刀さに創作部


過去(あと)にも未来(さき)にも


大きくなったら結婚して!

小さい頃に約束した口約束。
朧気な記憶のせいでお伽噺だったんじゃないかなんて笑い話に思える過去のこと。
誰とそんなことをしたのかなんてことも覚えていない。
所詮は過去のことだからいいのだ。どうせ、誰も覚えていないのだろうから。

ーーー

どこに出陣、何振りのどの刀での編成か。備品在庫の確認。本丸の結界にほころびがないかの確認。
家事は刀たちが手伝ってくれるけど、審神者の仕事の他にも自分のいた時代での仕事もしなければいけない。
正直な話、19の女のすることにしてはやることが多すぎる気がする。
周りは恋愛とかおしゃれとか仕事が大変とかカフェでお喋りしながら楽しんでいるのに、私はそんなことをしている暇はない。
自分に掛ける時間があったら新しい仕事を覚えて次の仕事に手を付ける。
清潔感さえ損なわなければいいの。どうせ恋愛なんてする気ないし。

「ねぇ、主。そろそろ主の誕生日じゃない?みんなでお祝いしたいんだけど誕生日の日って何か予定入れてる?」

初期刀であり刀たちの統率をよく執ってくれている加州が食事のときに聞いてきたこと。
誕生日なんて覚えてなかった。両親はそれぞれの本丸に籠もって管理しているから久しく会っていない。
それゆえにか誕生日だってまともに祝われてこなかったのだ。
刀たちが言ってくることでそういえば、なんて思い出すのがいつものことだし。

「今年も特に予定は入れてない……。けど最近残業が増えてきたから帰りは遅いかも」
「そっか。仕事忙しいのはわかるけどちゃんと自分のことも大事にしてよね」

目の下の隈酷いよ。と指差されてうわぁ、なんて声が漏れる。
最近仕事に仕事を重ねているのが祟って睡眠時間を確保出来ていない。
確保しても眠りが浅いせいでまともに眠れてなんかいない。

「もしかしてと思うけど休憩取ってないとか言わないよね?」
「……」
「ちょっと!本丸での仕事は俺たちも手伝えること多いんだから休憩はちゃんと取ることって言ったじゃん!はい、休憩!あとはこっちでやっとくから仮眠取ってくること!」

作業机の上に広げていた資料を手早く片付けられると追い払われてしまう。
止める暇すらなかった……。
寝ろって言われたけど目を閉じるだけでいいかな。なんて思いながらしょぼしょぼした目で廊下を歩いて行く。
疲れが溜まっていたのだろう。歩くたびに体が重い。
眠いなんて思ってなかったけど眠かったのかな。なんか視界がにぶ、く……。

「主?主!」

誰かが叫んでいるような気がしたけど、どこから叫んでいるのかなんてわからないほどに意識を遠く彼方へと連れて行かれた。


徐々に起きていく意識はここが夢なのか現実なのかの境目が曖昧だ。
ぼんやりと感じられるのは暗いということと目元が温かいということ。
そして誰かが頭を撫でてくれる久しい感触。

「目が覚めたか」

退かすからゆっくりと目を開け、との声に目の前が明るくなっていく。
どうやら目元に蒸したタオルでも置かれていたらしい。
クリアになっていく視界には怒っているような深刻そうな顔の三日月がいた。

「どうしてこうなるまで抱えていた」
「え、だって、出来るしやらなきゃって……」
「現に出来ていないだろう。ここは本丸で刀たちが多く所属している。ゆえに主の不調に気づくものも多かろう。だが、今までその不調を大丈夫だからと聞かずにいたのは誰だ」
「……」
「こうなるくらいなら強引にでも止めれば良かったな」
「そんな……。あっ!待って!今何時!?」

欄間から差し込んでいる明かりはオレンジ色の優しい色合いをしている。

「そろそろ夕餉が出来る頃合いだろうな。調理当番には既に主のものは軽めのものにするよう伝えてある」
「あ、ぁ……」
「主」

ぴしりとした圧が掛かる。
思わず布団の中にある体がまっすぐと伸びた。

「どうしてこうなるまで抱えていたと聞いた。なのに仕事の心配か?」

すべてを見透かすような三日月の視線は少し苦手だ。
悪いことをしていなくても何かしてしまったのではという気にさせる。

「ご、ごめ……」
「理解のない謝罪は求めていない。主。俺は主に己を大事にして欲しいと言っているのだ。皆心配している。その気持ちをどうか汲んでやってはくれないだろうか」

小首を傾げてどうだろうかと仕草で伝えてくる三日月にさっきまでの圧はない。
あるのは少し困ったように笑ういつもの三日月。

「心配……。そうだよね、主である私が倒れたら困るよね」

私だって上司が倒れたら体調管理がされているものだとばかり思っているから、滞った仕事をどうしたらいいか困るだろう。

「そうではない。主。お前は己のことをひとつの生き物であるという認識が離れている。皆、主が主だから心配しているのでなく、ひとりの人間のことを心配しているのだ。主がいた刀は主が壊れていくのを間近で見ているからな」
「あ……」
「仕事が忙しいのもわかるが人間としての心は不要なものではない。心があるからこそ出来る必要なこともある。これからはもう少し心にゆとりを持って過ごしてくれまいか」
「そ、だね……。確かにずっと仕事しか考えてこなかったからまだ難しいけど、これからやっていくよ……」
「それでいい。少しでもこのことが頭の片隅にあれば同じような無茶はしないだろう。起き上がれるか?支えてやろう」

背中に差し込まれる腕に支えて貰いながら体を起こす。

「まだ広間に行って食べるのは止した方がいいな。俺が持ってくるからここで待っていてくれ」
「え、行けるよ」
「主」
「う。ごめんなさい。お願いします……」

すぐに戻るから大人しくしているんだぞ?と笑いながら去って行く三日月からすれば子どもに見えるのだろう。

「実際まだ19だし子どもか……」

体を支えるものがないと辛いだろうからと枕を立てて枕の後ろに小さな枕を支えとして掛けられている。
よく思いつくな、と簡易背もたれに軽く背を掛けてぼんやりとする。
今日が休みでよかった。
なんて考える辺り、すぐには心にゆとりを持つなんて難しいだろう。
だが眠っている間に撫でてくれていたあの感触は好きだと思った。

「昔もよく撫でて貰ったな。お母さんが育ててくれていたのは小学に入るまでだったからその頃だろうけど」

そういえばお母さん以外にも撫でられていたような気がする。当時の実家でのことだったからきっと幼稚園の人とかでなく誰か家族……。お父さんはあまり顔を見せることがなかったけどお父さんだろうか。
なんてぼんやりと部屋を眺めていたらここが自室であることに気づいた。
きっとあの時叫んでいたのは三日月だったのだろう。私が執務室から出て廊下で倒れたところを丁度見ていたのか。
そのまま私の部屋まで連れてきてくれたのかと思うと申し訳ないやら有り難いやら。

「主。夕餉を持って来た。入るぞ」
「あ!どうぞ」

状況を整理していたら三日月が戻ってきたようだ。
って、両手で持ってたら障子開けられないんじゃ。開けねばと腰を浮かせようとしたら障子がスッと開いた。

「ん?開けてくれようとしたのか。ありがとうな、これくらいなら片手で持てるから問題無いぞ」

入ってくると片手で開けた障子をまた片手で閉めて布団の近くに料理を置いてくれた。

「体を冷やすといけないから体は布団のままでいい。確かこの辺りに上着もあったな」

失礼、と声をかけると衣類が入った襖を開ける。
中には下着の入った簡易箪笥とコートや部屋着の上に羽織るものなどがハンガーに掛かっている。
今は閉じられているが、もう片方には下に季節ものの入った箪笥と上に布団をしまう場所がある。
近侍はよくこの部屋に布団を敷きに来てくれたりするので場所は把握されているのだ。
そこから軽めだけど温かい羽織を持ってくると肩に掛けてくれた。

「ありがとう」
「うむ。ご飯はいつものより少し柔らかめにしてあるそうだ。主はお粥が苦手だからな」

その言葉にう。と言葉が少し閊える。

「だってべちゃべちゃしたものって苦手だし……。硬いものの方がいい」
「ならば体を慣らしていくしかないな。朝餉は基本消化に良い物が出されていたが、昼夜はまともに食べていなかったんじゃないか?」

うん?とにっこり笑う姿に顔が引きつる。
昼はゼリーで夜は簡易軽食で済ませてたなんて、言ってないけどバレてるんだろうなぁ、この様子だと。

「気をつけていきマス」
「よろしい」

その後も三日月にあれよあれよとお世話をされる形で一日を終えた。
それからしばらくはいろんな刀たちに心配されたり加州からもだからあんなに言ったのに!と怒られた。申し訳ないという気持ちが大きいが、それでも嬉しい、という気持ちも少し、ある。
そんなこんなで迎えられた誕生日はいつもと少し違った。
残業をしなかったのだ。元々残業は会社や上司に強制されていたものでなく、自分からやっていたのだ。終わったなら次を。先輩に早く追いつけるように勉強し、他の人の締め切り近くの仕事を手伝ったり。
今思えばやらなくていいことまでやっていた気がする。あれはオーバーワークというやつだ。

「あるじさま!おたんじょうびおめでとうございます!」
「ありがとう」

今日は会う刀会う刀に朝から祝われて夕餉は特別なものとなっている。
どうやらちょっとした催しもしてくれるらしい。
あぁ、嬉しいなぁ。そういえば嬉しいと感じるのも久しくなかった気がする。
こういったことが心にゆとりを持つということかな。なんて思っていると三日月が前から歩いてきた。

「主、誕生日おめでとう」
「ありがとう。いつも祝ってくれてたのにちゃんとした反応返せて無くてごめんね。思えば余裕が無かったんだなぁって実感してたんだ」
「そうだな。皆、主のことを盛大に祝いたいのに審神者就任の記念日のときも無表情におめでとうの一言だけで寂しがっていたぞ」

よよよ、と袖の裾で鳴き真似をしている三日月にごめんね、と自然と笑いが浮かぶ。
前だったらきっと、そう、と流していたことだろう。

「ところで主。約束は覚えているか?」
「ん?あぁ、自分を大事にするっていうこと?それならちゃんと……」
「昔の約束、だ」

唇に当てられた人差し指に気付けば三日月がかなり近い距離に来ていたことに驚いた。

「むか、し……?」
「約束しただろう?」

大きくなったら結婚して!

そんな忘れていたような昔の話を出して。
過去に約束した未来のこと。
でもあれは小さいころの話でまさか三日月と約束していたなんて。

「楽しみだなぁ、祝言はいつ挙げようか。紅を引いた主はとても綺麗だろうなぁ」
「ちょ!ちょっと待って!聞いてない!聞いてないから!いきなり昔の話なんて、というか約束してたならなんで教えてくれなかったの!」
「無論、主は覚えていると思っていたからな。まさか忘れていたとでも?」

すべてを見透かしたような微笑み。苦手だと思っていたその視線が今度は違う意味で絡め取ってくる。

「酷いなぁ。俺はずっと主だけを見てきたというのに。主はそうでなかったと」

哀しいなぁ、なんて泣いている振りは三日月の十八番で。
良い感じに弄ばれている気がしないでも無いが、私に大事なことを思い出させてくれたのは三日月なのだし、これもまぁ、いいか、なんて。思ってしまっている自分がいる。

「希望、出させてくれる?」
「勿論。2人で決めていこうな。子どもは何人がいいかな、大家族もいいなぁ」
「ちょっ!?そんなに子ども産むなんて嫌だからね!?」

これから先の未来も。きみと一緒ならきっと大丈夫だろうって。
そんな不確定のさきに自信が持てる気がした。

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