もぐもぐ。もぐもぐ。

「今日もよく食べるねえ、お客さん」

カラン、と空っぽになったお皿を積み重ねて次のお皿へと手を伸ばす。満足そうに笑うマスターを見るのは今日でもう三日目になるが、よくもまあろくに返事も返さない私のようなやつに嫌な顔もせず声をかけてくるものだ。フード付きのローブは頭から足元まですっぽりと覆っていて、口元と手くらいしか見えない。性別すら判別できず、この平和な島ではいかにも怪しい人物だろう。それなのに嫌味の一つも言わず、詮索もせず。いつもニコニコと笑うマスターの顔を見るのもおいしい料理が食べられるのも今日で最後なのだと思うと少し名残惜しい。いくら食べても足りないくらいだ。
そのまま食べ続けていると、マスターが何やら店の入り口へと歩いていく。ちらりと横目で見れば、どうやら団体客が来ているようだった。幸い席も空いていて、ドタドタと複数の足音が床を鳴らす。この静かな島に団体客なんてもしかして海賊だろうかとほんの少しの好奇心で顔を上げると、オレンジ色のつなぎを着た大きなシロクマが目に入った。周りにいるのも、色は違うが同じつなぎを着た人たちばかり。そして胸にはジョリーロジャー。なんだか見ているだけで賑やかな集団だが、そんな中でも雰囲気の違う男が一人いた。その男を視界に入れた瞬間、これは珍しいものを見たと目の前の料理と向き直る。一気に騒がしくなった店内で、マスターは再び私に声をかけた。

「料理なんだが、少し待ってもらえるかい」

頷くと、すまないねと申し訳なさそうな顔をしてキッチンへと姿を消す。ウエイトレスのお姉さんは両手いっぱいにジョッキを持って忙しそうに走り回り始めた。
しばらくして、目の前に料理が置かれる。

「お待たせしました!」

「………?」

頼んだ覚えのない、こんもりと盛られたお肉。首を傾げているとマスターとお姉さんがニンマリと笑った。

「その肉は俺からのサービスだ。もしまたこの島に来ることがあれば食べにきてくれ。あんたは食べっぷりがいいから、作りがいがあるんだ」

「お待ちしてます!」

明日この島を出るなんて、言ってないのにな。
最後くらいお礼を言おうと口を開いた時だった。

「邪魔するぜ」

バン!とドアを壊す勢いで入ってきた男。船長を名乗る男は飯を食わせろと有無を言わせぬ口調でずかずかとマスターへ詰め寄った。先ほど入ってきた海賊とは雰囲気の違う、海賊というより盗賊みたいな連中だ。残念ながらもう空いている席はないし、マスターは食材がもうないのだと謝罪する。それに逆上した男は理不尽に怒鳴りつけたかと思うと、ぐるりと店内を見渡した。黙ってフードを深く被り直せば私の背後に目をやって男は笑う。

「飯がねぇのはお前らのせいか?」

ずらりと並ぶ料理とお酒を見れば答えは明らかだった。しかし相手をする気がないのか、誰一人返事をしない。そりゃそうだとお肉にフォークを刺すと男の目が私へと向いた。……お肉、我慢すればよかった。

「お前、この状況で呑気に何食ってんだ?」

ガシャン。
目の前にあったお肉の皿が消える。お姉さんの悲鳴が聞こえて、私の手元にはフォークと一切れのお肉だけが残っていた。割れたお皿に、飛び散ったソースとお肉。マスターたちがサービスしてくれた、大切な。

「ぐあっ!?」

「せ、船長!?」

銃声が、一発。パクリとお肉を口に放り込んで右手をフォークから刀へと持ちかえた。

「……へえ」

興味深そうに私を見る視線など、気にも止めぬまま。
見るからに小物そうな海賊を追い払うのは大して時間もかからず容易なことだった。後から聞けば、あの海賊は他の店でも暴れていて困っていたらしい。

「ありがとう。助かったよ」

お礼を言いたいのはこちらなのに、マスターたちはダメになった料理を片付けながらすぐに作り直すと言う。私は食べ物を粗末にするやつが許せなかっただけなのだが、それがマスターの料理だからという気持ちがあったのも事実。それに最後だしいいかと再びカウンターへと戻ると、つなぎを着た海賊たちが待ち構えていた。

「お前すげーな!」

「悪かったな、俺たちのせいで巻き込んじまって!」

「コイツの食べっぷり見たらあながち俺らだけのせいじゃないだろ!」

酔っ払いとはいえ、絡まれることになろうとは。
飲め飲め!とジョッキを押し付けてくる男たちの強引すぎる誘いを断り、席に着く。分かりやすく口を尖らせた男たちは、気が向いたら来いよと肩を叩いて戻っていった。

「キャプテーン!」

元気よく走るつなぎを目で追った先にいる、キャプテンと呼ばれる男。モコモコした帽子の下に隠れる鋭い瞳と一瞬だけ目が合った。

「待たせてすまないね」

再び目に入ってきたお肉。
私はマスターたちと向き合い、頭を下げる。

「ありがとう」

二人は驚いたように目を見開いた後、もう見慣れてしまったいつもの笑顔を浮かべたのだった。


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