
03.組分けの儀式
樫の木の扉が開くとそこに立っていたのはエメラルド色のローブを着た背の高い魔女だった。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
一年生はマクゴナガル先生と呼ばれたその厳しそうな魔女の後に続いて玄関ホールを横切り、玄関ホールの脇にある小さな部屋に入った。ぎゅうぎゅうとすし詰めにされ、レイラは初めて味わう窮屈な苦しさに思わず顔を顰めた。
「ホグワーツ入学おめでとう」
マクゴナガルがこれから組分けの儀式が行われること、寮についての説明や注意をしている間レイラはこっそり壁にもたれ掛かって休んでいた。
それぞれの寮の特色や寮杯のこと、それから組分けの方法についてもルシウスから何百回と聞いている。いまさらわざわざ聞くまでもない。それよりも今は早く座って休みたかった。
「まもなく組分けの儀式が始まります。さあ、一列になってついてきてください」
マクゴナガルの言葉に従って一年生は一列になって小部屋を出ていく。レイラははぐれてしまわないようにしっかりとドラコのローブを握りしめた。
足を踏み入れた大広間は夢のように素晴らしい所だった。天井には本物の夜空が映し出され、空中には何千という蝋燭が浮かんで四つの長テーブルに並ぶ金色の皿やゴブレットを照らし出している。
上座に置かれたもう一つの長テーブルには先生達が座っていて、四つの長テーブルに座っている上級生達と同じように興味津々といった表情で一年生を見ている。
その中にセブルスの姿を見付けてレイラはぱぁっと笑顔になった。セブルスは興味なさそうな顔で新入生の列に目をやっていたが、満面の笑みのレイラと目が合うと僅かに頭を動かして見せた。
一年生の前に四本足のスツールが置かれ、その上にボロボロで汚ならしいとんがり帽子が乗せられた。
まさかあれが組分け帽子?あの帽子を被れというのだろうか。もう何年何十年、下手したら何百年も洗われていないようなボロボロ帽子だ。レイラが小さく呻いていると帽子がぴくぴくと動いて歌い出した。
私は綺麗じゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
私はホグワーツの組分け帽子
君の頭に隠れたものを
組分け帽子はお見通し
被れば君に教えよう
君が行くべき寮の名を
帽子はグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンについて高らかに歌い上げるとぴょこりとお辞儀のような仕草をして沈黙した。生徒や先生、大広間にいた全員が拍手を送り、再び静けさが戻ってくるとマクゴナガルが長い羊皮紙を持って皆の前に進み出た。
「名前を呼ばれた生徒は前に出てきなさい。帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください──アボット、ハンナ!」
名前を呼ばれた金髪のおさげの少女がパタパタと慌ただしく前に出ていき、椅子に座り帽子を被る。
一瞬の沈黙があり、そして…
「ハッフルパフ!」
帽子が叫ぶとハッフルパフのテーブルから歓声と拍手が上がった。その後も次々と名前が呼ばれ組分けが進んでいく。
コンパートメントが一緒だったクラッブ、ゴイルはスリザリンに組分けされた。
「グレンジャー、ハーマイオニー!」
ハーマイオニーは頬をピンク色に染めて椅子に駆け寄り、待ちきれないというようにぐいっと帽子をかぶった。
「グリフィンドール!」
帽子が叫んだ言葉を聞いてレイラは途端に悲しくなった。寮が離れてしまっただけじゃなく、よりによってグリフィンドールだなんて……さっきの双子といいハーマイオニーといい、どうして友達になれそうと思った子は皆グリフィンドールになってしまうのだろう。
しょんぼりしているレイラをおいて組分けは順調に進んでいく。ハーマイオニーと一緒にヒキガエルを探していたネビルもグリフィンドールになってしまった。
「マルフォイ、ドラコ!」
ついにドラコの名前が呼ばれた。
ドラコは緊張した様子で僅かに頬を赤らめていたが、堂々とした足取りで前に出ていく。そしてドラコが椅子に座り帽子を被ろうとすると、その頭に触れるか触れないかというところで帽子は「スリザリン!」と叫んだ。レイラは今までの中で最大の拍手を贈った。
「マルフォイ、レイラ!」
スリザリンのテーブルへ向かうドラコはレイラと目が合うと「待ってる」と口を動かす。それに笑顔で答えてにこにこ笑顔で椅子に座った。ドラコと同じようにすぐに帽子が「スリザリン!」と叫ぶと思っていたのだが、マクゴナガルがレイラの頭上に帽子を持ってきても何も言わない。
いよいよ帽子が頭を被い、帽子の内側しか見えなくなった。
(うぅ……)
「そんな顔をしなくても私は見た目は綺麗じゃないがちゃんと清潔だ。臭くないだろう?」
レイラが思いっきり顔をしかめると頭の中に低い声が響いてきた。若干疑いながらも帽子の言葉を信じて止めていた息を吐き出すと、たしかに臭くはない。むしろ本がいっぱい並んだ部屋のような落ち着く匂いがする。
「君は……おやまぁ、こりゃまたおもしろい子が来たものだ……ふーむ、どうしたものか──しかし、…うぅむ……」
帽子はなにやらぶつぶつと一人問答を繰り広げていて、いつになっても「スリザリン!」と叫びだしそうにない。
ドラコと同じようにすぐにスリザリンに組分けされると思っていたのに、ここまで悩まれることになるとは思っていなかった。そんなに悩むほど自分はスリザリンとしての資質に欠けているんだろうか?
「いやいや、君はここにいる誰よりもスリザリンが求めた物を持っておる」
(じゃあどうしてそんなに悩んでいるの?)
「いいかね、大事なのは君が何を持っているかではない。それに……うぅむ、しかし…」
レイラは帽子の言葉の意味がわからず首を傾げた。
いつまでも決まらない組分けに広間が少しざわざわと騒がしくなってきているのに気付いて、不安で心細くて泣きそうになる。あいかわらず帽子は一人で「約束が」とか「ダンブルドアが」とかぶつぶつ呟いている。
「いや、けれど……う〜む、ならば賭けてみるとするか──グリフィンドール!」
帽子が広間に向かって叫ぶ声が聞こえた。
全身に氷水を浴びせかけられたような不快な衝撃に、レイラはヒュッと息を呑んだ。
……いま、この帽子は、なんて言った?
「ミス・マルフォイ、さあ帽子を脱いで。グリフィンドールのテーブルはこっちですよ」
「マルフォイ家の人間がグリフィンドール?」
「帽子の間違いじゃないの?」
「スリザリンじゃなくて?グリフィンドール?」
「マルフォイってあのマルフォイ家だよな?」
ざわざわと騒ぐ生徒達の声を無視してマクゴナガルは固まったままのレイラの手を引き、グリフィンドールのテーブルへ向かった。
何が起こったのかわからない。
呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、息が苦しい。
まるでぐにゃぐにゃの地面を歩いているような不快感の中、引き摺られるようにしてグリフィンドールのテーブルに着いた。
「ポッター、ハリー!」
広間中がざわめき立ち、皆が首を伸ばしてハリー・ポッターを見ようとしていた。けれどレイラには他人の組分けを気にしている余裕なんかなかった。
ドラコはスリザリンに組分けされた。
しかし、レイラはスリザリンではなかった。
グリフィンドールだ。スリザリンじゃない。
どうして。
スリザリンに入れなかった。
お父様もお母様も、お爺様もセブルスもルースも、ドラコも。
大好きな皆はスリザリンなのに。私は違う。
入れなかった。
ハリーがグリフィンドールに組分けされ、グリフィンドールのテーブルから爆発するような歓声が上がった。ほどなくして全員の組分けが終了し、アルバス・ダンブルドアが立ち上がりニコニコと笑いながら腕を大きく広げる。
「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!それでは二言、三言失礼して…そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこいしょい!以上!」
先生も生徒も皆が拍手と歓声を上げた。
それと同時にテーブルに並んでいた大皿に食べ物が現れ、歓迎会がスタートした。空っぽだった金の皿に溢れんばかりの食べ物が現れ、生徒達は一斉にお喋りと食事に取りかかった。
けれどレイラは固まったまま虚空を見つめたまま動けずにいた。幼い頃から何度も二人でスリザリンに入る話をしていた。ずっとずっと楽しみにしていたのに。スリザリンに入れなかった。
マルフォイ家の人間失格だ。
どうしよう。きっとドラコは幻滅してる。
お父様もお母様も私がスリザリンに入れなかったと聞いたら──縁を切られたらどうしよう。
惨めな何人かの恥晒しのように、家系図から名前を消されてしまったら…。
お前なんか家族じゃないと言われたら。
そんなこと言われるくらいなら、死んだ方がマシだ。
「レイラ?大丈夫?」
固まったままのレイラを不審に思ったのか、隣に座っていたハーマイオニーが心配そうに肩を揺すった。
口を開いたら泣いてしまいそうで、何も答えられない。
「レイラ?聞こえてる?」
「我らがグリフィンドールへようこそ、愉快なお嬢さん」
「まさか君がマルフォイ家の人間だとは思わなかったなぁ。驚いたよ」
レイラの沈んだ気持ちとは正反対の明るい声がかけられるが、顔を上げる気力がない。心配そうにレイラを見るハーマイオニーに「ここは先輩に任せなさい」とウィンクして双子は少女を挟むように両隣に腰を下ろした。
「我々としては君がグリフィンドールに組分けされたのは喜ばしいことだけど」
「どうやら君は違うみたいだな?」
ぽろりとレイラの瞳から涙が溢れた。レイラの向かいに座っていた赤毛と黒髪の二人組の男の子がギョッとするが、双子はさほど気にした様子もなくレイラの背中を撫でさすった。
「うんうん、悲しい時は泣くのが一番さ」
「その重た〜い胸のもやもや、全部吐き出したらきっとすっきりするぞ」
背中に触れる二つの手はひどく温かい。レイラはぐすぐすと鼻をすすりながら口を開いた。
「私、スリザリンに入ると思ってたの。お父様もお母様も、みんなスリザリンなのよ」
「なるほど、家族が同じ寮だとそこに入りたくなるよな」
「な。でも君はお父様≠竍お母様≠カゃなくてレイラ≠セろ?ちょっとくらい家族と違ったっていいじゃないか」
「レイラはどうしてスリザリンに入りたかったんだ?」
「どうして?……えっと、皆がスリザリンだから?」
「それ以外の理由は?」
「うーん……?」
そう言われると答えられない。大好きな皆がスリザリン出身だから。マルフォイ家は代々スリザリンだから。それ以外の理由はないのだ。
答えられずにうーんと首を捻るレイラが気になるのか、正面の男の子達も食事をしながらちらちらと視線を向けている。
「じゃあ質問変更だ」
「スリザリンに入ってどんなことをしたかった?」
「え?えっと、うーん、お友達を作ってお喋りしたいわ」
「あとは?」
「授業でわからないことがあったら教え合いっこしたり、学校の中を冒険したり、かなぁ」
「それなら全部グリフィンドールで叶えられるぞ」
言われた言葉に目をぱちくりさせる。たしかに、言われてみればその通りだ。ならこんなに悲しまなくてもいいのだろうか。
けれど──
「……でも、お父様達を失望させちゃったかもしれないわ」
そう。レイラが一番不安に思っているのも、スリザリンに入れなくて悲しくなるのも、全て大好きな皆から幻滅されて嫌われてしまうかもしれないと思うからだ。
「うーん、君の家族のことは俺達からはなんとも……」
「でもマルフォイ家って家族に甘いって聞くぜ?あと、すっごく溺愛してる愛娘がいるって。それレイラのことだろ?」
「あ、パパが言ってたのって君のことなんだ!」
突然正面に座っていた赤毛の男の子が声を上げるから驚いてそちらを見ると、綺麗な青い瞳と目が合った。
「私のこと知ってるの?」
「知ってるっていうか……うちのパパ、魔法省で働いてるんだ。君の父親もだろ?だからそれで……うん、色々な話を聞くんだ」
「レイラのことも聞いた事があるけど、そうだな。あれなら多分君がどこの寮に入ったって関係ないんじゃないか?」
「パパが『天変地異の前触れかもしれん!』って大騒ぎしてたもんな」
赤毛の男の子の言葉を受けて双子が語る話を不思議な気持ちで聞いていた。話の内容はよくわからないが、ルシウスが職場でレイラのことを大切にしていると話してくれているということだろうか。それが本当ならすごく嬉しいし、少しだけ安心できるかもしれない。
つめたく冷えていた全身が少し熱をとりもどしてきたみたいで、レイラはほうっと息を吐いて微笑んだ。
「フレッド、ジョージ、ありがとう。ハーマイオニーも、さっきはごめんね?」
「いいのよ。気にしないで」
ジョージ越しにハーマイオニーが笑顔を返してくれる。その手元のお皿は美味しそうな料理が盛り付けられていて、レイラのお腹がぐぅぅっと悲鳴を上げた。
周りにならってレイラも大皿から自分の食べたいものを皿に取り分ける。
「ところで、もしかしてあなたこの二人の兄弟?」
「あー、うん。そうだよ」
「やっぱり。フレッドとジョージほどじゃないけど似てるのね」
「君はマルフォイと兄妹なんだよね?」
「うん、双子なの」
赤毛の男の子ロン、それからその隣に座っていた黒髪の男の子ハリーも交えてレイラ達グリフィンドール生はホグワーツの料理に舌鼓をうちながらお喋りに興じた。
ドラコが嫌な奴だと言っていたハリー・ポッターは穏やかで優しい普通の少年に見えた。例のあの人を倒した英雄的な人間にも、嫌な奴にも見えない。どこまでも普通の男の子。レイラが抱いたハリーの第一印象はそんなものだった。
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