにそう言う。
でもそんなの決まってる。答えなんて最初から一つしかない。

「女として、愛されたいです。」
「ならばもう、叶ってる。…俺は一ノ瀬の事が好きだ。その、分かりずらいかもしれないが紛れもない事実だ。」

ちょこんと肩に手を乗せられて煉獄さんの言葉が真っ直ぐに届いた。

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