俺が調子に乗った日





前世は女。
今世は男。
きっと誰にも証明できないだろうけど真実でしかない、転生というものを俺は体験した。

若くして死んでしまい心残りはたくさんあった。
落ち込む中で気付いたのが俺の能力の高さだった。
幼いながらに顔よし、頭よし、運動能力よしという三拍子で何をするにしても周囲を驚かせていた。
そして俺自身も、普通の子どもではできないことを容易くこなしてみせるこの身体に楽しさを見出した。

来る日も勉強、運動、勉強、運動。
男の子の身体は運動におあつらえ向きで身体が軽く力強い。
子どもの柔らかい頭は抜群の吸収力をみせ特に勉強は楽しかった。
前世が女だったこと、それなりの年だったことで女の子から告白されても応えられないが悪い気はしない。

とどのつまり、俺は二週目の人生に、調子に乗っていたという訳だ。



――グラウンドに尻もちもつく。
足元を離れていったサッカーボールが転がり、俺を見下ろす一人の少年の足へ吸い付いた。
まるでそこに納まることが正しいというように。


「センスがないな、お前」


体育の時間にサッカーでミニゲームをやることになり、俺はフォワードに推薦された。
そして敵チームである鬼道有人を抜こうとして、しかしサッカーが相当上手いらしいこいつにあっさりと奪われた。

そして放たれた言葉に俺は息をするのを忘れた。
そうしているうちに試合は終了し、当然のごとく鬼道が司令塔の相手チームが勝った。

更衣室でのろのろと着替えていればいつのまにか一人だった。
一人だからこそ、黒い感情がどっとあふれてきた。

負けた。
中学生の子どもに。
この身体は様々な面に長けていて、俺はその活かし方を知っている。
精神は成人しており同じ肉体という条件をもってしても有利だった。
でも負けた。
センスがないと奴は言った。
俺にはセンスがないと。

身体と脳が優秀でも、そこに宿る魂次第だというのか?


「ロッカーがへこむぞ」


背後からかかった声に慌てて振り向けば、制服の鬼道が入り口にいた。
鬼道の視線は俺の手元にあり、見てみれば拳がロッカーを力強く押していた。
怒りに飲まれ叩いていたらしい。


「鬼道、もう教室に行ったんじゃないの?」

「戻ってきたのさ」

「ふーん、俺に何か用かな」


制服のボタンを閉じながら何ともないような声色で問いかけた。
わざわざ戻ってきてどういつつもりなのか。
笑いにでも来たのか。


「俺を押さえてトップの成績で入学し、新入生代表を務めたお前に興味があってな」

「そりゃどうも」

「まあ、蓋を開けてみればあのざまだったが」

「……鬼道って、あの鬼道財閥の嫡男だろ。英才教育を受けた天才に叶う訳ないって」


鬼道の眉がぴくりと動いた。
事実、奴は天才だともっぱらの噂だった。
俺だって天才だと言えるだろうが、どう足掻いたってかなわないやつはいる。
今日学んだのだ。

すべての準備が終わり、俺はここから早く去りたくて鬼道の横をすり抜けた。


「そうやって狭い世界で生きていくのか」


そうだ。
今まで天狗になっていたが、世界で偉業を残した人々はどこか凡人とは違う何かを持っていた。
そのひとつはセンスだ、ひらめきとも言える。
ただの平凡な女としか生きてこなかった経験では到底届かないものだ。
それなりの優越感。
それで満足するべきだ。

そして鬼道のような奴がどんどん進んでいくのだろう。


「それなりの努力で得られるトップに甘んじるという訳か。惨めだ」

「……鬼道くんにそこまで言われる筋合い無いよね?」


つい足を止めてしまった。
先ほどから鬼道の言葉は他人に対してあけすけすぎる。
やけにイライラする。
俺はいつもと違う心境であることを感じながら鬼道に反論する。


「自分の力量を計れないままでいいのか?」

「力量……? 分かってんだろ、今日のあのかっこ悪いのが俺なんだよ」

「分かってないのはお前だ」

「センスがないって言ったのはお前だろ、鬼道! いい加減にしてくれ!!」


もう付き合ってられないと俺は鬼道に背を向けた。
しかし何故かすぐに腕を掴み俺を振り向かせると、奴ははっきりと言った。


「天野、サッカー部に入れ」


鬼道の変なゴーグルを俺は密かに嫌悪していた。
必要性を感じない上、何を考えているのか読めないからだ。
笑っているのか怒っているのか、口だけで読めるほど鬼道は素直じゃない。


「その能力を使ってやる。俺は良い司令塔になるぞ」


だが真正面から見たゴーグルの向こう側には、強い決意があった。
これが鬼道有人。
ごくりと息を呑んだ。





「あっという間に数か月経ったなあ」

「そうだな」

「あの頃はほんと厳しかったよなお前」


月日が流れ、一回りほど大きく成長した俺達はグラウンドの選手を見つめながら話していた。

鬼道の迫力に飲まれた俺は、帝国学園サッカー部に途中入部した。
ハイレベルな練習についていくことはそう難しいことじゃなかった、しかし中学生とは言え一流ともいえる選手達に混ざることで俺にはセンスが無いということを実感した。
例えばボールの読み合い、相手を翻弄する作戦、窮地を切り抜けるひらめき。
知っているパターンでなければ対応できない、それが俺の弱みだった。


「そうやって鬼道が俺に色々仕込んだり指示してくれたりしたから、それなりの地位まで来れたんだけど」

「当然の結果だ」

「ヒューウ! さっすが鬼道有人!」

「やめろ! ばっ、天野!!」


視界の下にある頭をわしわしと撫でまわしてやればすぐさま肩を殴られた。
俺はすっかり鬼道を認めており、それどころか学ぶことが多いからといつもひっついている。
そのため点数を見せ合ったりしていて、勉強ではギリギリ勝っているものの、数点違いという僅差だ。
怖い奴だ。


「お前は今年のフットボールフロンティアでスタメン入りを果たしていない。来年に向けてやるべきことはたくさんあるぞ」

「へいへい」

「へいは一回だ」

「へいでいいのか」


ちょっと変なところがあって面白い。
考え方や話し方に落ち着きがあり、俺はとても話しやすかった。


「はやく公式試合で天野に指示を出したい。天野は本当に俺の指示を実現してみせる。誇れ、すごいことだ」


鬼道の好意的な言葉に口元が緩んだ。
俺は鬼道や周囲から言わせれば十分に強いらしい。キック力、キープ力、コントロールなどなど、五本指に入るほどに。
しかし総帥とか言われてる変な大人は、いわゆるセンスが無いことで俺をもっぱら選手の練習相手として使っている。
でも、俺もはやく鬼道とフィールドを走りたい。
そのために影山を唸らせるほどの、センスを超えるパターンを網羅してやる。


「鬼道、今日もよろしくな!」

「ああ、徹底的にしごいてやる!」


俺はこの鬼道についていきたい。
自分だけでは見られなかった世界を見せてくれる鬼道に。
――まあ、時々は大人として、鬼道に胸を貸すぐらいはしてやりたいな。



・・・・・・・



新入生代表挨拶は俺ではなかった。
帝国学園に合格後、何の依頼も来なかったことからそう察した。
同じく気付いた父さんにその日は「鬼道家の人間たるもの」といつもよりきつく言い聞かされてしまった。
あの帝国学園にトップで入学した人間は、一体。


「――新入生代表、天野一葉」


美少年という表現がよく似合う、整った造形。
周囲の女がひそかに湧いたのを、他の生徒と同じ座席に座りながら聞いた。
あの男、天野が読み上げていった挨拶文には型にはまっているものの時折独自で考えたであろう文章があり、その知性の高さがうかがえる。

俺と天野のクラスは別だった。
しかし噂はよく入ってくる。


「ねえ、ねえっ! 天野くんと話しちゃった! 移動で筆箱落としたら、一緒に拾ってくれて! 慌てたら危ないぞ、って……見た目が綺麗なのに男の子っぽい喋り方するんだなあって……!!」

「天野くんに階段で転びそうになったところを助けてもらったの! 後ろから片手で支えてくれて、肩は抱かれるし顔が近いしで悲鳴上げちゃった!」

「体育の50M走でクラス一位だって! あたしも隣のクラス行きたーい!」

「テスト順位張り出しされたって! ……一位は天野くん! 勉強教えてもらいたいなあ」


直接天野と対話したことは無く、クラスの女の体験談という頼りない情報から、天野という人間を直接見見たいと思った。
俺は鬼道家の人間として、トップにあらねばならない。
だから力量を見極めたかった。

その時は思ったよりも早くやってきた。
合同授業があり、サッカーのミニゲームで天野は敵チームだった。
すれ違いざまに観察すれば、全身にバランスよく筋肉がついており、運動全般に愛されていることが分かる。
天野はおそらく強い、本気を出さなければ負ける。
見るだけで伝わってくる身体能力に俺は拳を握りしめた。

俺はサッカー部で務めることが多いミッドフィルダーとなった。
相手チームではフォワードが俺と同じサッカー部一年、そして天野。
……経験者なのか?
天野がドリブルで駆けあがってくる。
その素早い動きに俺は最大まで警戒を高めた。
――来る!

…………。
……なんだ?
対峙した俺達はボールの奪い合いを始めたが、ひどい違和感があった。
天野が隙だらけなのだ。
それほどの身体能力を持ちながら、どうして。
俺の油断を誘っているのか?

頭の中で立てる作戦に天野が当てはまらず、俺はどうしようもなくなり特攻することにした。
誘いこまれているのであれば俺はこいつからそれを学び取りたい。
そう思った。

しかし、ボールは簡単に天野が尻もちをついたことで離れ、俺のもとへ転がってきた。
驚きながらも天野の顔を見ると唖然としている。
何が起きたか分からないという顔だ。


「センスがないな、お前」


分かってしまった。
天野は、俺の油断を誘ったんじゃない。
あれほどの身体能力を持ちながら扱い方を知らなかったのだ。
本人が自信を持っていたことは表情からよくうかがえた。

――持ち腐れだ!!
その時俺の中に強い感情が生まれた。
あの肉体はきっとどんな無茶な要求にだって応え、結果を見せるだろう。
だが天野はそれに気づくこともない。
圧倒的にセンスが無さ過ぎた。

サッカー部の三年にだって凌駕するだろうその力を、何故お前が持ってしまった!


「……俺は、司令塔になる。俺なら天野という最強の駒を、動かせる」


中途半端に腐らせていくなんて俺は絶対に許さない。
そして天野に仕掛けることを決めたのだった。




2017.10.15


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