円堂のみぞ知る(途中)





りりりりん。

りりりりん。

遠くから音が聞こえる。
すぐに頭がぼんやりと不明瞭になり、心地よさを覚えてしまえばあとは身を委ねるばかりだ。
毛布をかけてあげた女の人を、目が閉じる最後まで見てから暗闇へと意識を投げた。
そして次の瞬間、視界がぱっと明るくなり、とっくに見慣れた自室の天井が飛び込む。
鳴り響くのは目覚まし時計のアラーム。いつものように手を伸ばして停止させ、むくりと体を起こした。


これが俺の、一葉さんと出会ってからの一回目の朝だった。

不思議な夢だったなあ。
そんな感想を抱いた俺は、母ちゃんに夢の話をしようとしたが、長くなると思われたらしく早々に家を追い出されてしまった。
でもその後すぐに木野と会い、あのやけにリアルな夢について話すことにした。

俺の話す夢の出来事はやけに具体的だったと思う。
一人暮らしをする女の人の名前や部屋、外見、年齢まで決まっている夢というのは、人に話すには少し恥ずかしい物だったかもしれないとここで気が付いた。
でも恥ずかしさに顔を反らす前に、木野は微笑んだ。

「もしかしたら円堂くんは、みんなのことを誰かに自慢したかったのかもしれないね!」

木野は俺が思いつかないことを言ったり、さりげなく助けてくれる。
その瞬間を感じられる言葉だった。

「確かに!! 俺思うんだよ、染岡たちは普段練習しないけどさ、めちゃくちゃサッカーが好きなんだ! あいつらのボールを受け止めたから分かるんだ」

最近こそ練習をしようとしないが、以前は毎日のようにボールを追いかけていた。
勢いよく飛んでくるボールを両手で受け止めると、その情熱が伝わってくるのだ。
蹴りたい、打ちたい、勝ちたい、ずっとボールを追いかけたい。尽きることの無い火傷しそうなほどの熱血さ。
だから俺はみんなを信じられるんだ。

――夢という俺の空想だったからなのか、不思議とあの女の人には何でも話すことができた。
どうしてなんだろう。
けど初めて会ったときから話しやすかったので、それは相性というものかもしれない。
夢ならもう会えない。いい思い出として俺の中に大事にしておくんだ。

『これはわたしたちのどちらかの夢なんじゃないかな』
ふと、その一言を思い出す。
あの人の言葉だけど、この思いつきも、俺の想像だったのかもな。


それは想像じゃないとすぐに分かった。
再び天野さんの部屋に俺はいた。
しかし天野さんはいない。壁掛けの時計は夕方六時を指していて、太陽の差し込んでいない部屋は暗かった。

正直暗いし暇だ、けれど天野さんのいない時に勝手に触るのは気が引けてしまう。
……しばらく待っても帰ってこなかったので結果的に電気とテレビをつけたけど。

その後、帰ってきた天野さんとファミレスに行くことになった。
本当はサッカーの試合を一緒に見て、必殺技について話したかったけれど天野さんに怖い顔でファミレスに行こうと訴えられた。
そんなに腹が減っていたんだな。

「わー、似合う似合う!」
「長いなあ。天野さん、身長高いんだ」
「確かにいつもクラスで最後の方に並んでた」

いつも寝るときに着ている水色のスウェットでは怪しいからと、ジャージと靴までも貸してくれた。
この人は俺よりも背が高く、高校生の時のだというジャージは袖が余ってしまう。160センチ後半はあるかもしれない。
俺、高校生になった時にちゃんと伸びてるかな。
けれども靴は小さすぎない位だったので少し安心した。

そしてファミレスに着くなり注文を聞かれ、俺はお金を持っていないから断ったものの、美味しそうなパフェを見せられ負けてしまった。
これは彼女に飲み物を運んだくらいでは返せないだろうな。

天野さんはうんうんと話を聞き、質問を返してくれたりするので俺は際限なく話してしまう。
風丸みたいに昔なじみじゃないし、部員みたいに共通の話題があった訳じゃない。
天野さんの優しそうな笑顔とか時々興味津々な目をすることとか、そんな表情のおかげかもしれないと、二度目の対面で思った。

だんだんと時間が遅くなっていき、ふと考えた。
昨日と今日と、連続で来ているのだから、明日は?
そしたら俺はまたこの人の世話にならないといけない。

楽しそうにしてくれてたけど、流石に嫌がられてしまうんじゃないだろうか。
これがクラスの女子だったらすごい怒られそうだ。
あいつらが集まってこっそり話している時に近づいた奴が『男子はこないで!』って怒鳴られ、かなり落ち込んでいたのを思い出す。よく分からないんだよな、女子って。
そもそも俺はわざとじゃないけど、突然部屋に現れたりして、泥棒みたいなもんじゃないか?
柄にもなく不安でいっぱいになり、天野さんの後ろをうろうろしてしまった。

「うちにいなよ」

でも、一葉さんは笑って受け入れてくれた。
俺が言い辛くて黙っているのに読み取ってしまった。
いいのかな。
怪しくないのかな。

天野さんはまた優しい笑顔をした。
それを見たらかちこちに固まっていた何かが崩れていって、ほっとした気持ちがあふれた。

「ありがとう、天野さん!!」
「……それよりもさあ、ずーっと悩んでたんだ? まだまだ子どもなんだから早く忘れて楽しんじゃおうよ!」
「子どもってなんですか! 俺は天野さんに貰ってばかりだったから……!!」
「よそよそしいのもやめ! 敬語もやめ! 名前で呼んで、一葉だよ、ほら!」

俺、一葉さんの笑った顔を見ると、なんでも話してしまいそうだ。





また次の日に分かったのが、実はこの世界はパラレルワールドであり、更に俺がアニメの登場人物になっている世界だった。
『イナズマイレブン』っていうらしく正直めちゃくちゃ驚いたけど、世の中何が起こるかわからないんだなってかなり興奮した。
直前に見た映画に出てきたパラレルワールドが本当にあるなんて、最高に面白いじゃないか。

でもそうワクワクしていたのは俺だけだったみたいで、一葉さんはなんだか焦っているようだった。
理由が分からず会話しながらも頭の端っこで考えていて、ようやく一葉さんの漏らした言葉で分かった。
俺は未知の世界に興味津々だったけれど一葉さんは俺が落ち込むんじゃないかと思っていたらしい。

『お前はほんと前向きだよな、中々できないぜ』
そう風丸に言われたことがある。
褒められたような気がしたし、『見習わなきゃ』って言った風丸もそういうつもりだと思う。
でも――当たり前のように、一葉さんのような人もいるんだ。

今の俺達は昨日とすっかり逆で、俺の悩みを軽く吹き飛ばしてしまった一葉さんもこうなるんだという感想を持った。

「あれ、俺やサッカー部が出てくるアニメみたいだけど、一葉さん俺たちのこと知らないはずじゃなかったっけ?」

――朝ベッドの中で呟いたけど答えなんか帰ってくるわけが無かった。
まあいいや。
俺はそのままこの不思議を忘れることにした。





それからまた日が経って、俺がこちらに来る時間はバラバラだと分かったり、俺の力作を笑われたり、一葉さんのセンスのない絵に笑ったり、そして一葉さんが俺に合わせて起きててくれたから寝かせたりと、色々あった。

そして迎えた今日、一葉さんがサッカーボールを用意してくれた。
俺はもう踊りだしそうなぐらい嬉しかった。
起きている時にだってやっているけれど、時間があれば本当はいつだってサッカーがしたいんだ。

玄関から出る前に俺と一葉さんは向き合う。
俺はジャージで、一葉さんはティーシャツの上と上着、よく伸びそうなズボンだった。

「ジャージ」
「よし」
「靴!」
「よし!」
「サッカーボールッ!」
「よおーっし!」

合図をして揃っているかを確認する。
俺が身に着けているもののほとんどが、一葉さんが用意してくれたものだ。
運動靴が無くてはいけないと気付いたのがジャージを着てからで、焦っている俺に一葉さんは当たり前のように靴を貸してくれた。
俺は靴が無いと外に出られないので素直に受け取った。
いきいきとしているあの笑顔を見ると、自惚れかもしれないけれど、こうして受け取っていくことが良いんじゃないのかと思っている。

それにしてもジャージが長い。ボールを片方の脇に挟んでたくし上げた。
不満じゃないんだけど、ただ一葉さんより手足が短いのがはっきりとわかってしまい恥ずかしいのだ。
あ、これは不満か。

玄関を開けると夕日が沈んでいるところで、世界がオレンジ色になっていた。
『おお』と感動の声が誰かと重なる。
一葉さんに顔を向ければ目が合って、二人で笑った。
今日は午後三時にこちらに来たけど、一葉さんといろいろやっているうちにこんな時間になっていたようだ。

この前のファミレスとは違う方に進む一葉さんについていくと、灯りがたくさんある公園についた。
広々とした公園は遊具もあれば砂場もある。壁打ち用らしいコンクリートもあり、それは俺が両手を広げて五人分ほどありそうだ。
灯りが多いおかげで、日が沈んでも問題なさそうだ。

「お……おおお! 一葉さん、ここなら思いっきりできるよ!」
「私見てるからー」

軽く体を動かしてからボールから離れて向き合う。
正面には壁。助走をつけてから真っすぐ打ち込んだ。

「わっ」

ボールが壁に当たり強い弾けるような音が響く。
それに合わせて一葉さんの驚いた声が聞こえた。
跳ね返ってきたボールを小走りで追いかけて拾い、一葉さんに声をかけた。

「どうしたの?」
「あ、ごめんね。結構大きな音でびっくりしたというか……想像以上に力強い蹴りだったから、円堂くんも男の子なんだなーって感心してた」
「元々男だけど……?」
「わー何言ってんだろ、気にしないで続けて!」

一葉さんはたまによく分からないことを言うよな。
特に問題もないので流し、そこから俺はずっとボールを触っていた。
壁打ちはもちろん、リフティングやヘディング、足先でのボールコントロールのメニューをこなしている内に身体が温まってきた。
ボールを足先で操作していくのは楽しいけど、この練習はいつも部活でやっていることだ。やっぱり仲間が欲しいのが本音だなあと思い、こちらを見ているだろう一葉さんに顔を向けた。

「あ、お疲れー」
「おっ、わひゃあ」

思ったよりも近くにいた一葉さんは俺のもとへ歩いてくるなり両頬に何かを当てられた。
右が冷たくて左が熱い、一体なんだ!?
素早く距離を取ると、一葉さんは片手にペットボトルの水、もう片手にお茶を持っていた。お茶はホットなんだろう。

「な、なにするんだよー!」
「わひゃあって……! ついやりたくなっちゃった」
「だからってホットとアイス両方って! 初めてやられたよ!」
「まだまだ四月だし私は温かいのがいいなって。円堂くんは運動してるから水にしたんだけど……あ、もしかして円堂くんも寒かった?」
「そんなことないよ。ありがとう!」

すごい喉乾いたという訳じゃないけど、少し飲みたいので丁度良かった。
飲みながら俺は一葉さんに話しかける。

「ねえ、一葉さんもやろう」
「ええっ!?」

一葉さんはかなり驚いたようで肩を大げさに跳ねさせていた。
そんなに変だろうか、一緒にやってみたいのは普通だと思うんだけど。

「下手くそだし練習相手にならないよ」
「一緒にサッカーやりたいんだ、上手いとか下手とか関係ないよ」
「…………じゃあやってみよう、かな」





(未完成です。前サイト分まで載せます)


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