宿を出て、ゆっくりと島を歩く。今日この島を発つわけだが、乗る予定の商船が出るまではまだ時間があった。部屋にいるのも退屈で宿を出てみたものの特段やることもない。気づけば波の音が聞こえてきて、風に乗った潮の匂いが鼻腔をくすぐった。もう少し歩けば、あの眩しいキラキラと輝く水面が視界いっぱいに広がるだろう。

「………?」

そして見えてきた砂浜と、海。しかしそれよりも先に目に入った黄色に私は首を傾げた。帆が張られているところを見るとあれは海賊船なのだろうが、黄色という珍しい色と変わった形は私がこれまで見てきた船とは違う。側面にはDEATHの文字とジョリーロジャー。あれは見覚えがあるぞと昨日のことを思い出していると背後に気配を感じた。

「昨日はよくもやってくれたな」

悪党のようなありふれた台詞を吐いたのは、なんと昨日マスターの店で追い払った海賊。しかもびっくり、数が増えている。昨日は十人程度だったと記憶しているが、目の前にいる数はざっと見て二十は超えていた。

「こいつ、お前の仲間なんだろう?」

仲間?
ポカンと口を開けていると、目の前に差し出されたキャスケット帽を被った男。これまた見覚えのあるこの男は昨日私に話しかけてきた海賊だ。一人でいるところを襲撃されたのだろうか。見たところ武器も持っていないし、この数を相手に勝てるわけがない。しかも私まで現れて、相手にとってはいい人質になると思われたわけだ。なんて不運な。
他人事のように状況を把握したところで、男たちは私が手を出せないと都合よく解釈したのか笑みを浮かべた。
だがこの男たちは分かっているのだろうか。このキャスケット帽の男がどこの海賊の船員なのかを。その海賊団の船長を。

「大人しくやられてろ!」

さすがに二十人はきついな。半分でいいから誰か手伝ってくれないかな。
男が刀を振りかざした時だった。薄い青色の膜が辺りを包み、捕らえられていたキャスケット帽の男が消えーー

「うちのクルーが世話になったな」

代わりに、一人の男が現れた。

「ト、トラファルガー・ロー!?」

モコモコした帽子と、黄色のパーカー。身の丈ほどの長い刀を肩に乗せたその男は死の外科医の異名を持つトラファルガー・ローだった。懸賞金は二億ベリー。残忍な男だという噂を聞いたことがある。どうやら彼率いるハートの海賊団の船員だとは知らずに襲ったようだ。動揺が走る中、船長である男は血迷ったのか刀を向けて叫ぶ。

「お前を海軍に引き渡せば俺たちは大金持ちだ!一気にかかれ!」

標的が私からトラファルガー・ローに移り、全員が刀を持って向かっていった。

「"ROOM"」

再び青い膜が辺り一帯を包み、あの長い刀を抜く。ポイと投げ捨てられた鞘を目で追っていると突然男たちが叫び出した。何事かと視線を戻せば信じられない光景が広がっていて、開いた口が塞がらない。

「こいつ何しやがった!?」

「いいからはやくくっつけろ!」

「どれが俺の足なんだ!?」

真っ二つに切られた身体があちこちに散らばり、しかもなぜか全員生きていた。血も出ておらず、刀を振るたびに身体は細かく刻まれていく。これが彼の悪魔の実の能力か。
とにかくこの騒ぎに乗じて逃げようと背を向けて走り出す。そしてもう少しで青い膜から抜け出せそうになった時。

「"シャンブルズ"」

「っ、!?」

なぜか、私はトラファルガー・ローの隣に立っていた。

「そう急ぐな」

一体何が起こったのか分からぬままの私にそう声をかけた彼は、なぜか刀を鞘に戻す。そうこうしている間にも敵はこちらへ走ってきているというのに、何もする気がないのかただ黙って眺めていた。……私を、試しているのだろうか。そっとフードの下から見上げてみるが、身長差のせいで表情を伺うことはできない。しかし私とて時間が迫っているのだ。早く片付ける他ない。
ガチャリ、と武器を構えれば隣で笑う気配がした。

「一千万ベリー懸けられるだけの腕はあるな」

戦闘を終え、武器を戻して早々に立ち去ろうとすると引き止められる。正直、億越えの海賊…しかもハートの海賊団船長に声をかけられることになるとは思ってもみなかった。しかも大した懸賞金でもない私のような存在も知っているなんて、手配書のコレクションでもしているのだろうか。

「お前、俺の船に乗れ」

「!!!?」

再び青い膜に包まれたと思った次の瞬間には、景色は一変して船の上にいた。


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