「好き」が止まらない

「今夜は仕事が早く終わるので、ここまで迎えに来ますね。ここあさんも仕事頑張ってください」

今朝建人さんに言われた言葉を脳内で何度となく繰り返していた。アフターデートだよね?どこに連れて行ってくれるのか?と想像するだけで頬が緩む。休憩時間にはスマホで美味しいイタリアンを調べちゃったりしたけれど、きっと建人さんの事だから色々考えてくれているんだろうって。
ついつい頬が緩みがちで、今日はなんとなく仕事に集中できずにいた。

「ここあさん!この後バイトあがりに飯、行きませんか?」

そんな私に元気よく話しかけてきたのは善逸くん。ハッとして振り返るとニッコリ笑顔で私の返事を待っている。忘れていた訳じゃない、いやちょっとだけ忘れていたか。大事な事がまだ残っていた。
この前散々ジャンに相談した大事な案件。これだけは私一人で解決しなきゃならない。

洗い物をしていた手を止めて善逸くんに向き合う。ぱちくりと瞬きをしてまたニッコリと微笑む善逸くんに、「ごめんなさい」ペコッと頭を下げた。

「ちょ、どうしたんですか!?急に!!」

私の肩に手をついて顔を覗き込む。その瞳は真っ直ぐでちょっとだけ眩しい。

「恋人がいるから、善逸くんと2人では会えない。ごめんね」

悲しいのは善逸くんの方なのに、何でか私が泣きそうになる。ただ、分かったのは…少なからず断る方も勇気がいるということ。
人を好きになると、いい事ばかりではないということ。

俯いていた善逸くんは顔を上げると、変わらぬ笑顔でニッコリ微笑んだ。

「分かりました。いや本当はぜんっぜん分かりたくねぇけど、ここあさんを困らせる事は俺にはできないや。でもね、」

そう言うとちょっと切羽詰まった顔で私の両手を包み込む。ふわりと息がかかってほんの一瞬ドキリとする。
5歳若かったらコロッといってたかもしれない、なんて。

「俺、いつでも待ってるからさ!ここあさんがその男に飽きたらさ、いつでも俺んとこに来て!開けとくから!」

「そ、それはでき兼ねるというか…」

「ええええ!!それぐらい夢見させてよぉ!!!俺なんで彼女できないのよっ、もう。周りはみんなさ、可愛い彼女いつの間にかできてやがってさぁ。ほんと俺ってなんなのよっ!!」

「善逸くん、聞いて!!善逸くんの気持ちは本当に嬉しかった。正直悩んじゃったの。だけど、理屈とかどうとかじゃなくて、心があの人だって教えてくれたの。彼が好きなの。」

「うん、わかった、もう、いいよ、もう、わかったから。そんな顔されちゃ、もう何も言えないって!」

どんな顔してる?え?カァーっと耳まで真っ赤になっているのか、顔が熱くなるのが分かった。頬に手を添えるとやっぱり熱を帯びていて、ドキドキしているせいか、昨夜の建人さんが蘇ってくるようで余計に心が落ち着かなくなった。
今更ながら本当にあの人に抱かれたんだと思うと顔から火が出そうだった。
好きな人と結ばれる事はこんなにも心がふわふわして感情が高ぶるものなのかと。
こうやってまともな恋愛をするのは少し時間があいていたかもしれない。
でももう建人さんを知ってしまった私は、建人さん以外は考えられない…と改めて思えた。

その後少しお店が混み始めて、私と善逸くんは雑談をする暇もなく働き通した。

定時間際、カランとお店のドアが開く。もう何度思い浮かべただろうか?そこにある建人さんの姿に口端が思いっきり緩んだ。

「ホットのブレンド一つ」

「かしこまりました」

何を話すわけでもなく、でも少し口端を緩めて私を見つめた建人さんに胸の高鳴りが激しくなった。
ちょうどすれ違いざまに、老夫婦がこの店から出て行く所で、それに気づいたであろう建人さんは長い足を大股で歩いてドアまで行くと、老夫婦の前でドアを開けて外に出してあげていた。
紳士的な彼の行動に何とも胸が熱くなる。
見れば見るほど好きになる。
逢えば逢うほど気持ちが溢れる。
止めるすべも何も見つけられないよ。

そうこうしているうちに定時時間になって、タイムカードをパソコンで印字すると私はすぐにロッカーに走って着替えを済ます。軽く化粧を直してお店の外で待っているであろう建人さんの所に顔を出した。

「お待たせしました!」

「いえ。お疲れ様でした」

「ふふ、はい!」

スッと建人さんが私の手を掴むからそこに指を絡ませると「あの金髪の彼は、ここあさんをずっと見てましたが、」まさかの言葉に目をまん丸く見開いた。

「あ、実は告白されたんですけど、お断りしました。私には貴方がいるので」

「そう、ですか。よかった、大人気なく嫉妬する所でした」

チラリと横目で建人さんを見ると彼もこちらを見ていて。銀眼鏡の下の三白眼がほんの少し揺らいで見えた。嫉妬なんてされたら嬉しくてどうなっちゃうんだろうか?え、建人さん嫉妬なんてするの?そんなの私の役目かと思っていたのに。

「ここあさん」

「え?」

「貴女は自分で思うより魅力的です。私以外の人にあまり隙を見せないでくださいね」

「え、あの…」

「予定変更してもよろしいですか?…今すぐここあが欲しい」

頬を掠めた建人さんの指が甘く触れてくすぐったい。
そんな瞳で、そんな素敵な声で、そんな優しく言われて断る人がいるなら見てみたいものだ。
握った指先から伝わる「好き」が、身体中に行き渡るようだった。

「うん」

小さく頷くと、建人さんらしからぬ強引な力で私の肩を抱くと、すぐにタクシーを呼び止めたんだった。



-fin-



<< back >>

▲TOP