case1:松田陣平の妹



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「昨日は大変だったね。まさかあんなことが目の前で起きるなんて思ってなかったよ」
「ああ、強行犯係に異動してきてから、事件続きで嫌になるぜ。お前も覚悟しとけよ」

兄は笑いながら言う。兄は元々警視庁警備部機動隊の爆弾処理班であったが、訳あって一週間前から捜査一課、強行犯三係に異動になった。


「それにしてもお兄ちゃんは事件に巻き込まれすぎだよ」
「そうかもな、この間の事件なんか…」


兄が強行犯係に異動してからというもの何かと事件続きで、この一週間の間で、強盗や飛び降り自殺の説得など数件の事件を解決したらしい。わたしが警察官になって一年、兄が関わるような重大事件に遭遇したことはまだない。これから先、そんな事件を目の当たりにすることがあるのかなあと他人事のように兄の話に耳を傾ける。なんでも今は相棒の女刑事さんがいるとかで、彼女のことは少し兄は楽しそうに話すのだった。


「でもわたし、本当に心配してるんだよ。お兄ちゃんいつも無茶ばっかりするんだから。お兄ちゃんを助けてくれて、同期のお友達に感謝しないと」
「お友達って…」電話越しだが、兄が嫌そうにしかめっ面をしているのが想像できてしまう。

「まあ、あいつらがいなかったら今回ばっかりは、ちいとやばかったかもな」
昨日発生した廃ビルでの爆弾爆発未遂事件は、表向きはガス漏れとして処理されていた。わたしはたまたま現場に居合わせ、兄である松田陣平たちと遭遇したのだ。


「あの人たちってみんな刑事なんだよね?みんな警視庁で働いてるの?」

「伊達班長はそうだな、捜査一課のエリートだぜ。ヒロとゼロは俺も詳しくは知らねえけど、どっかの組織に潜ってるらしくて、あんまり目立つわけにいかないんだとよ」

伊達班長は、一番身体の大きな人でみんなのまとめ役。ヒロは穏やかで、優しい人。ゼロは兄の同期の中では一番優秀で、真面目な人。ゼロは特に兄と気が合って警察学校時代にできたもう一人の親友、全部兄に教えてもらったことだ。


「警察学校の頃、お兄ちゃんたちの世代は問題児ばっかりだったって言われたけど、みんなすごい人たちなんだね」
「…ああ、そうだよ。マジで色々あったからな。思い出すな、あの頃を」

兄は記憶の糸をたぐりよせるように、しみじみと言った。
そういえば、兄の学生時代に彼らと少し話したこともあったっけ。


「今思えば何だかんだ、あの頃が一番楽しかったかもしれねぇな」

「お兄ちゃん…」





「……あいつが、萩が生きてたらな…」



お兄ちゃんの声が一層暗くなる。萩原さんは4年前の爆弾事件で殉職した刑事。お兄ちゃんの幼なじみで、親友だった。
わたしも小さい頃からよく知っていて、遊んでもらったことを思い出す。優しい、もう一人の兄のような存在だった。亡くなったとき、こんなに辛いことってこれ以上にないんじゃないかってぐらい悲しくて苦しかったけど、それ以上に辛かったはずのお兄ちゃんは涙を堪えていた。
それからお兄ちゃんはその犯人を捕まえることに固執し、少し様子が変わってしまったような気がしていた。あまり詳しくは聞いていないが、今回の異動もそれと関係があったのかも。


「…瑠衣、お前に一つ言っとくことがある」

「なに?…あらたまってどうしたの?」




「俺になにかあったら…」




それがわたしの記憶している中で、兄との最期の会話だった。



◇◇◇◇






東京都某所




激しい音を立てて爆発している観覧車、パニックになって逃げ惑う人々。騒がしい周りの中で自分だけ取り残されたような感覚、わたしはその場に立ち尽くしていた。状況が何も飲み込めない。どうにかして身体を動かそうとしても手足が震え始め、燃え盛る観覧車をただ見ていることしかできなかった。

あの中にはお兄ちゃんが。それを、漠然と理解はできていた。

解体中の爆弾が爆発したことによって、私の大好きな兄は命を落とした。遺体も何もかも燃やし尽くし、わたしは最期に兄に会うことも叶わなかった。
まだ、犯人は捕まっていない。


わたしはどうしようもなく苦しくて悲しいことなんて、この世界にはありふれていることを知った。












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