呪術廻戦 虎杖悠仁

 私には好きな人がいる。告白する勇気はないけれど、目で追う分には許されるよね。
 彼は学校でもいつも明るくて人気者で、とにかく運動神経がよかった。体育の授業でサッカーをやれば得点王なみにシュートを沢山決めるし、バスケをやっても同じようにコート内を駆けずり回ってゴールを揺らす。短距離でも長距離でも走るのも早く、彼以外がトップを走っているところなんか見たことがなかった。
 老若男女誰からも好かれている彼は、学校が終わるとすぐに帰宅していた。唯一の身内のお爺さんが入院しているらしく、そのお見舞いに行っているようだった。

「悠仁くん、帰るの?」

 放課後。授業が終わると皆、部活やら帰宅やらで廊下はざついている。それでもその声を私が拾ってしまったのは、彼女の出す声ではなく、悠仁くんという名前に反応したのであった。
 視線の先、私の好きな人、虎杖悠仁くんの腕を掴んでブラブラさせている🌷ちゃん。🌷ちゃんも私と同じで悠仁くんのことが好きだって噂だった。私みたいに隠れて想っているのではなく、あからさまに悠仁くんに積極的に絡む🌷ちゃんを羨ましいと思う時もあるけれど、同じようにはできずにいる。

「おー🌷!うんまぁ爺ちゃんとこ行ってあげられんの俺しかいないからさ!」

 ニコリと優しい笑みを浮かべている悠仁くんを遠目から覗き見する。ピンク色の髪がふわりと揺れて悠仁くんの手がポンと🌷ちゃんの頭部に触れる。それだけでチクンと胸が痛くなる。話の流れでたまたま🌷ちゃんに触れたんだろうけど、嬉しそうに笑う🌷ちゃんと、仲睦まじく見える悠仁くんに、嫉妬せずにはいられない。
 あんな風に私も悠仁くんと笑い合えたらすごく幸せなんだろうなぁと思うものの、今一歩勇気が出せずにいる。
 恋を成熟させるには、踏み出す勇気が必要なんだと脳内では分かっているけれど、それを簡単に行動できていたらあんな風に笑い合っている相手は🌷ちゃんじゃなくて、私なのかもしれない。

 翌日、今日こそ悠仁くんに話しかけようと思っていた私は、遅刻ギリギリで廊下を走っていたら後ろから急に鞄を奪い取られた。

「えっ!?」
「押忍、○○!つかお前走んの遅せぇよ、それじゃ遅刻すんぞ!」

 私の鞄を抱えて走る悠仁くんの後を一生懸命追いかけてギリギリ本鈴に間に合った。ゼェゼェと息を吸い込む私の横で呼吸一つ乱すことのない悠仁くん。

「悠仁くん、ありがとう」
「いーって、いーって」

 ニカッと白い歯を見せて笑った悠仁くんが、やっぱり好きだと思わずにはいられなかった。
 朝から悠仁くんと話せて幸せいっぱいだった私は、お昼休みに渡り廊下にある自販機の前でジュースを買おうと歩いていた。少し浮かれていたと言われればそうだと思う。でも好きな人と話せた日はやっぱり嬉しいもんだと思うんだ。スキップまではいかなくとも、かなり弾んだ歩き方だったかもしれない。

「○○ちゃん、ちょっといい?」

 自販機に百円玉を入れようと手を伸ばした時、後ろから威圧的な声がして振り返る。胸の前で腕を組んで私を睨んでいる🌷ちゃんと目があった。


「あの、なにかな?」

 二人きりで話すこと自体が初めてで、さっきからずっと怒った顔の🌷ちゃんを見る限り、いい話ではなさそうだと思えた。
 🌷ちゃんに誘導されて裏庭に行くとくるりとこちらを振り返って大きく溜息をつかれた。ギリッと私を睨みつける🌷ちゃんが一歩脚を踏み出すから、その迫力に圧倒されて私は一歩後ろに下がった。

「単刀直入に言うけど、これ以上悠仁くんに付き纏わないで、迷惑だから」

 想像通りの言葉だと思えた。けれど、頭の中でそんな言葉がくるのだろうと思っていたのに、いざ🌷ちゃんに直接そんなことを言われるとやっぱり辛い。ジワリと涙が溢れてきそうになるのをグッと堪えた。

「🌷ちゃん私、その、」
「なに?言い訳?○○ちゃんみたいな子が悠仁くんと釣り合うとでも思ってるの?」

 フンと鼻で笑った🌷ちゃんは、また一歩私に近づいた。それだけで心臓がチクチクと痛い。

「私はただ🌷ちゃんと同じで、悠仁くんが好きなだけだよ」

 それでも気持ちじゃ負けちゃいけないって震えそうな身体を必死に奮い立たせてそう言葉にしたんだ。それが気に入らなかったのか、目を大きく見開いた🌷ちゃんは、私の胸倉を掴みかかろうと腕を伸ばしてきた。
 殴られる!咄嗟にそう思った私は、次の瞬間🌷ちゃんの腕を逆に掴んでドンっと樹の幹に押し付けてしまった。

「ごめっ、」
「何やってんだよ、お前らッ!」

 私が謝るのとそんな声が聞こえたのはほぼ同時だった。不審な顔でこちらにズカズカ歩いてくるのはまさかの悠仁くんで。私の🌷ちゃんを掴んでいた腕を無理やり剥がした。そのまま🌷ちゃんを自分の後ろに隠すように前に立ちはだかって…

「○○、見損なったぞ。手出すなんて、女のすることじゃねぇ」

 それから私に背を向けて🌷ちゃんの顔を覗き込んで「🌷、大丈夫か?歩ける?」私とは全然違う優しい声色で心配そうに問いかける悠仁くんに、胸がギュッと痛い。

「悠仁くん、怖かったよぉ」

 ギュッと悠仁くんの手を握って悠仁くんの影からこちらを睨みつけている🌷ちゃんは、得意気に笑っているのに泣いてるような喋り方だ。

「待って、誤解なの!本当に違うの」

 私の前から去ろうとする二人を追いかけてそう言うと、悠仁くんが手を伸ばして🌷ちゃんを守るように私との間に一線を引く。それがショックで動けなくて…

「俺、○○はいい奴だって思ってたよ。だから残念っつーか、なんかよく分かんねぇけど、🌷が可哀想だろ」

 優しい悠仁くんだから言葉を選んだのかもしれない。でも本当に私何もしてない。🌷ちゃんから殴られそうになって慌てて抵抗しただけなのに。どうして分かってくれないんだろうか、悠仁くんは。
 どうしてそんなに🌷ちゃんの肩を持つのだろうか。私だってこんなに悠仁くんが好きなのに。

「ただ好きなだけなのに…」

 その場に蹲って膝を抱える。止めどなく零れ落ちてしまう涙。昼休み終了の予冷が校舎内に鳴り響いていたけど、私はそこから動くことができなかった。
 生まれてはじめて、授業をサボったんだ。

 それから数日、悠仁くんとクラスで会っても、廊下で会っても目すら合わせて貰えないでいる。その代わりに、悠仁くんとツーショを決め込んでいる🌷ちゃんは、私が近くを通るたびに悠仁くんの腕に触れて隠れるようにくっついていた。
 本当は🌷ちゃんに悠仁くんを触ってほしくない。腕なんて絡めないでほしいし、背中にだって隠れて貰いたくない。そこは私の居場所だって思いたいのに、当たり前に🌷ちゃんのもので、夢を見る資格すらもう私にはないのだろうか。
 悠仁くんと🌷ちゃんがスマホ画面を見て話している姿も見たくないのに、わざとらしく悠仁くんの肩に触れる🌷ちゃん。見せつけているんだと。
 悠仁くんは自分のものだと。

「悠仁くんは誰のものでもないよ…」

 小さく呟いた独り言は、誰に届くこともなく静かに消えて行った。
 もうこのまま悠仁くんに誤解されたままなんだろうか。どうにか話を聞いてもらいたいのに、悠仁くんの周りには常に🌷ちゃんがアンテナを張り巡らせていて、今は近づくことさえできずにいる。
 悠仁くんを独り占めできなくてもいい。ただ前みたいに時々話せればそれでいい。高望みはしないから神様どうか悠仁くんと話させてください。――毎日祈るような気持ちで、それでも瞳は悠仁くんを追ってしまうんだ。

 そんな事がまた数日続いた。もう無理なのかもしれない…どうすればいいのかすらもう私には分からない。どよんとした曇り空の下、トボトボと歩く私の背中も雨雲を背負っていて…ふと地面に視線を向ければ、空から等々大粒の雨が降り出してきた。
 どうしよう、傘ロッカーに置いてきちゃった。でももういいや、帰るだけだしって駅までの道を歩いていたら、急に雨が当たらなくなって、振り返るとビニール傘を差し出している悠仁くんがいたんだ。

「悠仁くん」
「○○、ごめんッ!」

 大きな声でそう言った悠仁くんは、ガバリと私の前で頭を下げた。

「え、どうしたの?」

 私の問いかけに顔を上げると、少し困ったような表情だ。いつも優しい眉毛が下がっているのが不謹慎ながらに可愛いなんて。

「いや、この前の🌷との事、最初に手出したのは○○じゃなくて🌷の方だったって。○○は🌷に抵抗してただけだって、クラスの奴等が偶然見てたみたいで教えてくれたんだ。俺てっきり○○が🌷に手出しちゃったのかと思って、お前に酷い事言ったよな…マジでごめん」

 ピンク色の短い髪を指でポリポリと恥ずかし気に掻きながら苦笑いで私を見下ろす。

「悠仁くん…」
「○○の話、全然聞く耳持ってなかったし、ほんとすいませんっ!」

 もう一度、深々と頭を下げると傘も一緒に脚元に転がってしまう。慌ててそれを掴むとまたしっかりと私を中に入れてくれて、ニコリと漸く私に向かって微笑んでくれた。その悠仁くんの笑顔に、やっぱり私はこの人がすごく好きなんだって思った。

「よかった、誤解がとけて…。もう話せないのかと思った」
「本当にすまん!あーなんかさ、よかったら俺○○のお願い一個聞くよ、なんでも!」
「え?」
「いやなんか、このままじゃ俺の気が済まないっつーか。女の子傷付けてそのままにしておけねぇーっつーか。マジで何でも言って!何でも聞くからさ」

 目をランランとさせて私を見つめる悠仁くん。
 お願いと言われて頭に浮かぶのはたった一つしかない。でもこれを言っちゃうと私の悠仁くんへの好きがバレてしまう。

「えっとじゃあ…」
「うんうん」
「…今日一緒に帰ってもいい?」
「――へ?いいけど、そんだけ?」

 キョトンと私を見下ろす悠仁くんの前に、私は勇気を振り絞って自分の手を差し出した。意味がわからないって顔で首を傾げる悠仁くんに、小さく呟いたんだ。

「手、繋いで帰りたい」

 もちろん悠仁くんの顔なんて見れずにいるけど、スッと私の手を握った悠仁くんは、「変わったヤツだな○○は」なんて言いながらも、いつもは早い歩幅を私に合わせてゆっくり歩いてくれちゃう優しい人だ。
 そんな悠仁くんがやっぱり大好き。
―――完。