体力バケモンな俺






えっほえっほ。
そんな声を出しながら走っていれば俺の前の一年に疎まれるような目をされた。
三年が引退したからってちょっと気が大きくなってないか?
まあ、仕方ない。
先ほど先輩があんなことを言えば、俺以外の人間は嫌がるに決まっている。


「時間内に天野より三周遅れたやつは筋トレワンセット追加な」


ランニングが始まる前に先輩からいただいたありがたいお言葉に部員から悲鳴が上がった。


「はあああ!?」

「天野って体力バケモンじゃねーか!!」

「あいつスピード全く落とさねえから怖いんだよお!!」


まず初めに部員が走り、俺があとから一定のスピードで走り続けるという簡単な練習だ。
このサッカー部に入部して鬼道に散々しごかれていく内に俺はどんどん体力をつけていき、やがてバケモンと称されるまでになった。
だからこそ先ほどのような練習方法が生まれた。
なお、俺は部員がランニング終了後も鬼道に指定された時間まで走らなければならないので辛いのは一緒だ。

やがて最後の一人がランニングを終えた。
俺に三周遅れないようにと最後はかなり粘っており、周囲の先輩によくやったと褒められ嬉しそうだ。
うん、鬼道の読み通り。
練習法の発案は先輩だが時間と速度設定は鬼道が決めていた。
この速度ならば、ぎりぎり耐えられるはずだと鬼道に指定されたが本当にやってのけてしまうあたり天才だと思う。

天才だなんて。
始めは鬼道に噛みついてばかりだった俺も、今では随分と丸くなったものだ。

どんどん荒くなっていく呼吸、苦しくなっていく心臓。
限界が垣間見えたところで終了時間が訪れグラウンドに膝をついた。


「く、クールダウン、しなきゃ……ぜえ……ほんっときっついなコレ……!」

「天野、こっちまで歩いてこい」


一度膝をついてしまって震える足に力を込めようとすると少し離れたところで鬼道に呼ばれた。
鬼道は俺のドリンクを持っており、到着する頃にはクールダウンがすんでいるだろう。
餌を片手に呼ばれる犬みたいだ。
馬鹿げたことを想像しながらも俺は素直に歩き出すのだった。




蛇口から出てくる水に頭を突っ込むと蒸し切った脳内が急速に冷えていくのを感じる。
顔をざぶざぶと洗って、そのたまらない感覚にくうう、と声を上げ、最後に頭を振って水気を飛ばす。


「男の子ってなんの恥ずかしさも無くこれができるからいいな」


女の子だってできなくはない。
でもやりやすさで言えば圧倒的に男!
俺はその恩恵を力いっぱい味わいたいのだ。

爽快感に包まれながら更衣室の扉を開けると中の視線が一斉に俺を捕らえた。
重苦しい異様な雰囲気に怖気づき足を止める。


「な、なんですかこの空気」

「天野!!」

「はい!?」


先輩が距離をつめてきた。
ぐっと両手を握られ逃げられない。


「キ、キスのタイミングを教えてくれ!!」

「…………先輩、俺のこと好きだったんですか!」

「違う!! ……今度彼女とデートするときに手を繋ぎたいんだが、その、そのままキスまでしてしまっていいものかと……」


そう語ったかと思えば先輩はそのまま体をしゅんと小さくしてしまった。
つまり恋の悩みか。
そうだなあ、こいつらも中学生。
恋愛したいよなあ。


「他の奴らも顔真っ赤にするだけで分からなくてよお、天野なら知ってるだろ!?」

「えっ、俺彼女とかいたことないから正直分かんないですよ」


帝国サッカー部って恋愛禁止だし。
そもそも元女で成人してるから中学生女子は対象じゃない。
否定してみると更衣室全体から「えっ!?」と声が響いた。


「う……嘘だ! 天野だぞ! 10人ぐらいいるに決まってる!」

「半年前までランドセル背負ってた奴に何言ってるんですか」

「告白は!?」

「それは否定しないけど」

「誰とも付き合わなかったのかよ!!」

「そういう目じゃ見れなかったんだよ」


わあわあと詰め寄る男どもの暑苦しさといったら、ない。
そのうち誰かが同じ一年の佐久間を引っ張り、俺の方へと突き飛ばした。
慌てて手を伸ばし、倒れ込む佐久間を両手で抱えた。


「うおっと、大丈夫か佐久間」

「ぎゃあ! 顔近づけんな馬鹿野郎!!」


覗き込んだら思ったより顔が近くなってしまった。
暴れだした佐久間は、赤いんだか青いんだか分からない表情で俺から距離を取る。
あ、源田が慰めてる。
寂しい。


「男だって優しく抱きしめちゃうお前が! 未経験だと!?」

「部活仲間が飛んで来たら受け止めますよね!? 何ですかこの状況!!」


この性欲に振り回されている馬鹿どもめ!!
いくら十代前半の小さな子どもだからと言って、ここまでくれば可愛いとは思えない。

成人していたとはいえ経験が豊富な訳じゃない。
正解なんて分からないし、でもこのまま投げっぱなしだと先輩暴走して相手の女の子を怖がらせるかもしれない。


「タイミングなんて女の子によって違うから正解なんてないですよ。だからその子のことを理解しようと考え続けて、仲を深めていったら、きっと先輩だけがその答えを見つけられます。……と思います! じゃっ俺はこれで!!」


言いたいことだけ言って着替えもせず、鞄を引っ掴んで外へ出た。
刑務所みたいな廊下に出れば、すぐに背後から「ウオオオ」と雄たけびが聞こえる。
青少年、いや性少年よ、取りあえず頑張れ。

それにしても恋愛か。
この身体になってから一度も考えたことが無かった。
確かに告白はされていたが、当然のように対象外で、それ以上にこの身体が面白かったから興味なんて無かった。
だが、俺はこの世界で、将来誰かと一緒になるのだろうか。
それは男なのか、女なのか。


「……そもそも、男と女、どっちが好きなんだ?」


この記憶の始まりは女だ。
だけどこの身体は男で、多数派で言えば生殖機能は女を求めるだろう。
生まれてこの方その類の欲求を得たことが無いからさっぱり分からなかった。


「よお、天野。まだ着替えてないのか」

「鬼道」


気付けば近くに鬼道がいた。
なんだか肩の力がふっと抜ける。
漠然と不安だ、前が見えないもやもやが今、心にある。


「鬼道、俺一生童貞かもしれない……」

「はっ!!?」


俺の生殖機能はちゃんと働いているのか。
ちょっと怖くなった。




2017.10.15

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