みらいのやくそく
「ねえ。思い出した事がある。聞いてくれる?」
遠くで誰かが呼んでいる。ぽきり。ぽきり。ぽきり。
でも、まだ。ぐちゃ。まだ。ぐちゃ。
「小さい頃…まだ現世にいた頃ね、大好きな絵本があったの。父がなんでもない日に買ってきてくれて、それも嬉しかったんだけどね。お話もドストライクで宝物だった。」
「……もう十もないかな。」
「ほんとにほんとに憧れていて、物語の中のお姫様みたいなキラキラふわふわのゴージャスなドレスを着て結婚するのが夢だったんだ。私はあんなお姫様になりたかったの。ふわふわしたスカートの裾にはヒラヒラしたフリルが付いていて、何かキラキラしたものがドレス全体に散りばめられて光っていてとても綺麗だった。」
「メインの端末、起動しない。…反応なし。」
「ちょうどその時に、親戚のお姉ちゃんが結婚式をしたのを見て、結婚するとお姫様になるんだ。王子様と一緒にいられるんだ。って思ったんだ。」
「携帯端末も最後の一つが途切れたままだ。これで全部沈黙した。」
「だから、お姫様になりたい私にもいつかきっと運命の王子様が現れてそして出会って結婚すると信じてた。親とか親戚とか友達とか、たくさんの人に見守られて、二人で「あいをちかう」んだ。…って、そう思ってたんだ。愛とか誓うとか分かんなかった癖に、そうするものだって思ってたんだよ。本に書いてあったから。ふふ。」
「主、もうそろそろだよ。」
「…あと二、三振もないか。あんたを入れて。まあ、結局、私を迎えに来たのは政府の役人で、哀れな私は徴兵されてこんな本丸に閉じ込められてあんたたちと戦うハメになったんだけどね。」
「それは僥倖だね。主。もうすぐだよ。」
「はっ、言ってくれるね。あ、最後も消えた。誰だろ。脇差かな。…まあ今でも諦めてないけどね。」
「…お姫様になる事かい。」
「そうよ。私は絶対に諦めない。例えいまみたいに一人と一振になってもね。」
「さあ、行くわよ。私の長義。」
審神者の言葉の後。大きな爆発音と破壊音が同時に響き、二人が身を潜めていた執務室の戸が崩れ落ちた。
結界も破られて、その破片がゆっくりとパラパラきらきらと落ちてゆく。
審神者は胸元に納めた札に左手を当てて、札から発せられる温もりを確認する。
右手には付喪神の宿らぬ守刀の初鍛刀が握られている。
「そのお姫様も、諦めないタイプだったんだ。不幸や苦難や困難に負けないの。必ず戦って勝ち取るお姫様だったんだ。……今の私と一緒。」
「ふっ……ああ、そうだね。君ほど負けず嫌いな人はいないものね。では、少しだけ未来にその夢を叶えようか。君にその、ぴんくのどれすを着せて差し上げよう。俺が君の運命の王子様でもなんでもなろうじゃないか。」
「あらまあ、光栄だわ。刀の王子様。」
「ああ、君を迎えに行こう。いいかい。付喪神との約束だ。必ず叶えるよ。」
「ふふふ。約束したわよ。私は諦めない女だよ。その『少しだけ未来』を楽しみに生きる。………と思う。」
「ああ、約束だ。また会おう。」
「長義。愛してる。」
「…愛してるよ。」
じわりじわりと迫り来る満身創痍の襲撃者、時間遡行軍の背後には、折れた刀が散らばっている。
優雅に緩やかに広がる朝焼けの空の光を神秘的なまでにキラキラと反射し、沈黙をし続ける。
ああ、絵画のようだ。
煌めきに目を細める審神者は、場違いにも目の前の情景を美しいと感じた。しかしこれを最後の景色として瞼に焼き付けるつもりは毛頭ない。
審神者と近侍であり恋刃の山姥切長義は、その瞳に電閃のような強く鋭い光を灯し、執務室を飛び出した。
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