「一ノ瀬さんって、彼氏いるんですか?」
…え!?
比較的忙しくない夏だというのに今日は珍しく残業…というか、主婦社員の先輩たちがお子さんの体調不良で尽くお休みで、ほとんど一人で仕事をこなしていた。
ゆえに普通なら定時で終わる仕事も終わらず一時間が過ぎた頃だった。
隣の営業フロアの新人、日高くんが私の席に顔を出してそんな質問。
勿論ながらパソコンを打っていた手も止まって、なんなら思考もフリーズ。
「…え?どういう、質問?」
「や、そのまんまです。気づいてませんでしたよね?俺が一ノ瀬さんのこと、気にしてる事。」
甘くて優しい声と、大きな垂れ目。
日高竜太、23歳。ド新人の彼は営業部でも可愛がられている。期待の新人なんて言われていて。
仕事柄絡む事も多く、時々プライベートな会話もするものの、そーいう深く突っ込んだ話題なんて初めてて。
なに?からかってんの?結婚行き遅れたオバサンのこと。
本気?なわけあるかい!!!こんな素敵な人と私だなんて、絶対の絶対に有り得ない。
「冗談ならやめてよ。いくらなんでも信じないよそんなの。」
「…なんで?」
「なんでって、年が違いすぎるし、」
「やっぱそこか。俺若くてキャピってる奴無理なんすよ。この会社に来て一ノ瀬さんと出逢って、世界が広がったんです。プライベートな一ノ瀬さんの素顔が見たいです。…飯、行きませんか?」
スッと紳士的に手を差し出す日高くん。やばい、これ。あと5歳若かったら確実に握ってる。
でも残念ながら三十路越えの私にはこの手を握るなんてこと無理。
急いでパソコンの画面を保存すると、私は電源を切って立ち上がる。
「ごめん、用事あるから。お疲れ様。」
日高くんの顔も見ず、返事も聞かずに会社を飛び出した。
カツっと鳴るヒール音。信号待ちで立ち止まった私は自分の胸に手を当てるとビビるぐらいに爆音を鳴らしていたなんて。
―――完全に、恋の仕方、忘れてるよね、私ってば。