花冠のディナーはお預けなのね

異能とは、其の実果てがあるものだ。

永久的なものはなく、半永久的なものもなく。
始まりがあれば終わりがある様に、一度発動した能力が発動者の手を離れた時点で、其れは始まると共に終わりに向かって作動していくものなのである。

──故に、今の此の現状、、は可笑しいのだ。

「めっちゃくちゃ変ですよね」
「何がですか?」
「異能ですよ〜。もう一月経つのにまだ解けない、、、、とか、可笑しくありません?」

ぐーっと伸びをしてそうぼやけば、「まぁ、確かに」と相槌がひとつ。
見遣れば粛清、、の後処理中の伊井田さんは、きゅっきゅと赤いマーカーで資料にチェックをつけていた。
多分流出した資金やら物資やらの回収のあれそれな奴だろう。

「週末の確認、、の度に、貴方見事に掛かってますからねぇ」
「そうなんすよ……。毎回見事にパッパラパーになってますよ……。恥の上塗りっすよ……。マジで人権が迷子……。あれもう遣るの厭なんですけど。なくなりません?」
「なくなりませんね。データが取れないでしょう」
「もう取んなくたっていいじゃないですかぁ……」

ぐったりとし乍らデスクに突っ伏せば、途端に「居眠りと見なしますよ」と叱責される。
伊井田さんは休憩は許しても業務中にうたた寝を許さないタイプの人である。
否まあ、そりゃそうか。

「……発動者の人って、もう死んでンじゃないですか」
「死んでますね。遺体も既に処分済みです」
「如何に持続性の高い異能であったとしても、自己じゃなくて他者に掛ける場合って、其の威力──ううん違うな、継続性は長くて普通一週間、ですよね?」
「平均的に、と云う話なので例外はありますが……そうですね」

突っ伏したら怒られたので今度は頬杖をついてみたら、ちらりと視線を投げられただけで注意はされなかった。
多分目が開いてることを確認出来るからセーフなんだろう。

「じゃあやっぱ可笑しいじゃないですか〜〜! 発動者死んでンだから持続性も継続性も普通更に半減しません? じわじわ効力無くしていくものじゃないンですか普通」
「繰り返しますが何事も例外と云う事はありますからね」
「つっら」

現在、毎週金曜日になる度に中原幹部のお時間を作って貰って、せっせと頭がパッパラパーになるアイコンタクトが行われているのである。
と云うのも、其れは今の会話の流れにあった通り、"普通"なら既に異能が解けていても可笑しくない頃だからで。

──詰まる処、異常なのだ。
本来ならあり得ない筈なのに、私は異能発動者が死んだにも関わらず、一ヶ月という長期間を継続して同じ異能に掛かり続けているのである。

「まあ、あり得ない訳ではないんですよ。事例だけで云えば、極めて希少ではあるものの発動者が死んだ後も異能が継続し続ける現象は確かに確認されていますから」
「……そういう時って、最終的には異能はちゃんと解けてるんですよね?」
最終的には、、、、、、ね」
「……うぇ〜〜」

──其れって解ける迄紆余編曲あるやつだ……。
そううんざりした心地で思い乍らも、一応と云った体でぽちぽちと指を動かしていく。
パソコン画面に映るのは知識皆無な為に私には何の意味かも解らない文字列と記号の並びで。
それらをパソコンに入っているソフトでなんか読み取ったり色々して整合性?やらなんやらを確かめてるのだ。
マジで私じゃなくても出来る作業だけど、此れは理解しちゃいけないものらしいから理解できる頭をしてない私が遣らされていると云う訳である。

まあお察し、此のデータは檸檬爆弾の中身のあれそれな一部と云うやつだ。
詰まる処、何処かに情報が洩れたら真っ先に私が疑われるんだけど。
でも洩らそうにもマジで中身が理解出来ないから洩らしようがないと云うか、仮に尋問されても受け答えすら出来るかわからない。
──とまあ、そんなのは別にどうだってよくて。

「マジで異能の効果を無くせる異能とかありませんかね……」
「ありますよ」
「ですよね……そんな都合の善い異能………、……………、…………えっ」

──えっ?今なんて?

思わずぱっと伊井田さんを見ても、伊井田さんの視線はいつもの如くパソコンに向いていて。
否そんな重要な事を云う時くらいもう一寸私に興味持ってくれてもいいじゃん!とか思いつつ、いや、いやいやいや、えっマジで今なんて??

異能を消せる異能があるんだったら、其れに私に掛けられた異能を解除して貰えばいいのでは!?
なんて、途端にぱっと明るくなる心情其の儘に、一縷の望みをかけて縋る様に口を開いてしまう。
否マジで、いい加減そろそろ、此の異能に掛かりっぱなしの状態辛かったからな!?

「い、異能の効果を、無くせる異能、あるんですか……?」
「はい。まあ厳密に云えば"あった"と云う話なんですけど」
「えっ」

★死─────???
思わず週刊少年漫画誌みたいな煽り文っぽい何かが頭に浮かんで、硬直したまま"マジで?"という顔を伊井田さんに向けてしまう。
すると伊井田さんは、"こいつ早とちりしてんな"みたいな顔を一瞬だけ私に向けて、其の儘また視線をパソコンへと戻してしまった。
否だから、もう一寸私にも興味持って。

「…………死亡案件……?」
「いえ、恐らく未だ生きています」
「んん? でも、過去形なんですよね」
「過去形ですね。判りやすく云えば、"過去にポート・マフィアに居た"人物が、異能を無効化する異能力者だったらしい、、、と云う話ですよ」
「………へぇ。凄いっすね其の人」

──つまりは、足抜けに成功したのか。
素直に感心してしまう。だって凄い。普通殺されるのに。

一応は"異例"もあるっちゃあるらしいけど、基本は何かケジメ、、、を付けなきゃいけないのがマフィアの、と云うか裏社会の通例なのだ。
其れが指なのか内臓なのか金なのか将又自分の一番大切なもの、、なのかは判らないけど──じゃあ、其の人を頼る事は無理だろう。
だって、折角足抜け出来たのなら組織の手が及ばない遠くに既に逃げている筈だろうから。
目先に居たとしたら、それはもう"殺して呉れ"と云っているようなもんである。

「はあ〜〜。今何処に居るんですかね其の人。九州とか沖縄とか? 北海道? 取り合えずヨコハマには居なさそう……。海外だったら追えないしな〜〜」
「いえ、ヨコハマに居るそうですよ」
「──……いやいやいや。天下のポート・マフィアの膝元に居続けるとか、ンなのどうぞ殺して下さいって行ってる様なもんじゃないですか……流石に騙されませんよ」

データの整合性が、取れていく。
エラーが一つも起きていないから、恐らく処理は完璧で。
それをCD-RWに焼き込む準備をし乍ら、然し、段々と訝し気な気持ちは増えていって。

「…………」

いやそんなバナナと思う自分と、いやいやいや伊井田さんがそんな詰まらない嘘云う筈なくなくなくない?と思う自分が、確かに居て。
いやぁ───マジで?

「…………ヨコハマに、居るんですか……?」
「らしいですよ。余りに信じがたい話ではありますがね」
「足抜けしたのに、ポート・マフィアの支配下に? まだ居る? えっ何でですか頭沸いてンですか其の人」
先刻さっき自分で云っていたでしょう。殺して、、、みろ、、と、まあ宣戦布告をしてきているんでしょうね。私には理解しがたいですが」
「ンなの、私も同じですよ……! す、すっげーな其の人! えっなに自殺志願者!? なんで殺されてないんですか!?」

──いやいやいや、マジでなんで見逃されてるの?
確かにヨコハマは其れなりに広いけど、でも見付けられないとかは流石にないだろ。
だって此の街は、あっちもそっちも支部があったり支店があったり支局があったりと、ポート・マフィアの息が掛かった施設だらけなのだ。
寧ろ此処でポート・マフィアに関連しない場所を探す方が難しいくらいで。

其の中で生き残るとか、マジで何者なんだと半分引き気味に思っていれば。
伊井田さんは何故か、若干こう……憐れむような視線で私の事を見てきて。
えっなにそれなんか不穏。

「貴方も聞いた事あるんじゃないですか? 嘗て、ポート・マフィアに居たという"最年少幹部"」
「あ、あ〜〜? あれですよね、もの凄く頭が善くて、18歳で五大幹部に伸し上がったとか云う鬼才……。なんか行方不明なんでしたっけ?」
「その行方不明者ですよ。貴方が求める"異能を解除する異能力"を保有する人間は」
「…………えっ」

──────えっ?
今度こそ、手が止まる。
否まあ、CDの書き出しも終わってるから止まっていいんだけど。此れ渡しに往けば済むし。

でもあれだ。
マジで待って欲しい。
情報過多過ぎてヤバい。

えっなに?元最年少幹部が行方不明じゃなくて足抜けしてて?
其れが未だヨコハマに居て?更に其の異能が私に今一番必要な異能──??

「ええ……」

──なんだそれ。如何しろと。
そうぽかんとアホ面を晒す私に、伊井田さんは憐れむような表情の儘、一つの紙をすっと私の前へと差し出した。
其れを思わず呆然とした儘受け取って、目を通す。
そうして──再度、私の躯は凍り付くのだ。

「足抜けした元最高幹部の男の名前は、"太宰治"。異能力は"人間失格"と云う、異能無効化能力だそうです」
「…………」
「そうして其の男は、今武装探偵社、、、、、に所属している」

其処に記されていたのは、首領直筆の"命令書"。
きちんと、其の末尾には梶井さんの承認のサイン迄確り記載されている。
擦っても消えない、多分消えるインクなんぞは使っていないであろう、油性っぽい染色である。

「山田さん、心してお聞きなさい。貴方に任務が入りました。内容は"武装探偵社に潜入し、太宰治と接触を試み異能を解除せよ"。方法は問わない様です」
「…………」
「相手が相手ですし、最近衝突もありましたから難しいとは云ってみたんですが……首領直々の命令ですからね。諦めて下さい。如何にもなりませんでした」
「…………」

紙に書かれた文字を、縋る様な気持ちで再度読み直す。
だけど其処には変わらず伊井田さんが読み上げた内容が書かれていて。

いや、いやいやいや──えっマジで?
マジで私に、自力で解決しろと、そう仰る?

の有名な武装探偵社に、一人で乗り込んで、元歳少年幹部とか云うやべぇにも程がある人物に接触して、自分に掛けられた異能の解除を試みろと?

なんか最近黒蜥蜴による奇襲──否失敗に終わったらしいけど、そして黒蜥蜴が失敗するとかマジでやべぇけど──があってピリピリしてるとかしてないとか云われてんのに?

そこに?私が?一人で?
えっ─────死ねと??

「い、伊井田さん、いっしょに来てくれるとか……」
「無理です。私貴方が思う以上に非戦闘員なので」
「………ですよねー……私も断りますもん……」

──此れは言外な自害通告なのでは。
言外に、もういいから死んでこいとか云われているのでは。

えっ待って無理凄く泣きそう。
めちゃくちゃ善い子に頑張って来たのに、なのに、マジかマジなのか……。

「期日の指定はされていませんが、日程を伸ばすにしろ"行動していた"と云う証拠は作りなさい。情報収集でも遺書でもいい。動いていたと云う何かを遺して置けば失敗しても悪い様にはされないでしょう」
「待って伊井田さん、言葉のチョイスが不穏って云うかなんかエっのこす……?それはどっちののこす……?」

間違っても遺品の方の"遺す"じゃねーよな?"残す"だよな?と縋るような気持ちで見ても、矢っ張り視線はそっと反らされて。
ええ〜〜マジでつら〜〜!とワッと顔を覆いたい気持ちで、書き出した儘放置していたCDをパソコンの中から取り出して、ケースへと仕舞った。

否駄目だ、衝撃過ぎて逆に冷静。
思考が固まり過ぎて、咽び泣く事も出来ない。
いや〜〜精一杯生きて来たんだけどな〜〜って云う感想で胸いっぱい過ぎて、マジでヤバい。

だけど、そうやってグダグダしていても仕方ないわけで。
こんな末端な構成員にはまずまずお目に掛かれない命令書を再度呆けた心地で眺めながら、私は引き攣った笑いを出すのである。

取り合えず、遺書の書き方、後でググろう。

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