円堂が彼女を見つめすぎる話





 休日のファミリーレストランは老若男女問わず、人で賑わっている。
 二人用の席に座った名字は昼ご飯に選んだパスタにフォークを入れ、くるくると絡ませてから口に運ぶ。しかしその手は不自然に震えており、それによってパスタはするりと落ちていった。
 またやってしまった。気を取り直して今度はフルーツジュースの入ったコップを手にして口に着ける。その時ふと前を見てしまったのが失敗だった。
 相席の円堂の丸い目が名字の目とかち合う。予想はしていたが驚いてしまい、拍子にジュースが勢いよく流れ込みむせてしまった。

「げほっ!」
「うおっ!? 大丈夫か!」

 意地と根性で吐き出さなかったが咳き込んで背を丸めた。その様子を見た円堂が慌てて声をかけるが、何をしていいか分からず手を右往左往させる。
 幾分かして呼吸が整った名字は涙の滲む情けない顔で円堂をじっと見つめる。
 ほら、会話という目的があれば目が見れるのに。ままならない感情を恨みながらようやく口を開いた。

「円堂くん、私のこと見つめるの、やめて……」

 いっそ泣き出しそうな声色に、円堂は困った顔になった。


 名字と円堂はいわゆる恋人関係にあった。友人としての付き合いは中学生の時からあったが、円堂が色恋に鈍感であったことや、名字に極度に恥ずかしがりやな面があったためこの関係に至ったのは高校進学後。
 恥ずかしいが、望んだ関係になれたことで名字はとても浮かれていた。大好きな円堂くんと一緒にいる。それだけで幸せだった。文句などとんでもない。
 しかしつい最近、名字は非常に困っていた。
 円堂がじっと見つめてくるのだ。会話中に相手の目を見るとこは当然だろう、名字も恥ずかしがりやとはいえ付き合いの長い円堂であれば大分慣れたものだ。頬の赤みは隠せないがそれは問題ではない。
 例えば、食事。携帯電話の確認。ふとしたあくび。会話が途切れ、遠くのものに意識を奪われている時。名字が円堂を見ていないその時、円堂は名字をしっかりと見ているのだ。
 それの何が困るのか。
 前述のとおり、名字は元来恥ずかしがりやな質である。付き合いの長い円堂に慣れはしたが、意識の飛んでいる瞬間も見つめられていると知ればその質を遺憾なく発揮してしまう。慣れているのに緊張するというアンバランスな気持ちに名字は振り回されていた。
 結果、手が震えて物は落とす、飲み物が気管に入ると散々な失敗をする。その内物を壊したりなんてしたら最悪だと思い円堂に直談判することにしたのだ。

「えっ、なんで」

 名字の懇願に円堂は疑問の声を上げる。

「恥ずかしいからやめてほしいの」
「でも俺、名字を見てたいんだけど……」
「うっ直球すぎる……! じゃなくて、恥ずかしくて緊張しちゃうんだって。ほら見て、手がぶるぶるしてる」

 証拠だとばかりに名字が両の手を円堂へ差し出すと、彼女が言う通り小刻みに震えていた。
 円堂は「ほんとだ」と興味深そうに見てから、前触れもなく両手で彼女の手を握った。名字は円堂のかさつきのある手のひらとその温かさに驚くが、思いのほか強く握られていて手を引くことができない。

「……ほ、ほら、こんな状態だとまたパスタ落としちゃうし、飲んだ時もむせちゃうし。覚えてる? この間なんて、帰ってる途中で転んじゃったでしょ、あれも緊張して足がもつれちゃったからなんだよ……」
「うーん、そっかあ」
「だからあんまり見つめないでほしいの」
「うーーーーん」

 円堂が手を握ったまま首をかしげて大きく唸っている。
 どうやら円堂にはあまり理解してもらえていないようだった。それはそうだろうと名字も納得だ、もうすっかり円堂には慣れていると思っていたのに。

「よし、分かった」

 やがて円堂が大きく頷いた。先ほどの様子からもしかしたら受け入れてもらえないかもしれないと不安だったが、どうやら杞憂のようだ。ほっと胸を撫でおろした名字だったが、円堂は斜め上の反応を返してきた。

「俺が名字に食べさせてやればいいんだな!」
「違う!!」
「大丈夫だって、飲み物もちゃんとやるから。転ばないように手も繋ぐし」
「何一つ大丈夫じゃないよ! もう介護だよそれ!」

 高校生にして彼氏に介護されるなど、冗談じゃない。名字は力を込めて円堂の手を振り払った。

「だってさ、名字が俺と話してる時の顔と、話してない時の顔が違うんだよ」
「え、そんなに違う?」
「うん。俺と話してる時は顔赤くて、すごい力入ってる感じ。それでどっか違うところ見てる時は、こう、落ち着いてて、きれいでかっこいいんだ。慌ててるところもかわいいんだけど、かっこいい名字も好きなんだよな。まあ、すぐどっかにぶつかったりしてて名字らしいって思うんだけど。あ、この間でかい口であくびしてたのも」
「やめて! もうやめて! しんじゃう!」

 まだまだ続きそうな円堂の言葉を無理矢理遮った名字の顔はかわいそうになるほど赤かった。まだ喋り足りないとばかりに円堂は不満そうな表情をしている。
 肩で息をしている名字は喉が渇いたとコップを手にしてジュースを飲む。名字はなるべく円堂から視線を逸らすが、視界の端に若干映っている円堂は間違いなく名字を見ていた。
 見られていることを認識した途端、自分が円堂の目にどう映っているのかを強く意識してしまう。喉が動いてないか、変な顔をしていないか、こぼれたりしていないか。必要以上に緊張した結果、むせてしまうのだ。
 幸運なことに今は切り抜けられたがやはり苦しさがあった。コップをテーブルに音を立てて置くと円堂に訴えた。

「んぐ……っほら見てる! それで私が要介護者になっちゃうの!」
「わ、わるい……そんなに嫌だったのか……」

 流石にばつが悪かったのか、それとも名字の気迫に押されたのか、円堂は背を丸めて謝った。
 突然勢いを無くした円堂に少し胸が痛む。円堂は決して悪い意味で見ていたのではなく、むしろ好きだからこそ見ていたのだと名字も分かっている。気持ちはとてもありがたく、幸せに思えるものだ。
 しかし緊張のあまり失敗する姿をさらけ出してしまうことも恥ずかしくて仕方ないことだった。
 強く言いすぎてしまった、と名字は良心が痛むのを自覚しながら、眉尻を下げた円堂に声をかける。

「ごめんね、円堂くん。もしかしたらお店で商品を落として壊しちゃうかもしれないし、転んだ時に円堂くんを巻き込んじゃうかもしれないし、やっぱり危ないと思うんだ」
「うん……」
「私が緊張しなければいいけど、すぐには直せそうにないから、協力してほしいの。……円堂くんの気持ちはすごくうれしい。私も円堂くんが、好きだから」

 名字の振り絞るような言葉に円堂は沈黙する。
 やがて下がっていた眉尻がいつものように上がり、歯を見せて笑った。

「じゃあこれからは、なるべくこっちを見るようにする!」

 円堂が携帯電話を持ち上げて見せた。何も映っていない画面がボタンを押したことで明るくなる。そこに映っていたのは、口を目いっぱい開けてあくびをする名字の姿だった。

「えっ」
「これよく撮れてるだろー。眠そうにしてて、暖房めっちゃ温かかったからもしかしてと思ったら、偶然撮れた。お気に入りなんだぜ」
「そ、そういう問題じゃないからあ!!」

 今日一番の叫びが大きく響いた。
 名字が慣れることしか道はないのかもしれない。そんな予感に少し泣きそうだった。






20181230作成
20181231公開
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