04.ギルデロイ・ロックハート
一限目の薬草学はハッフルパフとの合同授業だった。
まだ少し目元の赤いレイラはハーマイオニーと手を繋ぎながら温室へと向かった。どうやら先程の吠えメールでハリーとロンは十分に罰を受けたと思ったらしく、ハーマイオニーの態度は以前と変わらない優しいものになっている。

まだスプラウト先生は来ていないようで、先に到着していた生徒達は温室の外で待っている。レイラもそこに加わってお喋りをしていると、遠くの方からスプラウト先生が大股でこちらに向かってくるのが見えた。先生は腕一杯に包帯を抱えている。

「あれ、昨日僕達がぶつかった木だ」

ハリーがそう言って指したのはスプラウト先生の後ろにある大きな木、通称「暴れ柳」だ。枝のあちこちに吊り包帯がしてある。木にも包帯が有効なのかと感心していると、スプラウト先生と何故か隣にいたロックハートが生徒達の前までやってきた。トルコ石色のローブをはためかせて笑うその姿は、表紙や挿絵の写真のままのロックハートだ。

「やあ、皆さん!スプラウト先生に暴れ柳の正しい治療法をお見せしていましてね。でも私の方が先生より薬草学の知識があるなんて誤解されては困りますよ。たまたま旅の途中で暴れ柳というエキゾチックな植物に出会ったことがあるだけですから……」
「みんな、今日は三号温室へ!」

スプラウト先生の不機嫌そうな声にレイラはびくりと肩を跳ねさせた。いつもは朗らかで優しい先生なのに、今日は虫の居所が悪いのかもしれない。
スプラウト先生がドアを開けると、強い花の香りと湿った土と肥料の匂いが漂ってきた。今まで使用していた一号温室とは違う雰囲気に胸が高鳴る。わくわくした顔の生徒達が温室に入っていく中で、突然ロックハートがハリーの腕を掴んだ。

「ハリー!君と話したかったんだ。スプラウト先生、彼が二、三分遅れてもお気になさいませんね?──お許しいただけまして」

スプラウト先生が何か答える前にロックハートは白い歯を輝かせてドアを閉じてしまった。

「ハリーってロックハートと知り合いなの?」
「レイラ、ロックハート先生≠諱v
「ううん……だって今までロックハートって呼んでたんだもの」

ハーマイオニーに窘められ、レイラは不満げに口を尖らせた。レイラとしては「防衛術のロックハート先生」よりも「物語の主人公ロックハート」のイメージの方が強いのだ。そんな二人の会話を聞いてロンは舌を出した。

「うげぇ!レイラもロックハートのファンなの!?」
「だって面白いしかっこいいでしょ?」
「あんなキラキラしてるの、胸焼けするよ」
「顔じゃなくて行動がかっこいいの。雪男にマシュマロ入りのココアを飲ませてあげるところとか、素敵じゃない?」
「あら、顔もかっこいいじゃない」

ハーマイオニーがすかさず反論するが、レイラはうーんと首を捻った。

「お父様の方がかっこいいわ」
「君たち二人とも趣味悪いよ!!」

そう叫ばれてレイラはじろりとロンを睨み付けた。


しばらくしてハリーが戻ってくると授業が始まった。

「今日はマンドレイクの植え替えをやります。マンドレイクの特徴が分かる人はいますか?」

レイラが絵本に載っていたマンドレイクの愛らしい姿を思い浮かべている横でハーマイオニーが手を挙げた。

「マンドレイク、別名マンドラゴラは強力な回復薬です。姿形を変えられたり、呪いをかけられた人を元の姿に戻すのに使われます」
「大変よろしい。グリフィンドールに十点──マンドレイクは大抵の解毒剤の主成分になります。しかし、危険な面もあります。誰かその理由が言える人は?」
「マンドレイクの泣き声はそれを聞いた者にとって命取りになります」

スプラウト先生はグリフィンドールに更に十点を与え、生徒達に耳当てをつけるように説明した。先生の言葉通りに耳当てをつけると、外の音は完全に聞こえなくなった。この耳当てがあればさっきの吠えメールで怖い思いをすることはなかったのに……と考えていると、スプラウト先生が土の中からマンドレイクをグイッと引き抜いた。

「全然可愛くない…!!」

思わず叫んだレイラの文句は、耳当てのおかげで誰にも聞こえることはなかった。絵本のマンドレイクはあんなに可愛かったのに、実物はお世辞にも可愛いとは言えない姿をしている。とても醜い男を無理矢理赤ん坊にしたような、不気味な姿で泣き喚いている。
レイラはスプラウト先生がその赤ん坊を大きな鉢に突っ込み、上から堆肥をかけてあげているのを顔を顰めたまま見守った。全て埋め終わると、先生が耳当てを外すように合図する。

「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声を聞いても死にはしません。しかし間違いなく数時間は気絶するでしょうから、作業中は耳当てをしっかりと離さないように」

先生は落ち着いた口調でこれからの作業について説明した。四人一組での作業だと言われてハリー達と組もうと振り返ると、髪の毛がくるくるカールしたハッフルパフの男の子が「良ければ一緒に作業しませんか?」と三人に声をかけているところだった。

「レイラ、一緒に組んでもいい?」
「ネビル!もちろんよ。じゃあ、あと二人見つけなきゃね」

どうしようかと思っていたレイラはネビルに声をかけられ、喜んで頷いた。レイラとネビルが組むことになったのはハッフルパフの女の子、ハンナ・アボットとスーザン・ボーンズだ。二人ともハッフルパフ生らしい穏やかな性格の子で、作業の大半を耳当てをしていたせいであまり会話ができなかったのが残念なくらいだった。

マンドレイクの植え替えは重労働だったが、暴れた時にお腹を優しく叩いてあげたり、ふさふさの葉っぱを根本からしっかり掴んだりと、扱うコツを弁えていると随分スムーズに進む。レイラ達のグループは他に比べてあまり泥で汚れることなく作業を終了させた。

次の変身術の授業はコガネムシをボタンに変えるというものだった。あっさりボタンを作り出したハーマイオニーの横で、レイラは動き回るコガネムシに杖を当てることに苦労していた。コガネムシがすばしっこく逃げ回るせいで正しく呪文を唱えられているのかもわからない。
けれどロンに比べたらレイラの苦労なんてなんでもない。
ロンの杖は昨日暴れ柳に激突した時に折れてしまったらしく、スペロテープで補修された杖からは火花が飛び散ったり、腐った卵の匂いがする灰色の煙を吐き出したりしてとてもじゃないがまともに機能しそうにない。
授業が終わると、ロンは怒りながらパチパチ騒がしい杖を机に叩きつけた。

「こいつめ……約立たず!」
「家に手紙を書いて別なのを送ってもらえば?」
「ああ、そうすりゃまた吠えメールがくるさ。『杖が折れたのはお前が悪いからでしょう!』ってね」
「やめて!!」

吠えメールという言葉にレイラが悲鳴を上げると、ロンは肩を竦めてシューシュー言い始めた杖を鞄に押し込んだ。

昼食を食べに大広間へ向かう三人と別れ、レイラはドラコを探すために地下へと向かった。どこにいるか分からなかったので、とりあえずスリザリンの談話室にいないか聞いてもらおうと思ったのだが、途中の廊下で目当てのプラチナブロンドを見つけることができた。脇を歩くクラッブとゴイルは本当にいい目印になる。

「ドラコ!」
「レイラ?どうしたんだ」
「クィディッチの選抜テスト、今日の放課後だって言ってたでしょう?応援にきたの」

クィディッチの選抜テストを他寮の生徒が見学することは許されていない。いくらマルフォイ家のご令嬢といえど、レイラはグリフィンドール生だ。クィディッチにおける寮間の溝は深い。
直接応援することができないなら、せめてその前に励ましの言葉を贈りたいと思ったのだ。

「ドラコはもうお昼食べちゃった?」
「ううん、これからだよ」
「じゃあ一緒に食べない?生憎の曇り空だけど、中庭でピクニックにしましょう!」

レイラの提案をドラコは快く受け入れてくれ、クラッブとゴイルに「広間から食べる物を取ってくるように」と命じてレイラの手を取った。

「行こう?」
「うん。クラッブ、ゴイル、よろしくね」

中庭にはサンドイッチやスコーンを手に座る生徒の姿がある。快晴ではないが、暑過ぎず寒過ぎずの気温は外でのランチにちょうどいい。
レイラはドラコがハンカチを敷いてくれたベンチに座った。

「選抜テストってどういうことをするのかしら?」
「わからない。フリントは事前に教えるわけにはいかないって、教えてくれないんだ……もし、もし選ばれなかったら父上になんて言われるか…」

ドラコが不安そうに呟く。その手が小さく震えているのに気付き、レイラはその手を両手で包むように握り締めた。

「ドラコなら絶対大丈夫」
「……でも」
「私が応援してるんだもん。ドラコは無敵よ。それにドラコが箒に乗るの上手いの、私知ってるわ。もしドラコを落とすようなら、私がフリントに文句言ってやるんだから!」

レイラが鼻息荒く言い切ると、ドラコはおかしそうにくすくす笑った。スリザリンのクィディッチチームのキャプテン、マーカス・フリントがレイラのことを「可憐な天使」と言って猫可愛がりしているのはスリザリン生なら誰もが知っている。

「レイラに文句を言われたら、フリントもタジタジだろうな」
「でしょう? だからドラコは安心していつも通りでいればいいの」
「うん、ありがとう」

ようやくドラコがいつも通りの笑顔を浮かべた時、食べ物を山盛り積んだバスケットを両手に抱えたクラッブとゴイルがやってきた。その後ろにはパンジーとノットという珍しい組み合わせの二人がいる。

「お前達それ全部食べるつもりか?」
「パンジー、ノット、あなた達も一緒にピクニックする?」
「するわ!」

パンジーは大喜びでドラコの隣に座り、ノットは杖を一振りして転がっていた石を敷き布に変えて座った。
パンジー達が受けてきた呪文学での出来事を聞きながら食事を楽しみ、食べ終わった後も そのままお喋りに花を咲かせる。パンジーはギルデロイ・ロックハートのファンらしく、レイラの次の授業が防衛術だと聞くと羨ましがった。

「彼ってとってもハンサムよね──もちろん、ドラコの方がハンサムよ」
「ハンサムかなぁ?私はもう少し落ち着いた顔の人が好きよ」
「ええー!?彼、チャーミング・スマイル賞を受賞しているのよ!?しかも五回も連続で!」

パンジーが信じられないと目を剥いたのでレイラは曖昧に笑って肩を竦めた。整った顔だとは思うが、レイラが好きな顔立ちとは違うのかもしれない。
女の子二人がロックハートの話で盛り上がっていると、ドラコが中庭の反対側に目を向けて立ち上がった。「面白いものを見つけた」というような顔で歩き出すドラコの行く先にいたのはハリー、ロン、ハーマイオニーと薄茶色の髪の小さな少年だった。少年の手にはカメラが握られている。

「──……に撮ってもらえるなら、僕があなたと並んで立ってもいいですか?それから、写真にサインをくれますか?」
「サイン入り写真?ポッター、君はサイン入り写真を配ってるのかい?」

聞こえてきた少年の声にレイラが眉根を寄せたのと同じタイミングで、ドラコの馬鹿にしたような大声が中庭に響き渡った。

「みんな、並べよ!ハリー・ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」
「僕はそんなことしてない!マルフォイ、黙れ!」

ハリーが険しい顔で吐き捨てるように言うが、ドラコはにやにやした笑みを崩さない。きっと選抜テストへの不安を紛らわせたいのだろうと思ってレイラは止めに入ることはせず、ピクニックの片付けを始めた。そろそろ午後の授業がはじまるベルが鳴る頃だ。

ドラコ達は去年と変わらず賑やかに言い合いをし、ハリーは何故か途中で現れたロックハートに羽交い締めにされて写真を撮っている。

「せっかく写真を撮るならあんなポーズじゃなくて普通に撮ればいいのに」
「ポッターにはあれで十分よ。見て、あの顔!」

パンジーはお腹を抱えてケラケラ笑っている。ハリーの表情は不服そうで、望んで撮られているわけではないのだというのがよくわかる。そこで始業ベルが鳴り、パンジーは「大変!次はマクゴナガルの授業よ!遅れたら減点されちゃう!」と叫び、クラッブとゴイルは残っていたスコーンを慌てて口に詰め込んだ。ノットだけは涼しい顔で読んでいた本を閉じて立ち上がる。

「私も行くね!──ドラコ、がんばってね!」

レイラも慌てて立ち上がり、パンジー達に手を振った。途中ですれ違ったドラコに抱き着き「ドラコがリラックスして選抜テストに挑めますように」と願いを込めて頬に唇を寄せる。

「ありがとう。結果が出たら、すぐにレイラに知らせるよ」
「うん、じゃあね」

ドラコからお返しのキスを貰ってレイラは防衛術の教室へと駆け出した。

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