鬼滅の刃 サネカナ

 鬼殺隊全員で鬼舞辻無惨を倒した後、それは奇跡のように広まった。
 鬼に殺された人間が生前の姿でひょっこり現れるという不思議が起こった。俺達から言わせれば、鬼舞辻によって鬼にされた奴らが人間に手をかけて殺した。原形である鬼舞辻を倒した事でそれが全て無かった事になったんだと。
 上弦の壱との戦いで命を落とした弟の玄弥が「兄ちゃんっ!」そう泣きながら蝶屋敷に運ばれた俺の病室に現れた時は心底驚いた。けど玄弥の顔を見た瞬間、俺も堪えきれず涙を流した。散々傷つけて遠ざけ続けたが、玄弥をただ守りたかっただけなんだと素直に口に出せる日が来るなんて思ってもみなかった。
 そしてもう一つ、俺にはもう無理だと諦めていた事がある。

「実弥くんお薬の時間よ」
「あァ」

 甘い香りと共に病室に入ってきたのは、胡蝶カナエ。上弦の弐に喰われたカナエも、こうして俺の前に姿を見せてくれた。誰に話したわけでもねェが、俺の心の中には柱になったあの日からずっと、カナエが住みついている。
 長い髪が開けていた窓を通る風に揺られてさらりと綺麗に光って見えた。俺は自然とカナエの手首を掴んでそのまま自分の方へ引き寄せていた。

「あらあらどうしたの?」
「はぐらかすなァ…カナエ…逢いたかった…」
「実弥くん…」

 目の前でカナエの大きな目がゆっくりと伏せられる。頬を紅く染めて「私も逢いたかったわ実弥くんに…」心地良い音色が俺の耳を優しく通り抜けた。
 あぁ、鬼のいねぇ世界が本当にあるなんてなァ。



「不死川さん、ここを出禁にされたくなかったら姉さんを所有物扱いしないで下さい!ただでさえ怪我人が多くて人手が足りていないんです」

 カナエが戻ってきた後、胡蝶妹の話し口調は昔のように活発に戻っていた。けどそれが本来のしのぶの性格で、しのぶなりにカナエのいない穴を埋めようと必死に演じていたんだろうと思えた。

「別に所有物扱いなんてしてねェよ」
「いーやしてるね、実弥!カナエちゃんが自分の女だって顔全部に書いてあるよ」

 うぜぇ奴まで生き返っちまったぜと、俺は溜息をついた。病室のベッドに腰掛けてそう言ったのは、俺に鬼殺の道を教えてくれた桑野匡近。唯一無二の兄弟子だった。カナエと匡近と俺のいる未来なんてもうねェって思っていたから、最初はこんな顔合わせも真実味すらなかったけど、今はこうして俺のベッドを囲んでみんなが笑顔でいるって事に、心底幸せを感じる。

「もう匡近くんまでそんな事言って。ほら実弥くん、今日はお墓参りに行く予定だったわよね」

 ベッドから降りた俺の腕を支えるカナエにそう言われ、しのぶも匡近も黙りこくった。
 弟妹達は戻ってきたが、母親だけは俺の手で殺めたから戻ることはなかった。弟妹達が戻ったことだけでも十分有難てェと思うけど、俺としてはカナエを母さんにどうしても紹介してェと思っていたから。

「あァ、んじゃ行ってくる匡近。胡蝶の仕事手伝ってやれよォ」

 カナエと出て行く俺の後ろ姿に匡近は「偉そうに言うなよな〜」なんて笑いながら言った。
 あの戦いで負傷した隊士達はほとんどがこの蝶屋敷に運ばれてきて、毎日ここはてんやわんやしている。

「そういえば、義勇くんもお姉さんと再会されたみたいね」
「興味ねェよ」

 冨岡もまたこの屋敷の何処かにいるようだった。全くもって俺にはどうでもいいがァ。

「煉獄くんの弟の千寿郎くんも、よく手伝いに来てくれているのよ」
「あァ」
「顔、そっくりよね、あの二人」
「会ったことねぇよ、弟には」

 蝶屋敷を出るとカナエが俺の腕に自分の腕を絡めた。いつも人の心配ばかりして、人の為に、人の為にと尽くしているカナエとの会話は、毎回こんなもんで。大概が興味のねェことだったが、それでもいつも楽しそうに話すカナエを見ているのは飽きない。時折大きな瞳を俺に向けてふわりと微笑んでくれるだけで、こんな俺でも胸ん中が温かくなるのが分かる。

「ねぇ実弥くん。帰りに甘味屋さんに寄らない?」
「あァ」
「蜜璃ちゃんが先日伊黒くんと行った所が凄く美味しかったって教えてくれたのよ。しのぶ達にもお土産買ってあげたいし、何より実弥くんと一緒におはぎが食べたくて」

 話に合わせて絡みついてる腕に力を込めるカナエを正直今すぐ抱き潰してェとも思うが、こんな風にゆっくりと時の流れを感じる事がなかった分、カナエともゆっくりと歩いていきてェなんて思っている俺がいた。

「そうだなァ。俺もアイツらに土産買ってってやりてぇし、お前と一緒にこれからも色んな景色を見てェと思ってる」
「なんか、素敵な言葉ね。実弥くん私ね、しのぶを鬼殺隊にしたこと本当は心の底で悩んでいたの。実弥くんみたいに私が強かったら、しのぶやカナヲを守ってあげられたのかもしれない。でも殺られちゃったし、やっぱり二人には生きていて欲しいと思っていたのよ。しのぶを守りきれなかった自分を許せないと思ったりしたんだけど、それでも今、しのぶが笑ってくれている事が嬉しいの。大事なのよ、心底、しのぶが。それでも私、これから先の未来を実弥くんと一緒に見たいわ…」

 薄い唇から繰り出される綺麗な音色の声と、優しい眼差しに俺の心の傷も癒えてくる気がした。誰だって家族の幸せを願っているだろうが、それでも俺達は自分達の幸せを見つけた。鬼舞辻の死にこんなカラクリが隠されていたなんて知らねェから俺達は必死だったけど、昔どこかで聞いた言葉をふと思い出した。

「終わりよければすべてよし、なんじゃねぇかァ。俺も今更カナエのいねェ未来なんて見れねぇよ」

 風で桜の花びらがヒラヒラと降ってくる。
 春の暖かな陽気の中、握ったカナエの手を絶対ぇ離すもんかと、心に誓った。


「始めまして、胡蝶カナエです。お義母さん…実弥くんを生んでくれてありがとうございます」

 おふくろの墓の前でそう小さく言ったカナエ。俺もカナエの両親には感謝しねェと…なんて柄にもないことを思った。

「こちらこそ、実弥を大事に想ってくれてありがとう。実弥のこと宜しく頼むわね、カナエさん」

 そんな風に笑うおふくろが、俺の隣で手を合わせているカナエを優しく見守ってくれている気がした。
 いつか渡そうと前に買っておいた櫛をカナエに渡した俺は、母さんの眠る墓の前で、夫婦になった。もしもこんな世界じゃなかったら出逢っていなかったかもしれねぇ。けど今、カナエは間違いなく俺の隣で生きている。
 どこからともなく春の風が俺達の間を吹き抜けていった。
―――【完】