丸の内OLなんて言えば聞こえはいいけれど、実際は何もよくなんてない。
殺伐としたここ東京で生活していくのはとても疲れる。
毎朝満員電車に揺られて会社に着けば、マウントな女子社員のトップ争いに巻き込まれれば最悪だ。
ネイル、お洒落、化粧…いくらお金があっても足りない。
そんな世の中にうんざりしていた。
自由なようで自由でいられないこのくすんだ空の下、唯一の癒しの時間がここにあった。
「いらっしゃいませ。」
そんな声と共にニコリと笑顔を向けるその人。
東京神田にでかでかとそびえ立つそれ、三井住友海上の営業秘書をやっているわたし。
担当営業のスケジュール管理からなんなら体調管理まで全てをわたし達秘書課が受け持っていた。
行動の全てを共にする担当営業とはもはや仕事上の良きパートナー。
勿論そこに不安も不満もないけれど、殺伐とした社会を生きる上でホッとできる一時があるのとないのじゃ訳が違う。
「ホットの黒糖ラテください。」
「かしこまりました。」
会社の傍にあるタリーズコーヒー…ではなく、少し歩いた先、靖国通りのT地路にあるそのドトールコーヒーにわたしの癒しが存在している。
高身長の彼は明るめの髪をさらりと靡かせてレジを打つ。
名札に書いてある「八木」って名前に小さく心の中で呟く。
―――八木くん、今日も逢えたね。
まぁ、こんな事わたしが思っているなんて絶対誰も知るはずはないんだけどね。