東リべ 三ツ谷 隆
「牡丹、おれたちおとなになったらけっこんしよーな」「タカちゃん、うん。おとなになったらタカちゃんとけっこんする」
「おれがせかいいち牡丹をしあわせにしてあげるからな」
「うん。タカちゃんにせかいいちしあわせにしてもらう」
「ちかいのきすは、けっこんするときにしてやるから」
「ちかいのきすぅ?」
「あぁ。あいしてるのしるしなんだぞ」
「うん!牡丹まってるよぉ」
誰にでも一つや二つ、大切にしまっておきたい思い出がある。そもそも大人って何歳から?タカちゃんはこの約束をまだ覚えているだろうか?
きっと忘れているよね。忘れられないのは私だけ。だってタカちゃんはあの、東京卍會の弐番隊隊長でありながら手芸部部長で、不良と趣味を両立させている。他の東卍の人とは違って、いつも柔らかい雰囲気を漂わせているから、彼を怖いと思う人はうちの学校にはそういない。
それでも喧嘩をすれば強くてバイクも乗ってて、でも妹達の面倒を見ていて刺繍も料理も得意。勉強だってそこそこ出来て、いわゆる人気者。
真面目だけが取り柄な私とは芝生が違う。私なんかと幼馴染だなんて、みんなに知られたくないよね、きっと。
「三ツ谷くん、あのちょっといい?」
修学旅行初日。
引っ切り無しにタカちゃんが呼び出されているのを見ているだけの私。分かるけど、呼び出す側の女子の気持ち。タカちゃん優しいしかっこいいし、文句無しだもんなぁ。私だって勇気があったなら自分の想いを伝えたい。とはいえ、タカちゃんを呼び出している子たちみたいに自分に自信なんてないからそんな勇気すら生まれないけれど。
「どいつもこいつもなんでみんな三ツ谷なんだ?そんなに三ツ谷がいいか?」
タカちゃんと同じで昔から仲良しのぺーやんこと林良平。私のタカちゃんへの気持ちを唯一知っている人。いつも学ランの下にチャライ柄シャツを着ているぺーやんは、女子から怖がられがち。でも昔から一緒に過ごしてきた私にはぺーやん程喋りやすい人はいないといっても過言ではないぐらいだ。
頭を掻きながら片手をポケットに突っ込んでがに股で近づいてきたぺーやんが眉毛を下げて私の隣に立った。
「そりゃぺーやんとタカちゃんじゃ色々違うからね」
「牡丹てめぇ言うじゃねぇか!俺は馬鹿だが、男として三ツ谷に負けてるとは思わねぇ」
「うーんそ〜ゆう所じゃないかな、ぺーやんがモテないのって」
怒り出すぺーやんをあしらうことも私には日常茶飯事だった。そんな私達をタカちゃんが見ていた事など知らずに、修学旅行初日をずっとぺーやんと過ごしていたんだ。
ホテルに戻るとドッと疲れて今すぐにでも寝転がりたい気分だったけれど、班長の私は班長会議に行かなくてはで、すぐにしおりを手に多目的室へと移動した。
夕食の時間、大浴場の時間、女子は生理の子たちは部屋のシャワーを使うからってそれの申請だったりでバタバタと過ごす。私の部屋の女子達がタカちゃん達の男子部屋に遊びに行くなんて話があがっていて、密かに楽しみにしている。
「みんなー6時から食堂でご飯で、8時から大浴場でお風呂だよー。それ以降は今日は自由時間だって!」
部屋に戻って女子達に伝えると「じゃあ三ツ谷くん達の部屋行こうよ、お風呂あがりに!」やっぱりな声があがって。
「牡丹も一緒に行くよね?」
「あーうん」
幼馴染のタカちゃんとは子供の頃よく一緒に寝たりしてたけど、歳が増すに連れてタカちゃんと接する機会も少なくなっていた。それでも会えば声をかけてくれるし、喋れば変わらないタカちゃんが私はやっぱり好きだと思えた。
部屋で荷物整理をしているとコンコンとノック音がして、みんなで顔を見合わせる。「誰?」入口付近に座っていた私はドアを開けると、目の前にタカちゃんが笑顔で顔を出した。
「よ、牡丹!飯まで時間あるからって遊びに来た!部屋入ってもいいか?」
「タカちゃん、うん、どうぞ!」
私のタカちゃんって言葉に女子達がかけてくる。
「三ツ谷くん!」
あっと言う間に囲まれるタカちゃんのうしろから、ぺーやんがめちゃくちゃ不機嫌な顔で「俺もいるし!」なんて言いながら入ってきたからなんだか私の緊張も解けた気分だった。
「三ツ谷くん、三ツ谷くん、髪の毛可愛くアレンジして欲しい!だめ?」
「いいよー」
大部屋の中がタカちゃんの美容室みたいになっていて、みんなが並んで順番待ちしている。
「牡丹手伝って、そのゴム取って」
第三者目線で見ていた私を呼び寄せたタカちゃんは、足元にあったゴムを指差していて、私はそれを拾うとタカちゃんに手渡す。受け取る時に指が触れてドキッとするも、一瞬目の合ったタカちゃんは、余裕な表情で微笑んだ。そのままタカちゃんの隣に座った私に「サンキュー」と耳元でそう言われた。垂れた優しい瞳は東卍の三ツ谷ではなく、私の幼馴染タカちゃんで、近くで見るの久しぶり…なんて胸がキュンと締め付けられるようだった。
「ねー三ツ谷くーん!お風呂が終わったら今度は女子がそっちの部屋に遊びに行ってもいいかな?」
髪を結って貰っている子が嬉しそうにタカちゃんに話しかけていて、それを「いいよ、もちろん、おいでよ」なんてまた余裕の笑み。タカちゃんはモテるから女のコの扱いも慣れているし。妹が二人いるからっていうのもあるのかもしれないけど、それでも自分以外の女子と仲良く話すタカちゃんはあんまり見たくないなんて思う。そんなモヤモヤした気持ち、言葉にすることはきっと一生ないんだろうけど。
「はい完成!」
手先の器用なタカちゃんは、本当に色んなアレンジができる。女子の私達よりよっぽどうまくて、何よりみんなタカちゃんに触られたいって気持ちが見え見えだ。
いいな〜私もタカちゃんに結って貰いたい…。素直に心の中の気持ちを打ち明けられたらもっと楽になれるのかなぁ。できもしない事を願うのは私の癖で、それはいつだってタカちゃん関連のことばかりだった。
次から次へタカちゃんお手性のヘアアレンジが完成していく。デザイナー志望のタカちゃんだけど、美容師もいけるんじゃないかと思えるほどに。
「あ、もうご飯の時間じゃん!」
私以外の子がみんな可愛く変身していく中、時計を見ればもう夕食の時間になっていた。みんな私のことなんて気にすることなく部屋から出ていく。仕方ない、私も行くかと、部屋の電気を消して最後に部屋を出ようとしたら、カチャンとドアが開いて出て行ったはずのタカちゃんが戻ってきたんだ。
「え、タカちゃん?」
「牡丹もそこ座れよ」
「え?」
「いーから、いーから。時間ねぇからサクッとしかできねぇけど」
「タカちゃん?」
私の後ろに座ったタカちゃんは、私の髪に触れると緩くサイドを編み込んでいく。
「なぁ牡丹。小さい頃も、よく結んでやったの覚えてるか?」
タカちゃんの細くて骨ばった指が首元に軽く触れてドキッと背筋を伸ばす。そうだ、昔から器用だったタカちゃんは、私の長い髪をよく三編みして可愛くしてくれたんだった。それはいつしかルナちゃん、マナちゃんのモノに変わっていったけれど。
「うん。懐かしいね、そんなこともあったよね」
「いつでもまた結ってやるよ」
「あはは、いいよ。タカちゃんファンの女の子達に怒られちゃうから」
幼馴染だってだけで、文句を言われる事も何度かあった。余計な心配をかけたくないからタカちゃんに言うなんてことはしていないけれど。わざわざタカちゃんに髪を結って貰って登校なんてしたら、やっぱりまたタカちゃんファンに嫌がらせぐらいされそうだ。
「はは、そんなのいねぇって。みんな東卍に興味持ってるだけだよ。本当の俺を見てる奴なんて一人もいねーって」
ポンと私の頭に手を乗せたタカちゃんは、ポキッと膝を鳴らして立ち上がると、見上げる私に手を差し伸べて引き上げてくれた。そういう女扱い狡いな。そんなことされて、好きだって気持ちが大きくなる一方なのに。こんな気持ち、一人で抱えるのは重すぎるっていうのに。きっと私の気持ちなんて一ミリも理解していないだろうタカちゃんは、ポケットにしまっていたスマホを取り出すと「牡丹!」名前を呼ばれて振り返った私をカシャっとスマホのカメラロールに収められた。
「ちょっとタカちゃん!」
「なに?あ、一緒がよかった?はいはい」
あれよ、あれよとタカちゃんが肩を抱き寄せてもう一度インカメでカシャリと写真を撮った。画面に写った私は、なんて顔!ってくらいアホ面で、それを見たタカちゃんは鼻からフッと笑った。
「削除してー!そんな顔やだよー」
「なんで?可愛いじゃん!ほら飯、飯、腹減ったな〜」
薄いお腹を手で摩りながら前を歩くタカちゃんの銀髪を見つめて、内申めちゃくちゃドキドキしている私の心音が聞こえちゃわないかと心配するくらいに高鳴っていた。
ホテルの食堂にタカちゃんと遅れて行くと、みんなが私の髪型を見て「牡丹、可愛い!」って褒めてくれた。可愛いなんて、言われ慣れていないから妙にくすぐったくて、それでもやっぱり嘘でも何でも褒められるのは嬉しいなんて現金なことを思った。
それから夕食を終え、お風呂の時間になって時間差で順番に入っていく。同じ部屋の女子達はせっかくタカちゃんにやってもらった可愛いヘアスタイルを各自写真に残して名残惜しく入浴タイム。
もちろん私も、死ぬほど解きたくなかったけれど、洗わないわけにはいかないとしぶしぶ解いていざ大浴場の中へと入って行った。
みんなでキャッキャッしながらお風呂を終え、パジャマに着替えた私達は、壁にかかっている時計に視線を移す。就寝時間は22時なんてしおりに書いてあったけれど、誰もそれを守る生徒なんてきっといない。私達女子はみんなで顔を見合わせると、「三ツ谷くんとこ行こう!」そう言っていざタカちゃん達の男子部屋へと移動した。
ピンポンを押すと出てきたのはタカちゃん…ではなくぺーやんで、「三ツ谷くんに用があって」なんて言いながらぺーやんの横を素通りする女子達にめちゃくちゃ嫌な顔で舌打ちをかましていた。
「まぁまぁぺーやん。ぺーやんも愛想よくすれば話しかけて貰えるんじゃない?」
「するかよ、んなこと。別にどーでもいいわ」
頭の後ろで腕を組んでそう言うけれど、ぺーやんだって可愛い彼女とか欲しいと思っている事を私だけはよく知っている。
「ぺーやんはただでさえ顔が怖いんだから誤解されないようにすればいいのに」
「いやそれ余計なお世話だから。牡丹こそ、三ツ谷モテモテだぞ、いいのかよ」
部屋の中に視線を向けるも、女子達に囲まれているタカちゃんは見えない。こうなる事は多少は分かっていたけれど、こんなにもこの修学旅行で告白する子が多いなんて思ってもみなかった。
「みんなさ、この修学旅行でどうにかタカちゃんと仲良くなって想いを伝えたいって意気込んで来てるのかもね」
「なに傍観してんだよ、てめぇも混ざれってんだ」
バシンとぺーやんに背中を押されてあわわと部屋の中に入った。今のはぺーやんの喝?まさかぺーやんに喝を入れられるなんて…ちょっと笑える。クスっと笑った瞬間、タカちゃんと目が合った。
あれ?なんか機嫌悪い?タカちゃんの瞳がなんとなく拒否してるように見えてしまう。でも次の瞬間、「オイやべぇよ、センコーが点呼取りにきてる!女子みんな隠れろ、電気消すぞ!」そんな声がして、どうしようと思う私の手首をタカちゃんが引っ張って、同じ布団に隠された。布団の中でタカちゃんがギュッと私を抱きしめていて…な、な、なんで!?なんでそんな事するの?トクントクンどころじゃないドキドキと爆音を鳴らす心音が今度こそタカちゃんに伝わってしまうと思って距離を取ろうとするも、完全にホールドされてしまって身動き一つできずにいる。カチャンとドアの開く音がして先生の声がする。寝ている事を確認すると先生はすぐに出て行った。だからすぐにタカちゃんの布団から出て私は女子達を起こす。
「部屋に戻らないと!」
そう言って何か言いたげなタカちゃんを無視して私達女子は先生の目を盗んで自分たちの部屋に戻った。ギリギリバレずに点呼を済ませてホッと一息。危うく一日目の夜からのお説教を食らう所だった。もし、先生がタカちゃん達の部屋からなかなか出て行かなかったらどうなっていたのか?と思うとドキドキして何も考えられなかった。身体中の血液が顔に集中してしまうようで真っ赤になっているのが分かる。考えても考えてもタカちゃんの気持ちが読めなくて、そんな私に同室の女子が「えっ!?うそぉっ!!」悲鳴のような声をあげた。
「どうしたの?」
泣き出しそうな彼女は友達からきたであろうLINEをみんなに見せた。
――三ツ谷くんにフラれた。嫁がいるからごめんって。嫁って誰!?ショックすぎて最悪――
たったの数文字だけれど、物凄い破壊力のその文章に私も、他のみんなもシーンとしてしまった。
「牡丹、知ってた?三ツ谷くんの嫁」
「知らない。聞いたことないかな…」
ハハッて苦笑いを零す私の心は痛くて痛くてたまらない。心臓を針でチクチク刺されているように痛い。嫁なんて、そんなのただの一度も聞いたことないし、嫁がいたならなんで私を抱きしめるような事したんだろう?それすらも当然ながら分かるわけもなく、負のループに陥りそうだ。
馬鹿みたい。ちょっと期待しそうになっていた自分が馬鹿みたいに思えて虚しくて悲しくて…
「ちょ、牡丹、どうしたの?」
みんなが私を囲む。学校にいる時だって人前で泣いたことなんてただの一度もない。最も泣くような出来事に遭遇した事もなかったから。でも今、私の視界は薄っすらとボヤけていて、一つ瞬きをするとホロリと頬を伝う涙に、あぁ泣いてるんだって理解した。だけど止まらなくて。タカちゃんが自分以外の女子に、さっきしてくれたみたいな抱きしめたりって行為をしていると思うだけで胸が苦しくて痛くて、喉の奥から嗚咽がこみ上げてきてしまう。
「なんでもないっ、ごめんちょっと頭冷やしてくるっ!」
そう言って私は心配するみんなをよそに、部屋から出た。もう就寝の点呼は終わっているから先生達もきっと自由時間だ。
外、出たいな…なんて思うけれど、さすがにホテルの中から出たらまずいか、そう思って私は一人廊下をフラフラと彷徨っていた。
どこに行くわけでもない。でもどこにも居場所がなくて、それがこんなにも寂しい事だなんて思わなかった。タカちゃん、何してるかな…。もしかしたら今頃タカちゃんも抜け出して嫁と会っているのかもしれない。そう思うとやっぱりどうにも胸が苦しくて、立ち止まった私の後ろから不意に誰かが着いてくるような足音が聞こえたんだ。先生にバレたのかも!?そう思った私は慌てて近くにあった用具入れに身を隠そうと扉を開けた。一歩脚を踏み込んだ瞬間、そこに後ろから私を押し込むように一緒に入ってきたのは、会いたいと願っていたタカちゃんだった。
タカちゃんの存在に気づいた私は、こんな所に二人で入ってちゃまずいと、すぐさま用具入れから出ようとするも、身体はさっきの布団の中みたいにタカちゃんにホールドされて動けない。そして、あろうことか、ガチャンと外からこの用具室の鍵をかけられた音が私達の耳に届く。誰かが鍵を締めてしまった。その足音も遠くなっていって、狭い用具入れの中にタカちゃんと二人きりで閉じ込められてしまった。
最早半パニック状態で暴れる私をタカちゃんは「落ち着け、牡丹!暴れんなって!」バタバタする私を押さえつけようとしてくる。
「離してっ、こんな所で二人きりになったらタカちゃんの、か、彼女さんに悪いよっ、」
止まっていた涙がまた溢れ出てきそうで、私はタカちゃんから視線を逸らす。でもタカちゃんの温もりに抱き寄せられたと思ったら、狭い用具入れの中で、ドサッと押し倒された。何が起こったのか理解する間もないくらいに、でもスローモーションにすら見えるタカちゃんの動きに、私は目を開けたまま動く事ができなかった―――
「牡丹…」
小さく名前を呼ばれてタカちゃんの熱い吐息が頬を掠めた。ホロリと涙が一粒頬を伝う。こんなの許されない。嫁が…彼女がいるのになんで私なんかとこんなこと…「離して」そう言わなきゃなのに言えない私はダメな子で…
「タカちゃん」
小さく名前を呼び返すとまた離れた唇が触れた。ハムッと上唇を食すみたいに甘く唇で甘噛みするタカちゃんはからは、香水なのかすごくいい匂いがしていて。それだけで頭がおかしくなりそうだ。ギュッとタカちゃんの腕を握ると、ちゅっとリップ音を鳴らして唇を離した。そのままコツンとオデコをくっつけるタカちゃん。
「たく。俺の話聞いてから泣けよ」
「へ?」
「牡丹が泣いていなくなったって聞いてマジで焦った。言っておくが俺の嫁は牡丹だからな」
とんでもない言葉をサラリと言い放ったタカちゃんに、完全に私の涙が止まった。一瞬聞き逃してしまいそうなタカちゃんの言葉。けれど見てる、タカちゃんが。真っ直ぐと私を見下ろしていて…
「牡丹が好きだ。つか、俺ら結婚するんだろ。あの約束、忘れたとは言わせねぇよ」
ポコンとオデコにデコピンされてポカンとタカちゃんを見上げる。間違いなく結婚の事を口にしたタカちゃん。忘れているとばかり思っていたんだけど。
「タカちゃん、覚えてたの?」
「いや忘れるわけねぇだろ。まさかマジで忘れてた?」
「覚えてるよ、だってずっとタカちゃんのこと私も…その、」
「その、なに?ちゃんと言って」
唇を指でなぞるタカちゃんからはいつもながらの余裕な表情だ。
やっと言える、タカちゃんに――
「好き。タカちゃんが好き…」
「今から俺の嫁な、牡丹。つかずーっと俺の嫁は牡丹だけだよ、今までもこれからも」
タカちゃんの鼻にかかった低い声が鼓膜を刺激するみたい届いて胸がキュンと音を立てた。私の前髪を指で退かすと、そこにちゅっとキスを落とす。そのまま鼻の頭、左頬、右頬…焦らされるように漸く唇に触れたタカちゃんの生温い舌がにゅるりと間を割って口内に入り込む。「ンッ」…漏れた声に反応したのか、タカちゃんの舌が私の舌を捉えて離さない。ジュッと吸い上げられてキュウンと下半身が疼いた。胸の奥を鷲掴みにされたみたいで身体が熱くなるのが分かった。
「牡丹、こっち見て」
真剣なタカちゃんの声に視線を交わせると恥ずかしくてつい目を逸らす。まじまじと見つめてくるタカちゃんは私が視線を逸らした事に不満気。
「照れんなって、今更。もっとキスさせて」
照れるなと言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。つい数分前まではこの世の終わりみたいにドン底だったから、今のこの幸せがふわふわして真実味がない。とはいえ、ここには私とタカちゃんの二人きりで、視線を合わせれば当たり前に落ちてくるキスに、やっぱり前言撤回。めちゃくちゃ幸せ…
「タカちゃん狡い」
「なにが?」
「かっこよすぎる」
「よせよ、別に普通だって。それより悪い、結構我慢がきかねぇ」
さっきからタカちゃんの吐息が首にかかっていて、それが燃えるように熱い。私を組み敷いてるタカちゃんは、パジャマの上からそっと胸に触れる。わわ、そこは!!そう思うけど、タカちゃんって人は優しいから人に無理強いをしないと分かっている。でも今のタカちゃんはちょっと瞳をギラつかせていて…
「直に触っていい?」
「――へ?え?え、タ、タカちゃん?」
「ん?だめ?」
返事をする前にタカちゃんの手はするするとお腹の下からパジャマの中に入ってくる。どうしよう?何が正解かなんて分からない。だって初めてだもん、こんな展開。興味がないといえばそれはきっと嘘になる。でも、はいどーぞ!と差し出す事もできそうもない。タカちゃんのことは大好きだし、いつかは私だって…なんて気持ちがないわけじゃない。でも、でも、「うっそ、冗談。ごめんな怖がらせて」ポンとタカちゃんの手が私の頭に乗っかって押し倒していた身体を起こした。そのまま私の手を引き寄せて横並びに座ると、開いた脚の間に顔を伏せてふぅ〜と息を吐き出している。
「あーヤベェ。だめだなこんなんじゃ。安心しろ、無理やりとかしねぇから」
ふわりと微笑むタカちゃんの少し引き攣った顔に私は胸が痛くて…そんな顔をさせたいわけじゃない。唇を噛み締めてギュッと手に力を入れると私はタカちゃんの方に向き直って正面からタカちゃんを見つめた。
「タカちゃん私、その、嫌とか思ってるわけじゃないの。ただ…初めてだから色々自信なくて…だからゆっくりなら…」
こんな大胆な事を自分が言うなんて思いもしなかった。でもタカちゃんを目の前にすると自分の閉じ込めている気持ちがどうしてか隠せない。タカちゃんの醸し出す雰囲気が柔らかいからなんだろうか。私にとってタカちゃんは安心できる存在だからかもしれない。どちらにせよ、人気者のタカちゃんを他の誰にも渡したくない。タカちゃんを一番分かっているのは、幼馴染である私しかいないって思ってもいいよね?
「牡丹…あのさ、あんま可愛いこと言うなって。マジで止まんなくなるから。けど、今の言葉すげー嬉し。…好きだよ牡丹…」
クイっとタカちゃんに顎クイされるとまた、タカちゃんが私に被さるように唇を重ねた――。
カタンと、狭い用具入れの中で、舌がチュるりと絡まる音と、服が擦れる音。それから私達の熱い吐息が鮮明に鼓膜を刺激する。タカちゃんの腕が今度こそパジャマの中に侵入して、ブラの上から私の胸に触れた。
「柔らけーな、オイ」
クッて喉の奥を鳴らして笑うと、タカちゃんのピアスが揺れてパジャマを捲り上げた。ブラの上から胸元にチュっと口づけるタカちゃんに強烈な色気を感じてまた胸がキュンと音をたてる。銀色のタカちゃんの髪が直で肌を掠めてくすぐったい。タカちゃんの指がブラの中に入って私の尖端に触れて、ビクンと肩を竦める。
「ンッ、」
器用なタカちゃんの指がブラをズラすと、背中に腕を回して自分に引き寄せるようにしてツワになった胸の尖端を舌でちゅうっと吸い上げた。
「アアッ…待っ…」
こんな感覚初めて。気持ちがいいのかなんだか分からない。でも声が漏れて止まらない。こんな声を出す自分も想像したことないよ。タカちゃんが私に触れる度に触れた箇所が熱く熱を帯びて私の身体を捩らせる。
胸を愛撫するタカちゃんの吐息がハァッと熱く耳に届いてタカちゃんの頬に手を添えると、私の首にもキスをされた。頬を緩く指で擦るタカちゃんの瞳の奥は揺らめいていて…どちらからともなく引き寄せられるみたいにまた唇を重ねた。
どんどん深くなる口づけに、何も考えられなくなる。修学旅行だとか、ホテルだとか、何より用具入れの中で、外から鍵をかけられている事とか、冷静になったらヤバいと思うけど、今はもう目の前のタカちゃんしか見えない。
キスをしながらもう一度タカちゃんに押し倒された時だった、「おい三ツ谷〜!?」外から聞こえたぺーやんの声。
「ぺーちょっと待て、開けんな!」
タカちゃんがそう言うと、「あ?どっから声出してんだ?ここか?」ガチャリと何故か鍵を開けられて、眩い光と共にドアが開いてぺーやんが私とタカちゃんを交互に見て大きく溜息をついた。
「てめーら、何やってんだ、バカヤロが。心配して損したぜ、たく」
冷めた目のぺーやんに私もタカちゃんも返す言葉はない。でもぺーやんは用具入れから出た私の頭を軽く撫でると「まぁよかったじゃねーか」と笑った。でもすぐにタカちゃんがぺーやんを私から剥がすと「気安く俺の嫁に触ってんじゃねぇーぞ、ぺーやん」ペシッと私を背中に隠すタカちゃんにキュンと胸が疼いた。
「タカちゃんって意外とヤキモチ妬き?」
「牡丹限定でな」
肩に腕を回されてタカちゃんと廊下を歩く。
勿論ながら私とタカちゃんが付き合っているって噂は瞬く間に広がって泣き出す子もいたと聞くと心が痛いけれど…恋に傷は付き物だって思って、タカちゃんとの恋をこれからも育てていこうって思う。
「あー牡丹。旅行終わったら俺ん家くる?」
「うん、行く!」
「意味、分かってるよな?」
ジィっと見つめるタカちゃんの意図に気づくのは、タカちゃんの家に行ってからなんて、今は知らずにいる…。
―――【完】
