強くなる為に踏み潰した矛盾
最近、"羊"は更に過激になってきた。

子供たちの加入は沈静化したものの、その分活動はどんどん派手になっていって。
最近では、少し前まで避けていた筈の"ポート・マフィア"にまで喧嘩を売っているのだという。

そうして、更に不安にさせる事が一つ。

「──姉さんもさ、アイツ生意気だと思うだろ?」
「う〜〜ん?」

灰色がかった銀色の髪に、意志の強そうな目の形。
ツンと尖がった唇は不満をわかりやすく表明している。

今は小さい子たちを皆お風呂に入れた後で。
ついでに適当に洗った自分の髪をタオルでわしわしと洗っていれば、突然やって来た彼──白瀬くんに、ぶつくさと愚痴られてる真っ最中なのである。

それが誰にへの不満かと聞かれたら。
それは──中也くんに対して、で。

「白瀬くんたら、中也くんのどこがそんなに生意気なの?」
「……何処って……アイツ、最近反抗的なんだよ。なんか自分の探し物してんのはわかんだけどさ。羊の事を後回しにするのは違うだろ!?」
「ああ……"荒覇吐アラハバキ"」
「そう! それだよそれ!」

髪の毛の水気をタオルで取りながらそう返せば、白瀬くんの表情はぱっと明るくなった。
そのわかりやすい態度に、本当に鬱憤溜まってるんだなあと思いつつ、取り合えず話を聞くだけ聞いておくかと椅子に座って白瀬くんの方へと向き直った。

──人員の加入が一旦止んだ"羊"は、まるでその代わりだとでもいう様にどんどん勢力を増していって。
少しずつ縄張り、、、が広がると共に、極限を極めていた生活は、確かに豊かになりゆとりが増えたのだ。

"巣"は増え、物も増え、なかったものがどんどん満たされていく。
服も、食べ物も、電子レンジも冷蔵庫も、お風呂のある建物だって、どんどんどんどん"羊"の物になっていく。
だけど豊かになればなるほど、それと同時に──いや、それ以上に。
"羊"の雰囲気は、日に日に張り詰めていくようにも感じてしまうのだ。

「でも、確かに探し物もしてるけど。でも中也くんはちゃんと"羊"の為にも動いているでしょ? それだけじゃあダメなの?」
「駄目だろ。アイツは"羊"の中核なんだ。アイツが居なきゃ、誰が敵とタイマン張るんだよ。中也にはもっと積極的に"羊"の為に動いて貰わなきゃいけないんだ。じゃなきゃ、折角手に入れた物が奪われちまう。姉さんだって、此の場所奪われたら如何すんだよ。折角手に入れた道具を奪われて、また朝から晩まで手作業で全部やんのか? そんなの厭だろ!」
「ん〜〜、んん……まあそれは確かに困っちゃうんだけど……。じゃあさ。今あるものを守る方向じゃ、ダメなのかな?」
「駄目だ。それじゃあ、いつかまた奪われるだけだ」

──ヒートアップしちゃってるなぁ。
奪おうとしなければ、向こうだって奪ってこようとはしないと思う、んだけども。

いやうん。思いはするけど。
でも、それはもしかしたら引き籠ってる私だけの価値観かもしれないから、その言葉はどうしたって口から出すことは出来ないのだ。
なんたって、所詮私は"守られる"側の人間でしかないから。

最近ちょっと、いや実は割と結構前からではあったけど。
白瀬くんから中也くんに対してのアタリがどことなく強いのだ。
強いというか──どこか、焦っているような感じ。

それは中也くんが"羊の王"とグループ外からも呼ばれるようになってからで。
それは、"羊"の勢力が──いや、主に中也くんがその力を積極的に使う様になってから。
それまで"羊"の中心にいた白瀬くんと中也くんの立場が入れ替わってしまってから、目に見えて白瀬くんは中也くんを、ある意味で強く頼るようになってきているのだ。

表面上では、白瀬くんは中也くんを立てて、、、、中也くんの指示に従っている。
だけどその実、その中身は──白瀬くんがどうにも"お願い"で中也くんのことを追い詰めているようにも見えてしまう。

「……ねえ、白瀬くん。やっぱり私もさ、なにか"外"で手伝えること、ないのかな」
「ねぇよ。姉さんは此処に居ろ。"外"は危ねぇんだ。間違っても絶対に一人で出ないでくれよ」
「……そんなに?」

私はもう、ここ最近本気で"外"に出れなくなってしまった。
出れるとしても、ちょっと建物から出るくらいで、決して"縄張り"からは出して貰えないし。
間違っても一人でなんて行動させてもらえない。
お散歩すら、満足にできなくなってしまった。

確かにもう何年も引き籠っての食事係を続けていたたけれど、でも、最近のこれ、、は少し過剰だと思うのだ。
まるで、私が外に出るとなにか問題が起きるみたいな扱いなのである。

「姉さんは弱いだろ。"羊"で一番貧弱で弱い。体力もないし持久力だってない。何かあっても、姉さん一人じゃ逃げる事すら出来ないだろ。だから頼むから"中"に居ろ。アンタに何かあったら、詰む、、んだよ。大人しくしてて呉れ」
「詰むって……それは流石に大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃない」

半ば睨みつけられるように、まるで噛みつかれるような勢いで吐き捨てられた言葉に。
けれど、苦笑いを浮かべることしか出来ない。
だって、やっぱり最近の白瀬くんは、ちょっと余裕がなさ過ぎる。

──"羊"は、たかだか飯炊き、、、が居なくなったくらいで崩れる組織じゃないよ。
思って、言うか言わないか悩んで──やっぱり言えないなと、口を閉ざした。
別にここで私が、火に油を注がなくたっていいだろうから。

白瀬くんは私のことを睨んでる。
多分、勝手に出られたら困るとでも思っているんだろう。
だから私は、それにへらりと笑顔を浮かべて。
恐らく彼が今一番言って欲しいだろう言葉を、口にするのだ。

「大丈夫、ここに居るよ。どこにも行かない。ちゃんと帰ってくるのを待ってるから」
「……」
「そんな不安そうな顔しないでよ。そもそも、私もう外の道も把握できてないし。迷子になっちゃうだけだもん。一人でなんて出るわけないでしょ?」
「………そう、だよな」

そう呟いたかと思うと、見るからにほっとした表情を浮かべる白瀬くんに。
ああもう本当に、いっぱいいっぱいだなと、不安に思ってしまう。

──なにがそんなに、恐いんだろう。
白瀬くんが何かに怖がっていることはわかるのに、その肝心の"なにか"が何なのかが、わからないのだ。
それさえわかればこの子の不安をきっと解消してあげられるのに、それを理解してあげる事が出来ないから助けられなくて。

「……ねえ、白瀬くん。困ったことがあったら、なんでもすぐに言ってね。お姉、、ちゃん、、、に出来ることは少ないけど、話を聞いてあげることくらいは出来るから」
「…………」
「ね?」
「………うん」

重ねる様にそう言えば、渋々と頷く顔。
多分、本心じゃあ了承なんて微塵もしていないんだろう。

そうはわかるけど、でも、意地っ張りな彼の事だからもうどうすることも出来なくて。
ああもうほんと、もうちょっと素直になって欲しいなあ、なんて。
思いながらも、私はやっぱり笑うのだ。

──あと、すこし。
あと、本当に、もう少しだけ平和になってくれたらいいのになあ。

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