睫毛が絡め取った星のラメ
此処は、梶井部隊に与えらえた部屋の一室。
そこで、私は熱に浮かされた様にほう、とひとつ溜息を吐いた。
「うわあ。どう思いますか梶井さん」
「かんっぜんにアウトだね。なんという間の悪さだ」
「な、なんだよ……つーかなんで此奴こんなに赤ェんだ?」
「……………」
──きらきらしてる。
まるで、星粒のお砂糖を振りまいたみたいに、頭の天辺からつま先まで、全部が全部きらきらしてる。
其の声を少し聴くだけで、擽られたような心地になってしまって。
其の視線が私に向いていることがとてもとても恥ずかしくって、ぱっと斜め下に視線をずらしてしまう。
恥ずかしい──だけど、視界には、入れたくて。
「山田。今の心情は?」
「否だからなんだよ此れは」
「中原幹部、少々その場でお待ちください」
「は?」
耳が、ぼわぼわする。
まるで発熱した時みたいに熱い頬っぺたを冷ましたくて、両手で包む様に触れるんだけど。
負けず劣らず手のひらも熱くって、更に逆上せてしまいそうな心地だ。
──いまの、しんじょう。
梶井さんから投げ掛けられた言葉を噛み砕くように、唇をまごつかせて。
そうして、すすす、と目の前から逃げる様に、梶井さんの傍へと移動した。
「は、」
「は?」
「は、はず、はずかしい、です」
そう云って、あの人の──中原幹部の視線が自分に向いていることに耐えられなくて、梶井さんの背中に躰を縮こませて隠れてしまう。
やばい、やばい、やばい。なんかもう、胸の鼓動が早くて、躰が熱くて、溶けて消えてしまいそうだ。
「其れで? 中原クンは何しに来たんだい」
私から興味を外したらしい梶井さんが、入り口で呆然と立ったままの中原幹部にそう声を掛けた。
一寸戸惑ってる気配が伝わって、其の気配だけでも、蕩けてしまいそうだ。
「えっあ、あぁ……。バフ掛けして貰いに来たんだが……」
「ふむ。──ほら、山田。君の仕事だ。いつも通りにこなし給え」
「……! む、むりっ無理ですよぅ……!」
──バフ掛け。
先も云った通りに、私の異能。
私は梶井部隊の人間だけど、基本的に非戦闘員だから、いつも本部に居て。
だけどそんな私の異能目当てで、割と佳く、人が訪れてきて。
だからあの人──中原幹部も、其の常連さんの、ひとりで。
でも、いま?
今のさっきの、ほんと今?
「アー……なんか、取込み中か? 何だったら、今日は止めとくが」
「否、こっちも検証があるからね。未だ帰らないで貰えるとありがたい」
「検証?」
訝し気な声が届いて、いつもなら"機嫌悪そうだな怖いな〜〜"くらいしか思わないのに、なんかもう頭の中が可笑し過ぎて"アンニュイな声もカッコイイ"に脳内変換されている。
やばい。マジでヤバい。思考の切り替わりが刳い。
昨日までそんなこと思ってなかったじゃん!
なんてことを思っていたら、ぐい、と強く腕を引っ張られた。
誰にって、伊井田さんに。
「ひょわっばっちょっやだ止めてくださいよ押し出さないで下さいようぅ!」
「山田さん、今貴方仮にも先輩に向かって"莫迦"と云い掛けませんでしたか?」
「うぇぇぇん云ってないですうぅぅ!」
一向に梶井さんの背中から出ていこうとしない私に痺れを切らしてか、伊井田さんがほぼ力業で私の事を引き摺り出してきた。
どんなに踏ん張って抵抗しても、そもそも私は超インドアな人間なのだ。
力で勝てるわけがない。
結局ずるずると引き摺られて、あの人──中原幹部の目の前に、押し出されてしまった。
ぶわりと、顔にたまる熱が異常だ。
「……」
「……」
「……よォ」
「ひえっ」
「ひ……? お前マジで如何した?」
ひ、とかつられて云っちゃう中原幹部可愛い──とか流れる様に思ってしまう自分の思考回路が怖い。
なんかもう鼓動と云う名のビートがヤバい事なっていて、確か心臓と云うものは一生の内に打つ回数が決まってるはずだから今もの凄い勢いで寿命を削ってるんだろうなあと現実逃避を始めてしまう。
でも現実逃避しきれない。
だって、目の前の人から意識が離せない。
「あー……。いいか? やって貰っても」
「…………、…………はい」
何処か居心地悪そうな中原幹部が、そう云って右手を私の前に差し出しきた。
いつも通りの──手袋を外した手。
其れに、ごくりと喉を鳴らしながら、消え入りそうな声を絞り出して、私はおっかな吃驚と云った様子で恐々と手を差し出していく。
私の異能は、肌で触れている状態で掛ける方がより佳く掛かるのだ。
だから基本、握手をしながら異能を使用していて。
だから、これも、いつもと同じはずで。
いつも──いつも、如何握ってたんだっけ。
「お、お手を拝借いたします……!」
「お、おう」
ぷるぷると震える手のひらで、差し伸べられた中原幹部の手を、そっと握った。
そうして、触れた瞬間に、ぎゅっと心臓が引き締まる。
──うお、うわああああああああああ私のよりも皮膚が厚くてしっかりしてるぅぅぅ!
いつもは気にならなかったのに、なんだか、無性に手の質感とか、感触とか、体温とかが気になってしまう。
ちょっと硬くて、でもさらっとしてて、私の手よりも大きくて、温かくって。
なんか、なんかもう、うわ、うわわわわ、と慌てに慌てふためく思考の儘、変に力が入って強張った唇をぱかりと開いた。
──そうだ、わたしは、今から異能をかけなきゃいけないのだ。
「い、いきます──『夜明けの晩に』」
きゅっと握った手のひらに、ほんの少しだけ力を込めて。
のろのろと、視線を持ち上げて──こっちを見詰める中原幹部に、ぴく、とまた小さく身体が跳ねた。
──でも駄目だがんばれ役目を果たすんだ自分、頑張って私!!
ああんでも駄目やっぱ格好いい〜〜〜〜!!!
「め、め、眼が──素敵です!」
「おう」
舌に力を乗せて、ついでに心も込めて、言葉を呟く。
すると舌先が熱くなって、其の儘まるで何かを受け入れる様に中原幹部が瞬きをした。
うわぁ睫毛の量多い!
「み、耳も、 耳も綺麗な形で、声も格好いいです。腕も力持ちで凄いです。肩もすらっとしててシルエットが綺麗あと、腰の位置も高いし、足も凄く鍛えられてて恰好よくって、あと、あと──」
「〜〜〜〜待て、一寸待て!」
褒めても褒めても魅力が止まらない!
だから思いの丈を其の儘舌に乗せて、此処も、あ、此処も!って賛美していたら。
何やら、顔を紅潮させた中原幹部が慌てたように声を上げていて。
──其の顔も、一寸可愛くって、素敵。
「お、おま──おま、ど、如何したっ」
「中原幹部恰好佳いです。素敵です」
「いつもそんなンじゃねぇだろ! もっとこう、淡々と作業的にやるだろ!?」
「喉の形が綺麗です。唇も素敵、ずっと見てたいです……」
「本気で如何した???!」
──戸惑ってる中原幹部、可愛いなぁ。
其ううっとり思っていれば、後ろから、ぐいと引っ張られた。
「あっ」
「もう検証はいいんじゃないでしょうか」
「そうだね。其れは回収して状態確認と往こう。上にも報告せねば」
「否、だから此れは何なんだよ!」
引っ張られて、するりと手が解けてしまった。
ちょっと寂しい。まだ触っていたかった。
それでも、視線は中原幹部に釘付けで。
ぽーーっと熱に浮かされた心地で中原幹部を見詰めてしまう。
蚊帳の外過ぎて段々と不機嫌になってきてる。
意外と心に素直なんだな。
そんな処も可愛い。素敵。
「一寸、拷問死した捕虜の異能に引っかかってしまいましてね」
「は? 異能?」
「彼女は絶賛、貴方に恋してる最中なのですよ」
「───は?」
ぽかんとした眸が、此方に向いて、思わず頬がとろりとほぐれた。
吃驚した顔、可愛い。眼が大きい。可愛い。
今までしっかり見たことなかったけど、中原幹部って、凄く綺麗な顔している。
「はい、山田さん往きますよ〜〜」
「はぁい」
「前見ないと転びますよ。貴方鈍くさいんですから」
「はぁい」
伊井田さんに引っ張られて、奥の方──多分、実験室の方に連れてかれる。
何するんだろう。そうは思っても、視線はやっぱり、中原幹部に釘づけた。
だって、綺麗。
きらきらしてる。
ああ、もっと傍に居れたらいいのに。
ぱたんと扉が閉まるまで。
中原幹部の視線は、私に向けられたままだった。
ああもう、凄く幸せ!
躰にぺたぺたと電極を貼られて。
そうして其の儘、ピ、と一定のリズムで音を鳴らす自分の心電図音を惘乎と聴く。
だけど頭の中は、さっきの中原幹部のことでいっぱいだ。
ああ、今頃何してるんだろう。
「──却説。其れでは質問を開始するよ。嘘偽りなく今から問いかける質問に答え給え。先ず、名前は?」
「山田真智ですぅ……」
「ふむ。次、年齢」
「19です……」
頭がぼうっとする。
何と云うか、熱っぽい。
すると脇からピピピ、という機械音が聴こえて。
なんだろう?と疑問に思う前に、伊井田さんによっていつの間にか脇に突っ込まれていたらしい何かを引き抜かれた。
因みに、マジでなんの遠慮もない。
「37.3度です」
「平熱より若干高いな。"体温の上昇を確認"」
でも、今更だし。
マフィアに──特に梶井部隊に置いて、人権なんてないもんね、と思って。
亦頭は中原幹部のことでいっぱいになる。
次はいつ会えるんだろう。
「山田、君から見て中原クンは如何映った?」
「どう……。なんかぁ、きらきらしてました。髪の毛も、顔もぅ。眸なんかほんと、宝石みたいでぇ……。うふふ、綺麗だったなあ」
「今までも彼を見て"綺麗"だと感じていたのかい?」
「いいえ? なんで今までは気にならなかったんだろう……。あんなに素敵なのに……」
「"視覚への影響及び、個体印象への影響を確認"。彼の中で一番"素敵"だと思った部位は?」
「ぶい……。え〜〜やっぱり眸ですかねぇ。見た瞬間に、胸がきゅ〜〜ってなりました」
「ふむ。眸か」
カリカリと、何事かを診療録に書き込む音がする。
別に梶井さんは医者ではないけれど、意外や意外、割とまめに部下の記録を取っているのだ。
曰くは、"いつ何時予想の付かない事態に出会えるかわからない"とかなんとか。
つまりはbeforeがわかってないとafterの検証がしにくいという事だろう。
梶井さんの診療録帳には、私含めて梶井さんの全ての部下の身体記録がまとめらている。
生年月日から血液型、身長体重までプライバシー無視してばっちりだ。
「心拍数も常時より少し早いな。"心拍数への影響を確認"。此れだけ見れば只の発熱による不調の様にも見えるが……視覚の影響から考えても、只の発熱ではなく矢張り異能の影響だね。5足す6足す1足す4足す2引く12は?」
「えっえぇっと……ろ、6……? あ、掛け算とかは紙とペン下さい。私の知能的に同じ様なのは無理です」
なんせこちとら高校に云ってない上、中学だって真面目に勉学なんぞに励んでなかった。
否簡単なのは出来るけど、この人の簡単と私の簡単の概念にはエベレスト級の隔たりがあるのである。
莫迦の知能指数の低さを舐めないで欲しい。
こちとら二桁の掛け算を見た瞬間に電卓を用意する女だぞ。
「英語は──抑々出来なかったね。では昨日の昼は何を食べた?」
「先輩たちと一緒にラーメン食べました。豚骨ラーメン。美味しかったです」
「伊井田」
「食べてました」
「ふむ。"記憶に影響はなし"」
──なんか一寸冷静になってきた気がする。
頭の熱っぽさも少し落ち着いてきたと云うか、先刻までバクバク云ってた心臓も落ち着いてきたと云うか。
と云うか記憶の確認軽くね?
「……梶井さん、なんか大丈夫になって来たかもです。もっかい体温測りたいです」
「そうか。……確かに心拍数が落ち着いているな。常時に近い。伊井田」
「はい此れ脇に挟んで」
「はぁい」
差し出された体温計を受け取って、さっきと同じ左脇に挟む。
少しひやっとするのが不快だが、まあ、直ぐ気にならなくなるだろう。
するとそんな心配無用とでも云う様に、体温計は数秒でピピピ、と音を張り上げた。
ううん、凄く早い。
「えっと、あ、36.8度です!」
「マイナス0.5度。数分しか経っていない上、空調などの変化もない状態で此の変動は異常だね。"異能発動時に体温の変動を確認"。現在の思考はどんな感じだい? 何となくの感想で佳い」
なんとなく、と口遊み乍ら、特に意味はないけどわきわきと手を動かす。
あれだ、さっきよりもすっきりしているかもしれない。
「なんというか、クリアです。さっきは一寸、ぼうっとすると云うか、熱っぽい感じがしました」
「発熱時の様な?」
「はい。風邪の引き始めに近い感覚です」
「ふむ。気障っぽく云えば"恋の微熱"と云う奴なのかねえ」
「うっへなに其れ面白いっすね!」
恋の微熱とか草生えそう。
なんて事を思いながらむふむふ笑っていたら、何故だか梶井さんと伊井田さんが身体に貼りつけられた電極を剥がし始めた。
何其の一寸呆れ気味な顔。
と云うか待って待って。
服の下は自分で剥がします!
「山田、次に中原クンに遭った時は眸は見ない様に」
「んえ? 何でですか」
「未だ確証はないが、眼が合うことが異能発動キーである可能性が高い」
「マジっすか」
最後に何事かを書いた後、梶井さんは其れを診療録帳へと纏めた。
如何やら、検査は終わったみたい。
「まあ、あくまで予想だがね。なので君は次中原クンと遭遇した際には報告をする様に。異能の効果も対象から離れればおおよそ10分程で切れるようだし、精神異常も見られはしたが知能指数が落ちるだけで危惧する程ではなかった。経過観察は必要だが、其処まで問題視するものでもないだろう。なんせ君は基本インドアの事務員だ」
「梶井さんすげえお医者さんっぽいっすね!」
正直只でさえ低い知能指数落ちるとか危なくね?と思ったけど、まぁ梶井さんが大丈夫と云うなら大丈夫なんだろう。
正直めちゃくちゃ不安だけど。
でもメンヘラとかラリパッパにならなくてよかった。
「では、私は此れを纏めた後に首領に報告に往く。お前たちは通常業務に戻り給え」
「はぁい! 了解ですー」
「はい」
そう云って、各自バラバラに歩いて行く。
梶井部隊は、基本的に個人主義者の集いなのである。
まあ、でも性質は皆似てるから、何か面白いものとか珍しい検体が来ると、集めてもないのに大集合してあれやこれや討論しだすんだけど。
皆、かなりの理系だから。
──まあ、其れは私には関係ないことで。
私は私のお仕事に赴くわけだ。
取り合えず、中原幹部には会わない方向性で行かないと。
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