「お疲れ。」
スタッフルームから出ると全身黒スーツのオーナー登坂広臣が煙草を咥えたままサングラスを外した。
「臣さん?」
「送り、やってやる。行くぞ。」
…え、私今日ミスしたっけ!?
ぐるぐると脳内を探るも何も出てこない。
思わず店長である岩田剛典を振り返るも何故か笑顔で手を振られる。
今夜はアフターないからいいけど、オーナー直々の送りなんて早々ない。
なんか裏があるとしか思えない。
「オーナー?」
「臣。時間外だ、その呼び方やめろ。」
「…臣さん。私なにかした?」
早足で前を歩く臣さんはクククって肩を揺らせていて、アッシュブラウンの髪をふわりとかきあげるとその腕を私の肩に回したんだ。
思いっきり香るどぎつい香りに目眩がしそうで。
「分厚い肉食わしてやるから。」
よく分からない回答は、お店を出た瞬間更に不安に変わる。
「よう、隆二!待たせたな。」
片手を上げて口端を緩めた臣さんの視線の先には、この界隈を裏でしめている今市組の若頭、隆二さんの姿。
真っ白のスーツとサングラス。
焦げ茶の髪がツンツンとたっていて、口髭がよく似合っている。
この人がうちの店に顔を出す事はしょっちゅうあるものの、こうして外で会う機会なんてほとんど無いに等しい。
だから余計に胸がドキンと脈打った。
隆二さんは、臣さんの横にいる私を見て「なるほどね。」…これまたよく分からない発言をすると、車の後部座席に乗り込んだ。
「乗れよ。」
そのまま臣さんに押されて私も隆二さんの横に乗り込まされて、挟むように臣さんも隣に座った途端、高級車は流れるように動き出した。
激しく緊張する。
臣さんだって毎日店にいる訳もなく、たまにひょっこり現れては、すぐにいなくなるような人だった。