トキメキ 岸辺露伴の場合
ペラ……ドシュドシュ……ビシュビシュ……
ここは露伴先生の書斎。わたしが漫画のページをめくる音と、露伴先生が原稿を仕上げる音が響く。さっきの擬音だけ聞いたら、いやらしいことをしているみたいだけど、全くそんな関係ではない。
ときどき露伴先生のお家にお邪魔しては、『ピンクダークの少年』を読んだり、本棚にある画集や図鑑を眺めたりする。無性に『ピンクダークの少年』が読みたいときもあるけれど、ほとんどは露伴先生に会いたいのと、暇つぶしで。
「暇だなぁ君は」なんてぶつくさ言うくせに、なんだかんだ家に上げてくれる先生って、本当にツンデレだよね。そういうところも好きよ!
「おいなまえ、どうせ今日も暇なんだろ?
ある展示に招待されてね。チケットが2枚あるんだが、今日までなんだ。ちょいと行ってみないか?」
ほらまた暇って言った。暇だけど、今は漫画を読むので忙しいんだよなぁ。
「この岸辺露伴が頭さげて頼んでいるのに…。
ふぅ〜ん、そうかい!君は突然ぼくの家に上がり込んで、ぼくが仕事中だろうがかまわず暇そうに漫画を読んだりするくせに、ぼくの誘いを断るのか…。
いいとも!人に冷たくしといてせいぜい勝手に暇と穀でも潰しておきたまえ!」
「…仕方ないなぁ! 一緒に行ってあげますよ、もう!」
わたしは仕事をしている先生を眺めるのが好きなんだけどなぁ。短いため息をついたけれど、デートに誘われたと思えばなかなかラッキーだな、なんて思いながら、着いて行くことにした。
バスに揺られて、賑わった街に降りた。そこから少し歩くと、その画廊に着いた。看板も出ていないのに、中には多くの人がいる。
先生が受付を済ませ、チケットの半券を渡してくれたが、本当に人が多い。露伴先生を見失わないようにと、半券を慌てて鞄に突っ込んだ。
「本当に人が多かったですね…」
帰りのバスを降りて、自然にわたしの家の方向に歩き出す。先生の家は逆方向だけれども、たぶんこのまま送ってくれるんだろうな。本当にツンデレなんだから!
「有名な画家ばかりの展示だったからなぁ。まぁ、ぼくは興味ないけれど」
「そうだったんですね!」
人が多くて、タイトルも作者も全然見えなかったのが残念だ。
「ところで、あの展示の中でどれが一番良かった?」
「えっ…うーん…あ!
人が多くて、タイトルとかは見えなかったんですけど。後半にあった、モノクロで、女の人を描いた絵、が良かったです!」
「ふぅん。どういう風に?」
「その絵が唯一モノクロだったのもあるんでしょうけど。でもそれ以上に、何というか、その女の人の優しさが滲み出ているというか…顔はあんまり見えないのに、今にも喋り出しそうなリアリティ、というか、うーん…」
でもあの女の人見たことある気がするんですよね、とわたしが言う前に、先生が大笑いし始めた。大笑いする先生は初めて見たし、何に大笑いしているのかわからなくて、びっくりしていた。
「まったく、君は自分のことが好きだなぁ!」
なぜ露伴先生のことを好きってことになるんだ?と混乱した頭で考える。
「…もしかして、あの絵、先生が描いたんですか…?」
「んん?ああ、そうだとも!
いやぁ、あの数の絵の中から1枚しかないぼくの絵を見つけ出すなんて、君もなかなかやるじゃあないか!」
笑いながらバンバン肩を叩いてくるけれど、全然嬉しくない!いや、その笑顔はステキだけれど、今は嬉しくない!
「なっ、なんで先生の絵があるんですか!」
「展示をやるから描いてくれって頼まれたんだ。だからチケットを貰ったのさ」
何だか、すごく嵌められた気がする。もともと『ピンクダークの少年』が一番好きな漫画だし、露伴先生の絵も上手いと思っていたんだから。先生の絵を選ぶのは、今なら予想がつく。あの数の絵の中から探し出すのは、さすがに自分でもびっくりしたけれど。
もやもやしながら歩いていると、わたしの家から最寄りのコンビニに着いた。
「今日はありがとうございました!
っていうか、露伴先生の絵は好きですけど、露伴先生は好きじゃないですからね!
さようなら!」
フンッ、と一言、先生は来た道を戻って行った。
コンビニで商品をレジに置いて、お財布を出すと、一緒に今日のチケットの半券が出てきた。
「画家の大切なモノ、展…?」
露伴先生の絵、露伴先生の大切なモノ。
そこでふと、「君は自分のことが好きだなぁ」、という言葉を思い出す。
自分、とはもしかして、露伴先生のことではなくて、もしかして。
あの絵の女の人は、顔が見えなかったから気付かなかったけれど、もしかして。
急いでレジでお金を払って、家とは反対に走る。
ああ、会ったら「フンッ、今ごろ気付いたのか」なんて嫌味を言われるんだろうな。
もしわたしが展示のテーマに気付いていたら、なんて言ったんだろう。嫌味を言いながらも告白してくれたのかなぁ、なんて。
心臓がいつもより激しく動くのは、走っているからだけではなくて、トキメキに気付いてしまったから。
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