漆拾伍 恋のサイン


【side 樹】

無駄に機械音が鳴り響く耳元。

ネコさんにゆき乃の誕生日を聞いた俺はいてもたってもいられなくて、時間を見つけてはゆき乃に電話をかけた。

でも、俺の耳に届くのは冷たい機械音だけで、一向にゆき乃の声に辿り着けない。

だから余計に不安が大きくなって爆発しそうでどうすりゃいいのか分かんねぇ。

本当にあの二人がどうにかなってたらどうすりゃいいんだ?

落ち着こうにも気持ちが落ち着かなくて貧乏揺すりでガタガタと足元を鳴らす。

ダメだ、余裕ねぇ。

息を吐き出して席を立つ。

そのまま会社から逃げるように抜け出すと電車を乗り継いで銀座で降りる。

ブランドショップの並ぶそこの一角、BVLGARIと書かれた店のウインドーから中を覗くと、目当ての物が目に入る。


「えーっと確か、給料三ヶ月分だっけ?こーいうの、」


それはクレジットでいくらでも落とせるからいいけど、どんなデザインがいいのかさっぱり分からなそうだった。

こんなんなら健太さんに着いてきて貰えばよかったかな?

そう思う俺はすぐ様健太さんを電話で呼び出したんだ。





「思いきったことするね、樹。」

「…色々嫌なこと言ってすいませんでした。でもちょっと自分だけじゃ分かんなくて、頼れるのが健太さんしかいなくて。」


頭を下げる俺に「いいよ、頼られるのは嬉しいし!」なんて優しく笑ってくれる健太さん。

そーいう顔して女と接してればいいのにって。

まぁ、その裏にあるブラックな健太さんにはみんな気づけないんだろーけど。


「今日ゆき乃、誕生日らしくて。ネコさんに今朝聞いて…落ち着けなくて…。これって束縛ですかね?俺の気持ち、押し付けてるだけになっちゃいます?」


女側の気持ち全部を理解することはたぶん一生無理だと思う。

電話に出ないのか、出れないのか、出たくないのか…それすらも今は分からないけれど、だから余計に不安が募る。

もしもゆき乃の中に夏喜への気持ちが芽生えてしまったら、2人はそーいう事で、俺からの電話も出ないって。

頭が嫌な方に、嫌な方にって考えちまって死にそうだ。

自信ないだせぇ男で結構、これでゆき乃を傍に置いておけるなら給料三ヶ月分だろーが、半年、いや一年分でもなんだっていい。


「樹が結婚したいって思った気持ち、大事にしろよ。俺はそう思う相手には出会ってないから…。でもさ、ココがモヤモヤするんだよね。ネコちゃんの泣きそうな顔見ると。他の子の事も全部忘れちゃって。ネコちゃんの笑顔がやっぱり欲しくて…。」


自分の胸元をトンと叩いて眉毛を下げる健太さん。

俺がキョトンとしたのは、その感情に健太さん自信が気づいていなさそうだったから。

なら教えてやろうって。

俺は健太さんの背中をポンっと叩くとちょっとだけ口端を緩めて言ったんだ。


「健太さんそれ、恋してる。ネコさんに恋してるよ。」


そんな簡単なことに案外気づけない人間はもしかしたら多いのかもしれない。
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