53:脱出


  

目の前に広がる光景が、支柱の頂上部分だと理解したその時、ゆっくりとヘリが高度を下げていることに気が付いた。先程あたしの頭を撫でてからおもむろに立ち上がったレノが、ヘリの扉の前にどこか気怠そうに立っている。何をするつもりなのかはわからないけれど、支柱に降りようとしているのだろうことはすぐに想像できた。その時に、あたしも何とか脱出できない、かな…
そんなことを思いながら、縛られた両手にグッと力を込めてみるけれどさらに縄がきつくなっただけで、わずかに顔を顰めることとなった。

「…ふっ」

その時、レノの鼻で笑ったような声が聞こえてきて、慌てて顔を上げた。良からぬことを考えている、と知られると厄介なことになる予感しかしないから。だけど、予想に反して、レノの視線は真っ直ぐに眼下の支柱へと向けられていて、あたしの些細な行動など目に入っていないようだった。

「…やるしかねぇか」
「え…?」

小さく呟かれたその一言を不思議に思いながらも、ヘリの窓から外の様子を伺うと、支柱の頂上の開かれた空間にクラウドたちが立っているのが見えた。クラウドに、ティファに…もう一人は、マリンのお父さんだ。名前は、確かバレットさん…何故、マリンのお父さんまでここに?
そんな疑問は「ルード!」と張り上げたレノの声によって、一瞬にして掻き消されてしまう。まさに、阿吽の呼吸。名前を呼ばれただけのルードが、レノに愛用の武器を投げ渡すのが、まるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。レノと目が合った一瞬、口元が弧を描いていることに気が付いて、全てを悟った。

「やめてっ…」
「お仕事だぞ、と」
「っ…」

言うと同時に飛び降りてしまうレノ。あぁ、また戦いになってしまう…
一瞬、その場を離れるかに見えたヘリは、近くで旋回するとまた支柱へと戻っていく。レノとクラウドが戦っているのが見えて、次の瞬間にはレノは軽々とクラウドの攻撃を交わし、支柱の中央部へ走る。基盤に何かを打ち込んでいるのが見えて…その時、頭の中に一気に映像がなだれ込んできた。
戦うクラウドたち。鳴り響く警告音。離脱するヘリ。崩れる、プレート。七番街スラムに響く悲鳴、鳴き声、叫び。

「……っ……」

思わず顔を上げ、運転席で操縦桿を握るルードに目を向ける。あたしの視線に気が付いていないはずがないのに、その瞳は支柱へと真っ直ぐに向けられていて…背筋がゾワリと寒くなった。この人たちの、しようとしていること、って…
震えそうになる体を叱咤しながら、もう一度あたしも支柱に目を落とす。何度か打ち合ったクラウドとレノが一定距離を取って立ち、何か、会話しているようだった。

「あんた、ルードもやったんだって?」
「仕事だ」
「借り、まとめて返すぞ、と」
「…名前をどうした?」
「あ?」
「何故、あそこに乗っている?」
「…へぇ?やっぱ気になるんだ?」
「…当然だ」

あたしに、会話の内容は聞こえない。再び斬りかかっていくクラウドの名前を思わず叫びそうになった…その時。突然、前方の運転席からガチャリ、という機械音がやけに凶々しく響いて…

「…爆撃準備、開始する」

低い、冷静にも聞こえるような声音だった。ヘリの外からはこちらに向けられている銃撃だろう、と容易に想像できる音が響いていたが、不意にその音が止んだことを不思議に思って、窓から外へと目を向けると、クラウドがバレットさんを制止している様子が見て取れた。クラウドは、あたしがここにいることに気付いてる…だから、ヘリに向けての攻撃が出来ないんだ…

「くっ…」

何とか、ここから出ないとっ…そう思って力を込めるけれど、やっぱり縄はきつくなるだけ。腕が抜けそうな気配は微塵もなかった。そんなことをしている間にも、ヘリはぐんぐん高度を下げていく。

「レノ、離れてろ」

マイク越しに響くルードの声。次の瞬間には、轟音と共に窓の外の景色が真っ赤に染まっていた。

「クラウドッ…!!」

思わず叫んだあたしだけど、その瞬間ブツッという鈍い音と共に、体が前へと放り出されていた。え…何で…?あれほど、ビクともしなかった縄が…切れている。信じられないようなものを見るとは、まさにこんな気持ちなんだろうな、なんてぼんやりと思いながら、改めて目にした縄はまるで焼き切れたように、所々黒く焦げていた。
今の爆発のせい…?そう思ったけど、一瞬でそんなはずはない、と頭の中で否定する。こんな縄が焼き切れるくらいなら、あたし自身にだって被害があっていいはずなのに…あたしには怪我どころか、小さな火傷すらない。頑丈なヘリの中にまで爆風や炎が届くとも思えないし…
次々と浮かび上がる疑問はとりあえず、後回しにすることにして、あたしはその場にそっと四つん這いになった。今立ち上がって、自由になっていることが運転席のルードにバレたら、それこそ厄介だ。

「……………」

息を殺しながら窓の外に目を向けると、レノはもちろん、クラウドたちも無事で、各々近くにあった障害物の後ろに身を隠して今の爆撃を逃れたのだろうことがわかった。爆撃直後のヘリは、今も低空飛行中。
……今しかないっ……
一気に立ち上がると、ヘリの扉部分に手をかけるあたし。サングラス越しのルードの瞳に驚きが浮かんでいるのが見えた。さっきレノがここから飛び降りたのを見ているから、扉の横に手動で開閉するためのボタンがあることは知っている。そのボタンを押してから扉に手をかけると、ガコンという重い音と共に、ゆっくりと外の風が吹き込んできた。

「おいっ…」
「あたし、神羅には行けません!」
「っ…」

ルードはそれ以上何も言わなかったけれど、とっさにあたしが飛び降りることができないよう、ヘリの高度を上げようとしているのがわかった。考える余裕なんてなかった。今の高さなら、頭から落ちない限りは命がなくなることはないだろう。そう思って、勢いよくヘリから飛び降りた。
飛び降りる瞬間、驚愕の表情を浮かべたクラウドとレノが、こちらに走ってきているのが見えた気がした。

  

ラピスラズリ