宝石なんておもちゃだから

マフィアの中でも、上下関係──否、職種差別は存在する。
と云うか、むしろマフィアだからこそ、そこら辺がゴリゴリに明確だ。

基本的に"外"への仕事をする人の方が評価が高く出世しやすく、"中"で仕事をこなす人間は評価が低く出世しにくい。
一応は"金庫番"等の管理職へのポストはあるのだけれど、其れは結局女房役──もしくは番頭役扱いだ。

詰まりは、右腕になれたとしても"頭"になる可能性は限りなくゼロ。と云うか無い。天地がひっくり返ってもあり得ない。
争い事を避けて安全地帯に居た人間がトップになんてしゃしゃり出ようものなら、出た瞬間に撃ち殺されるのが此のマフィアの世界だ。

だから、自らマフィアに入る人間はみんな"外"の仕事を希望する。
其れこそ、望んで"中"の仕事を希望するのは私みたいな"スカウト組"だ。

「山田さん、此の資料をまとめ直しておいてください。亦、帳簿に違和感がある。資料のまとめが終わったら、五年前から今に掛けての武器費を確認し直し、金額の跳ね上がりがある箇所をまとめてください。関わった人間のリストも忘れずに。期限は今週末までに。つまり明後日までにお願いします」
「はぁい」 

そんでもって、同じく色々な事情の末に此処に流れ着いたと云う伊井田さんも同じようなポジションで。
否むしろ私とは違い、異能を持たず其の頭脳だけで此処までゴリゴリのし上がってきた彼こそ、"次期金庫番候補"と噂される有能っぷりを示している。
詰まりは、彼の仕事は中々に抜け目がなく、えぐい。

直感と観察眼が優れている上に頭の出来も大層よく、こうやって不正、、を簡単に見抜いてしまう。
私が見ても違和感なんて覚えない数字の羅列を横目に、ざっと資料に目を通しながら何処を如何したら内容が判りやすくなるだろうかと頭を悩ませる。
お育ちが宜しくない人間が多いポート・マフィアは、簡単な資料や報告書でさえも手直しが必要になる場合がある。
例えば其れは、今此の手の中にあるものみたいに。

消える赤ペンと青ペンを使い乍ら添削をして不要個所を削っていけば。
ふと、思い出したと云う様に伊井田さんがこう言葉を漏らした。

「嗚呼、そうだ。若しかしたら貴方、今後出番が増えるかもしれませんよ」
「出番ですか?」
「ええ。つい此間、奇特な異能者が組織に入ったそうです」
「へえ〜」
「なんでも18歳。現役女子高生」
「うっわ! 人生棒に振りましたね其の子。可哀想に」

マフィアなんてのっぴきならない事情でも持たない限りはなるものではない。
特に18だなんて、まだまだ人生此れからの時期じゃないか。
否まあ、私は其の一つ上の19歳なんだけど。

「前に騒動あったでしょう。"麻薬密売事件"。アレの主犯の娘ですよ」
「あ、あーあの。捜査打ち切りになったなと思ってたら、そう云う事ですか。へぇ、娘さん異能者だったんだ。可哀想に」
「貴方そればっかりですねぇ」

──だぁって、未成年の異能力者だなんて飼い殺しコース一直線じゃないか。
なんてことは勿論口には出さないけれど、其の心情は残念な事にうっかり、、、、表情に出ていたようで。
何を今更とでも云う様に鼻でふっと笑った伊井田さんは、此処からが本題と云う様にほんの少し口調を細めてこう告げる。
私たちは互いが互いに無害であるから、意外と噂話を交換し合うのだ。

「其の娘、なんとまぁ、あの、、Qの教育係になったそうなんです」
「えっ。なんですか其の子、もしかして念願の無効化系?」
「いえ、噂によると精神操作系」
「……えっ呪いには呪いをぶつける感じですか?」
「さぁ。私も所詮噂でしか知らないので……。ただ、Qの能力の影響内であるのは確かなようですね」
「…………あーなるほど。だから、、、私ですか」

スー、と不要部分に赤で線を引いていく。
最初こそ戸惑った此の作業も、今では楽々こなせる様になってきた。
人間誰しも、慣れていく生き物である。

「私の出番とやらは、其の子のバックアップですね」
「恐らくは。まだまだ未解明な部分が多い娘の異能とQの教育を同時に行う心算でしょう」
「首領の事だから面白がってる気もしますけど。あのお人、結構好きですよね、けったいな化学反応」
「こら。トップに対して"けったい"なんて言葉を使うもんじゃありませんよ」
「はぁい。すみません」

──年若い娘にあんな、、、異能を当てるだなんて。
マフィアって真実ほんとうに酷い世界だな、と思いつつも恐らく長生きできない年下の女の子を想う。

恐らく異能力者でなければ、とっくに殺されていたであろう其の少女。
異能によって生かされたとしても父親のしでかした行いはあまりに重い。
確か組織が承認してないヤバいタイプの麻薬売りさばいて儲けだして更に麻薬でラリった人間売りさばいてたとか聞いたぞ。
何を如何したらそんな悪鬼みたいな行動に出れるのか疑問が尽きないが、まあ、そこんとこは如何でもいい。

きっと其の子は異能によって生かされて、異能によって殺されるんだろうと他人事のようにそう思った。
自分だって、其の該当者では、あるけれど。
でも、自分で来た分其の子よりはましだ。

──がんばれー。トチ狂うか開き直るか頭使うかしないと、直ぐ死んじゃうぞぉ。
なんてことは、きっと本人に直接告げることはまずないけれど。
其の内否応なしに関わり合うことになる其の子に、会うまでは生き残ってるといいなあと、やっぱり他人事の様に思うのだ。




──さて、そんな私ではあるが。
今現在、大変困った状況になって居た。

手の中には、梶井さん依頼の資料と伊井田さん依頼の資料。
内容はちゃんと確認したしOKサインもきちんと貰った。不備はない。

私の仕事は、資料や契約書に報告書、あと帳簿なんかを作成したりまとめたりする感じのものが多い。
ポート・マフィアは前にも述べた通り脳筋が多いので、デスクワーク?なにそれ?ってタイプの人間が頗る多いのだ。
だから結果的に組織内でも事務作業を受け持つ人間と云うのは限定されていって、そういうタイプの人間は割と引き抜いたり引き抜かれたりもする。
真実ほんとうは遺恨が生まれるから、本人の希望がない限りは駄目なんだけど。
けど然し、割と秘密裏に本人に希望を出させて、、、、移動させる人も、中にはいるらしくって。

そんでもって、現在進行形で今私は粉を掛けられていた。
まさかの私に。伊井田さんではなく、まさかの私が。

「いやはや、君の活躍は知っているよ。知っているとも。有能な異能力者でありながら、慎み深く裏方に徹する。素晴らしい! 大和撫子と云う言葉は正に君の為にある言葉だね」
「えぇと、んー、ふふふ……」
「私は君をとても買っているんだ。梶井は有能だが変人だ。あんな人間の下に居ても君が評価されることはないだろう? それは実に勿体ない。何故なら、君の才能はもっと輝かせるべきものだからだ」
「あはは……」

──まず第一に、私が優れた事務員であるかと云われれば、それはNOだ。
私が何とかやれているのは、一重に伊井田さんの指示がべらぼうに上手いからである。
あの人はわかんないとこがわかんないタイプの人間に判らせることが出来るタイプの頭の良い人なので、右も左も判らなかった私に懇切丁寧に書類の捌き方からエクセルの遣い方まで教え込んで此処まで何とか使える様にしてくれたのだ。

詰まりは、私が出来ると云うのは全てきちんと教えて貰えたから。
全て伊井田さんの尽力のお陰だ。
なのに、だと云うのにそんな私が大和撫子とか、有能だとか。
と云うか大和撫子の意味わかってんのか此奴。
マジで何云ってんだろう。

なんて白けた心情で吐き捨てるも、然し残念な事に其れを表に出すことはできないのだ。
目の前の男──ポート・マフィアの幹部である、通称"エース"。
金でのし上がったと専らの噂の、幹部様である。

其の本名は知らないし、知る予定もない。と云うかあんまり他人の個人情報には興味がない。
ただ其の能力がかなり人権無視のエゲつないタイプのであるのは知っている為、もう厄介な人に目ぇつけられたなあと云ううんざり感で心がいっぱいである。

マジで、なんで私に目を付けたんだろ。
異能力者だからだろうか。
きっとそうだな。

私としては早いとこ此の資料を梶井さんのとこに持って行かなきゃいけないのに、なのに此の人が中々会話を終わらせてくれない。
他人の部下であったとしても、一応幹部は幹部。私みたいな平構成員が立てついて佳い事はあるわけないし、何なら"失礼"を働いたとして処刑紛いのことだってあり得てしまう。
マフィアは、とんでもなく縦社会なのである。
そりゃもう、ゴリゴリのヤバいタイプの体育会系なのだ。

──あ゛〜〜マジで早くどっか往ってくれないかな〜〜。
目の前で飽きもせずに勧誘なんだかウンチクなんだか判らない会話を続ける私に、然し、ふいに救いの手が差し伸べられた。

「──随分と暇そうだな?」

聴こえた声音に、、、
私の身体は、自然と固まっていく。
いやだって、いや、いやいや、だってこの声。

ぱっと視線を下に向けて、先ずは其の、、跫元を確認する。
すらりと細くて、シュッとした脚。だけど其の下はかなりの筋肉ゴリゴリの、鍛えに鍛え抜かれた美脚の持ち主。
つまりは──なかはらかんぶさま。

──ひぃん。
主に知能指数的な意味で今現在もしかしたら一番会いたくなかったかもしれない人間の登場に、思わず瞳をぎゅっと閉じた。

だって、梶井さんは確か"目を見なきゃセーフ"みたいなことを云っていた。確か。そのはず。
こんな梶井さんも伊井田さんもその他の梶井部隊の皆さんも居ない場所で流石に知能指数が低くなって脇目もふらずに最高幹部にメロメロになってしまうのは、いやもうほんと、ちょっと無理。
最悪色目使ってると思われる可能性がある。

マフィアは色事なんざもめちゃくちゃ多いが、其れを遣るにはかなりの度胸と度量と綱渡りを渡り切れる危機管理能力がないとすぐに目を付けられて殺される。
そんでもって、知能指数が落ちても落ちなくても、私には其の度胸も度量もバランス力も、ない。
つまりは、誤解されたらかなりやばば。

「──ふん。君と違って暇ではないさ。私は彼女と会話を楽しんでいたのだ。まあ、育ちの粗末な君には出来ない芸当だろうがねぇ」
「へェ? 会話、、ねェ? お忘れかもしれないが、幹部直々の引き抜き行為はご法度、、、だ。規律を乱す行為は組織の和すら乱す。真逆、幹部サマともあろうお方が知らないわけはないよなァ? 嗚呼、実力外で席を買った、、、お方は知らなくても仕方ないか」
「……減らず口の多い男だ」

──うっわこっわ。
聴こえてくる嫌味と嫌味の応酬に、えぇ、幹部ってこんな公衆の面前でこんな風に喧嘩すんのかと一寸唖然とした。
いや此処今現在私たちしかいないけど。いやいやでもえっマジで。
売り言葉に買い言葉の応酬が中々に刳い。

と云うか私って今如何いうスタンスで此処に居ればいいんだろうか。
なんてことをやや現実逃避気味に思っていれば。
するりと、腕を掴まれて。

「え、」
「俺は此奴に用があンだ。悪いが連れていく」
「! 待ちたまえっマナーがなってないんじゃないのか!?」
「マナーも何もこんな道端でなンのアポイントもなしに引っかける方がなって、、、ない、、だろ、、
「……!」

──あ、此れは中原幹部の勝ちかもしれない。
なんてことを思える分には、確かに触れられても目を見ていなければ理性ははっきりしていて。
おおお、梶井さんてばやっぱりすっごい、と心の中で上司への株をぎゅんぎゅん上げながらも、されるが儘に腕を其の儘引っ張られていく。

と云うか結構力が強い。
流石ポート・マフィアきっての体術使い。
いや関係ないか。

忌々しそうに此方を睨むA幹部に、私の事まで恨まないで呉れると嬉しいなぁと思いつつ。
目的地とは真逆な方向に、私はドナドナされるわけなのである。

いや、助かったから善いんだけどね。




暫く歩いた後、もう完全にA幹部の存在がなくなった辺りで中原幹部はぱっと私の腕を放した。
そして其の儘こっちを振り返ってくるから、思わずやや過剰反射気味に俯いてしまう。

「……あー」
「助けてくださってありがとうございます! そしてすみません、中原幹部に触られても大丈夫なんですけど視線が合うのは多分アウトなんです」
「否、いい。大丈夫だ。聞いてる」

あんまりな態度を取っていると云うのにこの対応。
やっべ中原幹部ってもしかしてもしかしたら凄く善い人なんじゃねと気付き始めてしまった。
やべえ、マジでか。今まで切れやすい人って云う印象しかなかったよ。
気の遣える男感がほんと凄い。

「お前も厄介なもンに掛かったよなァ。なんだよ"恋の微熱"って」
「あ、名称其れで統一されたんですか」
「嗚呼。お嬢が大層はしゃいでたぞ」
「それはそれは……」

──あとで絶対絡まれそうだな。
あの華やかな小悪魔の笑顔を想像し乍ら、思わず苦笑いをしてしまう。
首領直々のスカウトで来た所為か、割と向こうからの扱いがラフなのだ。
詰まりは、気紛れで呼び出されては、遊び相手になる事なんてしょっちゅう。
まあ嫌われるよりは気に入られてる方が生存率も上がるしいっかー、と軽く受け止めているんだけれど。

「……まァ、あれだ。俺も目を合わせないように気を付けるから、ンな身構えんなよ」
「え、」
「確かにお前の掛かったのは厄介だが、永久的な異能なんざ存在しねェんだ。だから其れもいつか解ける。其れまでお前がどんなに可笑しくなっても、笑って流してやるから心配すンなよ」
「中原幹部……」

──え、如何しよう中原幹部マジでいいひと。
此処で下手に頭ぽんとかしてこない処が更にポイント高い。
わかってる。例えイケメンでも、親しくない異性から触れられるのはマジで何も嬉しくないと云う女の心理を此の人判ってらっしゃる。
そうなんすよスキンシップはある程度の好感度が必要なんですよ!今暴上がりしたけどね!!

ええ〜〜てか待って本気で株の上昇率が凄いんだけど……!!
此れは異能!?異能のせい??なんて内心あわあわする私を余所に、中原幹部の視線が私の手元の資料へと移る。

「其れは?」
「あっ、どちらも梶井さんに提出予定の資料です。先月の抗争時に使われた薬物の調査結果と其の入手ルートをまとめたものと、あと此方が爆弾に関する科学薬物混合配合割合調査表です」
「梶井の処はほんときっちりしてるよな……」

他の部隊に往ったことはないから他と比較することはないけれど、大体いつも似たようなことを云われるからそうなんだろう。
と云うか内容云っちゃったけど大丈夫かな……まぁ中原幹部なら大丈夫かなと思っていれば。
二つある内の片方──抗争薬物の方を、何故かするっと持っていかれて。

「えっあの、」
「此れは俺が梶井に頼ンだんだ。だから貰ってく」
「えーっと、一応梶井さんを通しておいた方が、」
「心配すんな。梶井には、道中お前を見つけたら資料貰ってくって了承済みだ」
「マジっすか」

もしかして梶井さんを通す時間も惜しいほど急いでいたのだろうか。
だとしたら、先刻のはかなりの時間ロスだったのでは、と思わず不安になれば。
そんな私の様子になにかを察したのか、中原幹部が笑った気配がした。

見つけたら、、、、、って云っただろ。只のついでの時間短縮だ。ンな気にするもんじゃねェよ。あと先刻の件は俺から梶井に伝えておく。亦かち合っても面倒だからな、お前は事務室の方に戻れ。別に其れ、急ぎの資料じゃねェンだろ?」
「はい。……何から何まで、ほんとすみません」
「ン。彼奴の場荒らし、、、、は上層部でも問題になってンだ。気にすんな」

如何しよう、マジで中原幹部が善い人過ぎて震えそう。
と云うか今まで気にも掛けて来なかった自分の目の節穴っぷりが凄い。
此の人マジでめちゃくちゃ気遣いの出きる佳い男だ。

「じゃあな」
「あ、ありがとうございました!」

最後にひらりと手を振って、其の儘もう振り返らずに歩いていってしまう。
もしかしたらあれかもしれない。下手に振り替えって目があったらとか気遣ってくれているのかもしれない。
違うかもしれないけど、今の今までの気の回し方からして、其の可能性が高すぎる。

──いや〜〜も〜〜マジか〜〜。
空いた手で、思わずぺたりと頬に手を当てた。
いや大丈夫。全然大丈夫。大丈夫なんだけど。

中原幹部、マジでかっけェよ。


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