9回表、先行はOB。
ここは何としても抑えたい。点差を開かれたら追いつけなくなるし、何よりみんなの体力が心配。ここが一番の踏ん張り時の慧人くん。点差は3点差。これ以上点数はあげられない…カキーン!と大きな音を立てた瞬間グラウンドが湧いた。頭上を超えていくホームラン。嘘でしょ。しかもランナー1人を入れて2点が追加された。
「何やってんだよ木村!おいもういいぞー!さがっていいぞー木村!」
どんどん増える慧人くんへのヤジ。指を痛いぐらい握りしめて立ち上がった瞬間だった。
「うるせぇっ!!黙って見てろっ!」
ドデカイ声で叫んだのはあの金髪瀬口黎弥。うわ、あの野郎見に来てたんだ。ムカつく!でも今は感謝だ。変な方向にいきかけていた観客を怒鳴り散らしてくれたお陰で、また応援の声が飛び交った。
「ドンマイ、ドンマイ!まだいけるっ!」
そんな私の声に部員達がみんな手を振った。いやバレるから勘弁して。そう思うけどみんなの気持ちが嬉しくて。つい振り返してしまう。
「バレてんだろねもう」
なっちゃんがコーラをがぶ飲みして笑った。隣の勇征くんまでもが「だろうねー」なんて軽く笑うんだ。変装までしている私と颯ちゃんは苦笑いで見つめあった。
その後は慧人くんも持ち直して何とか乗り切った。後は9回裏、攻めで6点以上取れば…
「翔太くん!絶対打てっ!」
キャッチャー翔太くんが構える。とにかくランナー出して満塁で一発でかいのを狙うしかない。OB達も現役を引退した手前、体力が続いているのはしょっちゅう顔を出していた大樹先輩ぐらいで他はほとんどバテていた。だからきっと塁を出せばボールには追いつけない。それをみんな分かっているからから、当たりのいいヒットを飛ばした。2点を取り返してみんなが塁に出る。最後のバッターは慧人くんだ。もうリストバンドにまで血が滲んでいて誰もあの怪我に気づかない人はいない。だからか、グラウンドの生徒達からのざわついた声が耳に入る。
「うそ、木村くん怪我してたの?右手流血してる。それなのに投げきったわけ?」
「マジかよ木村。お前まじでもういいよ、よく頑張ったよ」
「うるさいっ!黙れっ!邪魔しないで後ちょっとなの。私達の夢、これ以上壊さないでっ!」
もう謹慎なんてどうでもいい。カツラを取った私を見てみんなが吃驚する。野球部のマネージャーがここにいたんだって、みんなが私と颯ちゃんを見て何となく目を逸らした。
「慧人くんっ!ホームランっ!」
私の声に慧人くんがバッドをこちらに向けて一度大きく頷いた。絶対打つ。それがわかった。9回裏ツーアウトランナー満塁。こんな奇跡的な展開は甲子園でもプロでもそう見れない。この奇跡を目に焼き付けなきゃ。
最後の一球をピッチャーが投げた瞬間、ギリっと体に力が入った。
次の瞬間聞こえたのはカキーンって音だった。