「あかん、勇征はあかん。あかんわーほんまにぃ」
朝から颯ちゃんの舌っ足らずな声に苦笑い。
昨日勇征くんとあったことを軽く話すと目を泳がせて頭をワシャワシャかいた。スッとネクタイを外すとおもむろに私の首にそれを巻き付ける。
「げ、止めてよ、颯ちゃん」
「気にすんな、これしき!」
うちの高校は彼氏のネクタイを彼女がいる付けるっていうのがあって、みんな彼氏がいる子は彼氏のネクタイをつけているわけで。なんで私が颯ちゃんのつけなきゃならないのよ。
「気にしないけどいらないから」
慧人くんのネクタイをしめるのが高校3年間の小さな夢だったのに、もう叶わないかもしれない。そう思うと心は一気に雨雲を背負って気持ちもどんどん落ちていく。
今週末にOB戦を控えたこの日、放課後進学コースの後半クラスと就職コースの普通科前半クラスのちょうど境目にある渡り廊下で、前半クラスの不良たちが先生を追い詰めている光景を目にした。名前ぐらいは聞いたことあるものの、授業すら被らないからほとんど話したことのない生徒ばかり。ただ唯一【瀬口黎弥】だけは、毎度呼び出しがかかっていたから名前はみんな知っていた。そしてあのデカイ金髪が瀬口黎弥という憶測も。
「お前ふざけんなよ!」
えっ!?
そんな罵声と共に始まった乱闘。たまたま通り過ぎようとした瞬間、本当にサッて通り過ぎようとしたんだ。だけど、きっと私の存在すら目に入っていないだろう瀬口くんがいきなり真横にあった窓ガラスを片手でぶん殴った。嘘でしょ!なんて思ったのは一瞬で、私はその場から動けなくて、破片がガラガラとこぼれ落ちるのがスローモーションで見えた、気がした。
気づくと廊下にしゃがみ込む私に覆いかぶさっている…「け、とくん?」…目の前で軽く微笑むと、「いって…」次の瞬間飛び込んできたのは、割れたガラスが刺さって血が流れている右手。ピッチャーにとって大事な大事な右手。試合は今週だっていうのに、有り得ない!私はポケットに入っているハンカチを広げて手首にキツく巻き付けた。
「保健室!退いてっ!あんた達、最低っ!」
もう頭ん中真っ白で不良相手に後から思うと勇気ある一言だと思うけど、怒りが収まらなかったんだ。