「眠れる呪術は芽吹いてしまった」


父が、よくわかんないけど逃げた。

今私はなんか偉そうな部屋の怖そうなおじ──おにい──おじさんの前で座らされていて。
そんな私を取り囲む様に、背後に三人、入り口に五人、おじさんの周りにも二人と云う、絶対逃がさねーからなな配置で強面な黒服のお兄さんたちが立っていらっしゃる。
控えめに云って生存本能的な恐怖を感じる。
つまり怖い。

もう此れ確実にアレである。
"変な動きした瞬間にぶっ殺すぞ"的な威圧感をものすっごく感じる。
というかお兄さん達が手に持っているのがどっからどう見てもこう──拳銃、的な?なんかあれやそれやみたいなものに見えるんだけど一体。
銃刀法違反はいったい、どうなっているんだここは……。
てかマジで此処は何処。

「さて、其れじゃあ君についてなんだけどね」

朗々とした──一見、人当たりの良さそうな声音が耳に届く。
けれど、其れは結局声だけで、一ミリも笑ってなんかいない目を惘乎ぼんやりと見詰めて私はこう思うのだ。
此のおっさん、かなり性格悪そうだと。

「君に、仕事を一つ頼みたいんだ」

にっこり笑う顔と、後ろから聴こえるカチャリ、、、、と云う音。
其れをじっと聴きながら、拒否権なんてないんだろうなあと遠い目になった。


──話は戻るが父がやらかして逃げた。
何を如何やらかしたのかは未だに知らない儘だが、割とかなりとんでもない事案を巻き起こして其の儘逃走したらしい。
一人娘に何も告げずに、自分だけ。
もうあれだ、マジで屑。

何も知らない私は普通に登校して普通に下校する途中に、漫画みたいな感じで黒塗り高級車に連れ込まれたのである。
マジで殺されると思った。
否今も殺されると思ってるけど。

そうしてガクブルし乍らなんだか見覚えのあるビルに入らされて。
其の壗なんか莫迦みたいに広い部屋に通されて"お前の父ちゃんの失態、如何落とし前つけんだ??お??"みたいな会話をされたわけである。
否、んなの知らねーよ……。

そうして、今。

「………子守り、ですか?」
「そう。中々に問題、、のある子でね。外に出してあげられないし、余り人と接触させることも出来ないんだ。でも誰とも接していないと情緒が育たないだろう?」

其の問題、、とやらがはちゃめちゃに気になるところではあるけども。
否違うわ全体的に気になるワードありすぎだわ。
なんだよ外に出せないって。人と接触させられないって。
情緒が育たないと危ぶまれるほど軟禁してるってこと?やばくね??

「それで、君さえ佳かったら、"彼"の相手をしてあげてくれないかなあとね。別に、簡単で構わないんだよ。同じ部屋で、、、、、彼と会話、、、、して、、くれる、、、だけ、、佳い、、
「…………」
「ね? 如何かな」

やだもうキナ臭い。

そうは思っても、拒否なんて出来ないであろうこの案件。
回りのお兄さんたちの"オラ早く返答しろよ"と云う圧力をひしひしと感じながら、私はなんかもう恐怖が一周して逆に冷静な頭の壗、こう答えるのである。

「──承りますので、一回家にもの取りに帰っても佳いですか」

取り敢えず、其の時に遺書っぽいものも書いとこう。
なお内容は、父への怨み言である。
次会えたらぶん殴ってやる。




やや面白がる様な対応で無事OKを貰って、私は目当てのものを持ってまた此の場所に戻ってきた。

ちなみに云うと遺書は書きたかったけど、残念なことに書く時間を貰えなかったので、取り敢えず鬱憤を晴らすべく父親愛用のワイングラスと一番大事にしてた葡萄酒ワインを父親の部屋で割っておいた。
こう、重点的に部屋を汚す感じで。
きっと静かに染みになっている頃だろう。ざまあ。

そういや其の時、着いてきた黒服のお兄さんの内の一人である帽子を被った人がなんだか異様に反応してたけど、もしかして葡萄酒ワイン好きだったんだろうか。
あげた方がよかったのかな。
まあ知らんけど。

ついでに戻る道中、別に目隠しとかはされなかったので外の景色を注意深く見ていたら、此の場所がヨコハマの中央街に或る一番大きいビルであることが判明した。

否もう吃驚である。
あんなに目立つ場所でみんな普通に拳銃所持してるのかよ。
普通に怖いわ。

そうして私の存在はビルの皆さんはもう周知のものであるっぽくって。
黒服の人たちに囲まれながらビルに入った時の物思わしげな視線がちょっとなんだかな、と云う感じだ。
だってそんな"可哀想に"みたいな顔されても、其れで、たすけて呉れないんだったら幾ら同情してくれようが共犯みたいなもんだろう。
寧ろ其れが免罪符になると思ったら大間違いだと、云うもので。

ぎゅっと家からとってきた物を腕に抱き込んで。
私は背中を押される壗、どんどん地下深くへと潜っていく。
如何やら、件の子は地下に幽閉されているらしい。
マジで怖い。

ゴゥン、と音を立ててエレベーターは降下していく。
此のエレベーターと云うのが此れまた広くて、何なら20人くらいなら入れるんじゃないかな、ってレベルだ。
こんなに広いエレベーター初めて乗った。
何か、大きなものでも運ぶ時に使うのかもしれない。

「降りろ」

そう、惘乎ぼんやりしていたら。
ややぶっきら棒に声を掛けられて、其の儘返事はせずに素直に従った。
此処で抵抗したってなんの意味もない処か、下手をすれば此の場で殺されかねないのだ。
真実ほんとうにもう、うんざりである。

薄暗い地下の道を導かれる儘に歩いて往く。
多分だけど、此処は此の建物の最下層なんだろう。
だって、さっき一番下のランプが点灯していた。

少し底冷えして、肌寒い。
こんな処に閉じ込められて居る子は、一体何をしてしまったんだろうかと、ただ疑問に思うばかりだ。

暫く歩いたと思ったら、重たそうな扉が開けられていく。
歩く道中、処々天井に監視カメラの様なものが取り付けられていて、まるで生き物みたいに私の歩調に合わせて動くのがほんの少しだけ興味をそそった。

「──おい、女」

すると不意に今の今まで私の前を歩いていた帽子の人に、そう声を掛けられる。
其れに思わず視線を上げたら、其の人は私の返事を待つことなくこう言葉を続けていくのだ。

「情けをひとつ呉れてやる。此の先に居る餓鬼には指一本、、、触れるな、、、、。……お前が、死にたくなければな」
「……それは…、」

──如何いうこと?
然し、そんな疑問を云い終わる前に、其の人は重たい扉に手を掛けてしまう。
ギィ、と云う錆た音と共に扉は開いて、其の人も、そして私も押される儘其処に入っていくしかない。

そうして、目の前の光景に瞬いた。

其処は、豪勢な部屋だった、、、、、、、、
此の地下には似つかわしくないにも程がある、絢爛豪華とも云える飾りの施された部屋。

今の今まで通ってきた道とは違い、床は大理石らしいツートンカラーの菱形ひしがたが敷き詰められていて。
壁は青地に金の高級感漂う壁紙が張られ、艶々とした光沢の黒い家具が上品に鎮座している。
其の部屋の、私が立つ場所から真正面の壁側の、中央に在る天蓋付きのベッド。
天井からぶら下がる円形のフックから、透明の柔らかそうなレースが幾重にも重なって垂れ下がっている。
部屋の中で唯一の白に、まるでお姫様が眠って居そうだなんて、単純な連想をしてしまった。

一見すれば、上品に、そして大切に作り上げられた素敵なお部屋。
だけれど、ひとつの場違い、、、なものによって、それらの素敵な雰囲気は全てぶち、、され、、てい、、るの、、

其れは、重々しい牢であった。
鉄格子と云うのだろうか、黒く細い柱は色合いだけ見れば確かに其の部屋の色相と合っていた。
否、合っては、、、、いる、、けれど、、、

合う合わないの問題ではなく、何故、そん、、なもの、、、が此の部屋を区切、、って、、居る、、のか、、──。
其れが、何よりも問題なのだ。

「……………」

思わず、絶句する私に。
然し、場の静寂を壊すように、ガチャン、、、、と云う音が、静かな空間に鳴り響いた。

其れに思わず目を向ければ、ひとりでに牢が空いていて。
音もなく青く光る其の点滅に、私は惘乎ぼんやりと、此の鉄格子が電子施錠システムロック式である事を理解した。
だって牢屋に、鍵らしい鍵穴が見当たらない。

「──。新しい"友達"だ」

帽子の人が、そう中に居るらしい"Q"に声を掛けた。
其のあんまりな呼び名に、略称なのかなと思わず考える。
九なのか旧なのか、はたまた本当にQなのかは詳しくは判らないけど、どれにしたって素っ気ない。

Qと呼ばれた人影は、ベッドの中からむくりと其の華奢な身体を起こして。
そうして、ゆっくりとこちらを振り返る。

中央で色の別れた、白黒ツートンの髪色。
真っ黒である筈なのに、何処か不安定な目の虹彩。
それらがゆらりと揺れながら、牢の前で立ち竦む私の事を射抜いた。

「……女の子だ。お姉さん、いくつ?」

こてんと首を傾げて問いかける姿は、幼くて、あどけない。
けれど何処か不穏な雰囲気を秘めるそれに、私は少々気圧されながらもこう言葉を返す。

「……18歳」
「えーっと、高校生?」
「そう、高校3年生」
「ふぅん。後少しで卒業なのに、こん、、なと、、こに、、きて、、可哀想にね」

──こんなとこ、とは。
誰も彼もがきちんとした説明をしないことに戸惑いを覚えながらも、「入れ」と背後から背中を押されて、渋々牢の中に足を踏み入れる。

私が潜り抜けた直後に、一人でに牢はまた閉じて、ガチャンと施錠が行われた音がした。
其れに閉じ込められたなあと思いつつ、腕に抱き込んだものの感触を確かめながら、私はどうしたものかと途方に呉れる。

前後からの視線が痛い。
誰も彼もが私の行動を監視していて。
其のチクチクする視線を振り払うように、私はベッドに向かい合う様に置かれていた一人掛けのソファーの方に歩いて往く。
そして悩んだ後に、Qに、こう声を掛けた。

「此処、座って佳い?」
「佳いよ、お姉さんの好きにすればいい」
「……ありがとう」

好意的な声。
好意的な言葉。
だけれども、如何にも空っぽなんだよなあと思いながら、私は荷物を膝に置いてまた口を開いて往く。
Qは、そんな私を面白がるようにベッドで寝転がりながらこちらを見詰めている。

私は其れを一度見遣った後に、黒々としたソファーに腰かけた。
重厚な質感の後、ほんの少し、腰が沈む。

「私、貴方の子守りをしろと、云われて此処に来たの」
「うん、新しい"友達"が来るって聞いてるよ」
「……だけど、私一人っ子で、年下の子と接したことがないのね」
「ふぅん、そうなんだ」

──なんだろう、壁に喋ってる気分になってきた。
一応会話が成立している様に思えるんだけど、如何にも噛み合わないと云うか、すり抜けていると云うか。
余りに目の前の子供が、Qが空虚すぎて、虚しいのだ。
だってほら、此の子、何も瞳に映していない。

「貴方の情緒教育をして欲しいと、私を此処に連れて来た人は云っていたよ」
「じょうちょ。じょうちょって、なぁに?」
「……例えば、何かに触れたり喋ったりして、嬉しいとか悲しいとか、物事によって引き起こされる様々な感情のこと、かな」
「ふぅん。じょうちょ。僕には要らないものじゃない?」
「……まあ、取り合えず。貴方に情緒を学んでほしいんだって」

──此れは確かに、重症かもしれない。
目線は確かに此方を向いてはいるけど、物事の内容に興味を示していない。
此の子は真実ほんとうに、感情と云うものに興味を示していないのかもしれないと、厭に現実的に感じさせてくる。
此れは、如何すればいいんだろう。

「……でも私も、情緒教育ってよくわからなくて」

ごそりと荷物を開けば、牢の向こう側に居るお兄さんたちの視線が私の手元に来たのが判った。
きっと、変な動きを見せたら其の瞬間に殺されるんだろうなあ、と。
思う訳で、なので特に勿体付けることもなく"中身"を取り出して膝に置く。

「──本?」
「そう、絵本、、

本の表紙をQに見せつける様にして、膝の上に立てて置く。
其の縁を指先で撫でながら、私はやや草臥れた質感の此の本を、ぱらりと開いた。

私が一番読んできた本。
一言一句、此れなら間違いなく云える。

「此れから、朗読会をしてあげる」
「ふーん。途中で寝ちゃうかも」
「じゃあ子守歌代わりにでもして呉れればいいよ。取り合えず、"情緒教育した"ってことに、私はしたいの」

ちらりと帽子のお兄さんを見ながら、そう云ってみる。
お兄さんは私の事を無言の儘見詰めるばかりで、何も云わない。
──と云うことは、此れが正解、、で佳いんだろう。

Qは、一応は聞く態勢を取って呉れるみたいで。
分厚い枕を取り寄せたと思ったら、其処に顎を乗せて此方に視線を向けて呉れる。
私はそれに一応だけど安心しながら、まずは一ページ目をぺらりと開いた。
そうして、ゆっくりと口を開く。


「それじゃあお話するね。──"ごんぎつね"」

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