
03.組分けの儀式
テーブルにデザートが並び始めた頃にはレイラは睡魔と格闘するのに必死になっていた。少しでも気を抜くと目の前のアップルパイに顔から突っ込んでしまいそうだ。
しばらくそうして頑張っていたが、眠気には勝てない。レイラはぐらぐら危うげに揺れる頭を支えるのを諦めて隣に座るフレッドの肩に頭を預けた。
いや、こっちに座っていたのはジョージだったかもしれない。やっぱりフレッドかもしれないが──とりあえずそうして双子の片方にもたれかかって目を閉じたレイラを見てハーマイオニーは「まだ寝ちゃダメよ!」と声を上げた。
「まあまあ、いいじゃないか。寝かせてやろうぜ」
「だってまだ寮まで歩かなくちゃいけないのよ」
「起きなかったら俺達が運んでやるさ」
「泣き疲れて、お腹いっぱいになって、眠くなったんだろうな」
「赤ちゃんみたいだ」
フレッドとジョージはすやすやと小さな寝息を立てる少女の寝顔を見て笑った。
「一年生ってこんなに幼かったか?」
「俺達はもう少し大人だった気がする──いや、待てよ。でもうちのかわいいロニー坊やも一年生じゃなかったか?」
「そう言われればロニー坊やも赤ちゃんみたいなものだな」
「おい、二人とも!」
からかわれたロンが顔を真っ赤にして怒鳴ると、周りでそれを見ていた生徒達は楽しげに笑った。ハリーもつられて笑う。
美味しい料理をお腹いっぱい食べて、心も体も幸福な気持ちで満たされている。こんな幸せな夜はダーズリー家にいた頃には味わえなかった。
気持ちよさそうに眠るレイラを見て、ハリーも我慢していた眠気に襲われて小さくあくびをかみ殺した。
目の前の少女は、ハリーにとって不思議な存在だった。彼女の双子の兄だというドラコ・マルフォイはダイアゴン横丁での初対面が最悪の印象で、ホグワーツ特急の中でのやり取りで完全に仲良くしたくない相手のレッテルを貼った。
そんな嫌な奴の妹なんて絶対関わりたくないと思っていたのだが、いざ目の前にした少女は本当にあのマルフォイの妹なのか疑いたくなるくらい素直で純粋な子だった。
これから仲良くできたらいいな。そんなことを思いながら今度こそかみ殺しきれずに大きなあくびをして、眠たい目をこすった。
テーブルからデザートも全て消えると、ダンブルドアが立ち上がった。ハーマイオニーは眠っているレイラを起こすべきか、静かにダンブルドアの言葉を聞くべきか葛藤した末に大人しくダンブルドアの話を聞くことにした。
構内にある森に入らないこと。授業の合間に廊下で魔法を使わないこと。クィディッチの予選のお知らせ。それから最後に「とても痛い死に方をしたくなければ今年いっぱい四階の右側の廊下に入らぬように」と忠告してダンブルドアからのお知らせは終わった。
全校生徒がバラバラのリズムで歌う校歌も終わり、一年生達はそれぞれの寮の監督生に連れられて談話室に向かった。結局眠ったままのレイラはジョージが背負って連れていってくれた。
グリフィンドールの談話室は心地よい円形の部屋で、部屋のあちらこちらにふかふかの肘掛け椅子が置かれている。ジョージはその一つにレイラを降ろした。
「女子寮はこのドアの向こうだ」
「残念ながら俺達男子生徒は女子寮に入れない」
「だからあとはハーマイオニー、君に任せたいんだけどいいか?」
「えぇ、仕方ないわ。ここまで運んでくれてありがとう。ほら、レイラも起きてお礼言わなきゃ」
「……ぅぅん…、」
ぐわんぐわんと体を揺さぶられるレイラを見てフレッドとジョージは笑いながら「おやすみ」と男子寮へ続くドアへ消えていった。
「レイラ、ベッドに行くだけでいいから起きてちょうだい」
「、んんー…ん、ドラコ……?」
「私はハーマイオニーよ。ほら、」
ハーマイオニーはようやく目を開けたレイラを立ち上がらせ、手を引いて階段を進む。
「えーっと、ここが私の部屋ね……レイラは違う部屋みたい」
談話室から続く螺旋階段をぐるぐるとのぼっていき、『ハーマイオニー・グレンジャー』と自分の名前が書かれたプレートを見付けた。三人部屋のようだが、他の二つのプレートにレイラの名前はない。
さらに階段をのぼった先に、螺旋階段のてっぺんに『レイラ・マルフォイ』のプレートを見付けた。
「え、まさか一人部屋なの!?」
レイラのもの以外にネームプレートは貼り付けられていない。ハーマイオニーは驚きの声を上げて部屋のドアを開けた。ここへ来る途中で覗いた自分達の三人部屋と同じ広さの部屋には天蓋付きベッドは一つだけだ。
「レイラ、あなた一人部屋みたいなんだけど大丈夫?」
「………うん、だいじょーぶよ……」
「パジャマはここ?トランク開けるわね」
「…ありがとー……」
半分以上眠っているのだろう。レイラの口調はふわふわしている。ハーマイオニーは手早くレイラの制服を脱がせ、トランクから引っ張り出した黒いワンピースタイプのナイトウェアを着せてやる。
どうにかベッドに押し込んだ頃にはレイラはほとんど夢の中だ。
「明日ちゃんと寝坊しないで起きるのよ」
「…むにゃ……ん、ありがと…………おやす……」
最後まで言い切らずに眠りに落ちた幼い寝姿にハーマイオニーは眉を下げて微笑んだ。同じ年のはずなのにまるで妹ができた気分だ。
ひとりっ子で姉妹に憧れのあったハーマイオニーはこの手のかかる少女が初日から遅刻してしまわないように、明日の朝は起こしに来てあげようと思いながら部屋の明かりを消して部屋を後にした。
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薄暗い室内に佇む白い二つの裸体。
二人の胸の辺りから伸びる、赤。
二人の体を繋ぐのは二つの心臓から伸びる一本の赤い糸だった。
触れてはいけないと思いながら抗えない引力に引き寄せられるように細い指が糸へのばされる。糸に触れた指先は熱で焼かれ、ピリピリと痛みに涙が滲んだ。
「何してるんだ」
「綺麗だなぁって」
「触ったら怪我するって言っただろ。聞いてなかったのか」
「聞いてたわよ。でも触りたくなっちゃったんだもの」
ふにゃりと笑うと不機嫌そうに顔をしかめられてしまった。
けれどこちらを見つめるその瞳は甘い色を帯びていて、愛されているのだと錯覚してしまいそうになる。
そんなふうに思ってしまう自分の愚かさに、泣きたいような、笑いたいような息苦しさを覚える。
愛なんてない。
わかってる。わかっているから、気付かないふりをして目を閉じる。
「この先何があろうと、君は僕のものだ」
「あなたも私のものよ」
赤い糸を手繰り寄せるように、二人の距離が縮んでいく。
やがて二つの心臓がぴたりと重なり、鼓動を止めた。
一瞬の静寂の後、再び心臓は時を刻み始める。
もう戻れない。
二つの糸は絡まり、絆は呪いとなった。
二人を繋ぐ永遠の呪いの印に触れた少女の瞳から溢れた涙は後悔か喜びか。
その答えを知るものは、誰もいない。
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