"名前"


「花咲さーん、新人連れてきやした」

「あら沖田さん!まあ!可愛い子じゃないの!」

調理場へ案内されると、ちょうど昼食の仕込みの途中だったらしく、バタバタしている女の人が見えた。そして沖田さんに呼ばれこちらを向いた50代前半くらいの花咲さんと呼ばれる女性は笑顔でこちらに向かってきた。

「話は聞いていたわ!ほんと助かるわみょうじさん。あ、なまえちゃんだったわよね?下の名前でも良いかしら?」

「はい!むしろ下の名前の方が嬉しいです!」

「良かったわあ」

ニコニコ笑顔にのほほんとした花咲さん、苗字にも納得する。花咲さんに話を聞くと、今日はまだ荷物も移動しないといけないだろうからと言うことで、お仕事は明日からで良いとなった。申し訳ない気持ちと有難い気持ちが入り混じりながらお礼を言い頭を下げて厨房から出る。

「花咲さんも甘い人ですねィ」

「…沖田さんも少しは見習ったら良いんじゃないですか?」

「うるせー早く家に行きやすよ」

ポケットから鍵を取り出し、グルグルと回す。飛んでいかないかなーそしてそれ追いかけて庭に落ちないかなーとか思ってしまったのは内緒である。玄関で靴を履き沖田さんに付いていくと駐車場に着いた。

「荷物取り。あ、ザキも呼んだんでこき使って下せェ」

「え?ザキ?」

「後から来る予定なんで」

だから早く乗れと顎で指す。ザキが一体誰なのか不明だがきっとパシリにされている可哀想な人なんだろうと思いパトカーに乗る。もう道順を覚えているらしく、何も聞かれずに私の家に着いた。沖田さんは後ろのトランクを開けると、段ボールを数枚取り出した。

「これに詰めてくんなせえ。荷物運びはザキがしまさァ」

「沖田さんはどうするんです?」

「俺ァ車ん中で昼寝でもしときやす」

だいぶ沖田さんという人物が分かってきました。

「じゃあ、行ってきますね」と言い、部屋へ向かう。鍵を開けて中に入ると朝と一緒の状況。家具は売れば少しはお金になるはず。引き出しを開けてここ数年で買った服たちを詰める。いま考えてみると、普段は団子屋の着物だから、私服の少なさにびっくりする。引き出しを終え、引き戸の中のものを入れる。すると奥に懐かしいものが現れた。小豆色の番傘に、黒いチャイナ服にマント。そして白のチャイナ服。地球に来た時に着ていた服と脱出ポットに乗ってた予備の服だ。ちなみに男用だったので縫い直した。一応、ダンボールの中にチャイナは入れた。問題は番傘だ。仕込み傘じゃない為、傘だと言うことにすればいいが、夜兎特有の傘だからどうしたものか。あ、風呂敷で巻けばいいのかな?よし、巻こう。お札も作って貼っておこう、これなら誰も近付かないだろう。札の形だけ丁寧に切り取り、筆で適当にそれっぽいものを書き糊で貼った。するとタイミング良く、玄関のドアが開いた。

「こんにちはー!」

「あ…もしかしてザキさん?」

「あ、ははザキはなんというか、あだ名?山崎退って言います。よろしくね、みょうじさん!」

「すみません、よろしくお願いします!」

ジミだなっと思ったのは内緒である。山崎さんは私が詰めたダンボールをせっせと運んでくれた。おかげさまですぐに荷物は移動できた。

「ありがとうございました!おかげさまですぐに終わりました!」

「いえいえ!でも凄く少なかったね、荷物」

「ああ、服はあまり買わなかったので少ないんです。」

「そっかあ〜、あ!買い物ならいつでも付き合うから言ってくれて構わないからね!」

「ふふ、ありがとうございます」

地味だけど優しい人だな、と同時に苦労してるんだろうなこの人と思った。階段を降りていき沖田さんが乗っているパトカーへ向かうと、変なアイマスクをした沖田さんがいた。山崎さんは先に戻っとくね!と言って乗ってきたパトカーで帰っていった。助手席のドアを開けて乗っても、起きる気配はない。肩を揺らしながら名前を呼んでも起きない。ハァとため息を漏らしながら、私はアイマスクに手を伸ばした。

「っ!」

アイマスクを上にずらした瞬間掴まれた右手首、そして二つの大きな目とぶつかる。

「なんでィあんたか」

「誰だと?」

「メス豚。あ、メス豚には変わりやせんね」

フッと笑いながらアイマスクを取り、エンジンをかけるとパトカーは走り出した。ムッとしたが、ここ数時間で沖田さんの性格は分かったのですぐに気持ちを落ち着かせることができた。無言のまま屯所に着くと、荷物を運んでいる山崎さんが視界にはいった。はやく手伝わないとと思い、沖田さんにお礼を言い、シートベルトを外す。ドアに手をかけようとした時に、左腕を沖田さんに掴まれた。

「どうしたんです?」

「…いや、なんでもねェ」

「?」

「じゃあ明日から仕事がんばりなせェ、なまえさん」

「はい!ありがとうございます!ではまた後で!」

ふふっと笑いながらドアを開けて山崎さんの元へ向かう。頑張れというために腕を掴まれたのかなと思うとニヤけてしまう。沖田さんの可愛い一面が見れた気がした。勘違いかもしれないけれど、そう思った方が嬉しいからそういうことにしとこう。

「あれ?そういえば沖田さん、"なまえさん"って言った?」

気付いて後ろを向くとまだ沖田さんはパトカーに乗っていて、目があった。すると真顔のまま口が動き出した。

" あ ほ "

それに対して私は今日一番の笑顔をお見舞いしてやりました。