52:真の目的


  

突然の衝撃に目が覚めた。徐々に視界がクリアになっていっても尚薄暗いその場所に、自分がどこにいるのかすぐにはわからなかった。側頭部がズキズキ、と痛む。顔を上げると、そこには真っ黒な壁のようなものがあって、あぁ、ここにぶつけたのか…なんて、まるで他人事のように理解した。

「何やってんだよ、相棒」
「……すまん」

そんなやり取りが耳に飛び込んできた。前の方に誰かが座っていて、その人物の前にはよくわからない基盤にぎっしりとボタンや小さなレバーのようなものが並んでいた。その時、ようやく自分がヘリの中にいることを思い出した。
さっき、あたしを目覚めさせた揺れを立て直すかのように、ヘリが一瞬で水平に戻る。助手席で揺れる赤毛を見て、意識を失う前この人物によって、何かを飲まされたのだったこともぼんやりと思い出した。わずかに身動ぐあたしに、前方の2人は気がついていないらしい。目が覚める訳がない、と思っているのか、それ以上に目の前の“何か”に集中しているのか…
そういえば、運転席に座るスキンヘッドの男…ルードはいつもと変わらないようだが、助手席のレノの言動からは今が平時ではないことを想像させた。「オラオラオラオラ!」とか、「逃がさねぇぞ、と」とか…聞こえてくるのは、なかなかに物騒な言葉だ。
一体、何が起こっているのだろうか…

「……………」

まだ気だるさが残った頭で、ぼんやりと窓の外に目を向けた。その瞬間、刹那にして全身が凍りつくような感覚に襲われた。階段を駆け上がっている2人の男女の姿に目を見開く。
見間違うわけがない…クラウドと、ティファだ。
ティファ、良かった、無事助けられたんだ…そんな安堵もほんの一瞬だけ。止まない銃撃から必死に逃げている様子の2人に、息を飲む。

「行かせるかよ」
「……っ……」

すぐ側から聞こえてくる声。再び始まる銃撃。一瞬にして、必要なことは全て理解できた。
ここはどこなんだろう、とか…この状況は一体…とか、聞きたいことは山ほどあった。だけど…本当に言葉のまま、気が付くともう体が動いていた。

「っ、何だっ?」
「クラウドとティファを撃たないで!」
「なっ…」

とっさに助手席のレノに後ろから飛びかかった。ヘリの操縦方法なんて見たことも聞いたこともないけど、レノの手にあるバーがクラウドとティファに向けられている銃撃のトリガーだってことは、何故かすぐにわかったから。
突然のあたしの行動に、飛び掛かられたレノはもちろん、操縦桿を握っているルードからも無言の驚きが伝わってきた。やはり、あたしがこうして目を覚ますことはこの人たちにとって、想定外だったようだ。何かで眠らされたのは間違いないけれど、体のどこも拘束されていないことが、その証拠のように思えた。

「おまえっ、何で…!」
「さっきの揺れで、頭ぶつけて目が覚めた!」
「っにしたって、薬切れんの早すぎだろ、と」

必死にレノが握っている銃のトリガーに手を伸ばすあたしの耳に、横から少しの戸惑いと困惑を孕んだため息が聞こえてくる。

「これ以上の投薬は危険だぞ」
「わかってるって」
「っん〜!!」

次の瞬間、助手席から腰を上げたレノがあたしの肩を押すようにして、そのまま後部に移動してくる。大きな手で口元を塞がれ、両手も後ろ手にレノによって拘束されてしまったけれど、これでクラウドとティファに向けられていた銃撃は止んだ。実際にトリガーを握っていたレノはあたしと一緒に後部に来ているわけだし、ルードも操縦しながら攻撃まではしないようだった。口元を塞がれたまま顔を上げると、密着するように立っているレノからは覚えのある香水の香り…そしてレノは、目が合うと同時にニヤリと笑って見せる。

「やるじゃねぇの…いざって時に動ける女はポイント高いぞ、と」
「……………」

声が出せない代わりに思い切り睨みつけるあたしにその男は「いい目」と言って、また笑う。

「とにかく、このまま起動に向かう。そっちは何とかしてくれ」
「了解、と」

ルードがあたしのことを言っているのは間違いない。目の前で笑うレノの口元から犬歯が覗いているのを鋭い視線で見ていた時、突然全身にグン、と重力がかかって、ヘリが一気に上昇を始めたのがわかった。とっさに窓から下を見れば、銃撃から逃れたらしいクラウドとティファの姿が見えて、ホッと胸を撫で下ろす。
2人とも、大きな怪我はないように見えた…良かった…

「………?」

クラウド、何か、言ってる…?その姿は叫んでいるようにさえ見えたけれど、上昇を始めたヘリとの距離も開いた上に、うるさいくらいの音。彼の声は、聞こえなかった。

「さて…名前ちゃんには、もう少し大人しくしててもらわなきゃ困るぞ、と」
「……ちょ、…」

口元を覆っていた手が離れたと思ったら、レノに肩を上からぐ、と押されて、もう一度その場に座らされた。そしてあっという間にヘリ内部の細い金属のポールのような部品に両手を後ろ手に縛られてしまう。余程頑丈なロープなのか、レノが特殊な縛り方をしたのか、とにかく両手はポールに張り付けられてしまったかのように、びくともしなかった。あたしに自由に動かれると、相当まずいらしい。

「…何を、しようとしている、の?」
「ん〜?」
「クラウドとティファを攻撃するのが目的なんじゃ、ないの?」

全く状況が飲み込めない中、最初はそうなんだと思っていた。けれど、今の状況を考えれば…この2人にはもっと別の、大きな目的があるように思えてくる。クラウドとティファは、それを妨げようとしていたんじゃないか、って…
このヘリが2人への攻撃を止めても尚、この場から立ち去らないのだから…まだ“何か”ある、と思えてならない。
じっと見上げたまま表情を伺うあたしをしばらく無言で見つめていたレノは、ふいにさっきまでの笑顔を消して、座っているあたしと目線を合わせるように目の前にしゃがみ込む。

「なぁ…」

第一印象から付き纏っていた飄々とした様子は、どこにも見られなかった。真っ直ぐに向けられた薄い青の瞳から、目を反らせない。

「名前さ、大人しくこっちに戻って来いよ」
「……戻、る…?」
「神羅にいた方が安全だぞ、と…俺も、守ってやれる」
「………、……あたし、は…」

見たことのない、レノの真剣な眼差しにうまく言葉が出てこない。でも、あたしの気持ちはもう決まっている。今こうしている時でさえ、頭の片隅にあるのは金髪の彼の安否ばかり…。クラウドと立場を別ち、彼らにとって敵側である神羅に身を置くなんて、考えられなかった。聞きたいことは山ほどある…貴方は、あたしの“何”を知っているの…??
そして震えた声で口を開いた瞬間、運転席から声が飛んでくる。

「レノ」

たった一言。ルードが名前を呼んだだけ。それなのに、レノはそのたった一言に含まれた意図を読み取ったようで「ああ」と短く返事をすると、ポンポンとあたしの頭を撫でてから、その場に立ち上がった。鋭い視線が窓の外に向けられていることに気が付いて、あたしもその視線を追いかける。目に映ったのは、支柱と呼ばれるものの頂上部分だった。
全てが、動き出そうとしていた。

  

ラピスラズリ