サンオレンジ

「オネーサン!」

そう呼ばれ振り返ると、私より幾分背の高い癖っ毛の男の子がいた。猫目の大きな瞳でこちらを見る彼は、ちょっと大人びた、だが悪戯な笑顔が印象的だった。どこかの学校の制服を身に纏っているが高校生…いや、もっと幼く見える。

「これ、落としたよ。」
差し出されたのは今朝鞄に入れたハンカチだった。
「オネーサンのでしょ?」
今度は犬のような可愛らしい笑顔で白い歯がこぼれる。どーぞ!と私の目の前に差し出されたハンカチは、かつての恋人がプレゼントしてくれた物だ。
なぜこんな時に思い出すのだろう…、と自分でも戸惑った。もう何年も前のことだ。あんなに好きだった人の顔を思い出そうにも今では朧気になる。でも記憶だけは案外残るものなのだな、と気持ちだけは妙に冷静だ。

「どうかした?」
そう声をかけられ我に返り、頭の上に浮かぶ思い出を振り払った。きょとんと私を覗き込む顔はヤンチャな印象だったが、思った以上に整っている。
ううん、なんでもないの、ありがとう。
そう言うと彼はまた微笑みハンカチを差し出した。だが、手は離さない。
「じゃ、お礼に俺とデートしてよ。オネーサン。」
黒い、大きな瞳はまっすぐこちらを見つめている。
目の前で微笑む少年は天使か小悪魔か。