ここは呼吸をするところ
※白瀬君、柚杏ちゃんが出てきます。


──背景、甘ったれな弟へ。
お姉ちゃんは今、なんだかとってもバイオレンスな世界に居ます。

というのも、いつも通りに学校帰りにスーパーで値引きした食材を買い込んで家に帰ろうとして。
玄関に辿り着いて、鍵を開けて、さあ家に入るぞと扉を開けて一歩入ったら──なんか、知らない場所に居たのだ。

いや、知らない場所と云うか──なんかこう、プレハブ?とかパイプ?とか鉄筋みたいので構成された街っていうか。
某忍者の漫画兼アニメとかに出てきそうな、複雑に入り組んだ街と呼べるのかもわからない密集した場所に、私は学生服でパンパンに詰まったスーパーの袋を片手に引っかけて突っ立っていたのである。
うんもう、未だによくわかんない。

ただ幸運だったことは、途方にくれる私に声を掛けてくれた子がいた事。
その子はあんまりにもぼーっと佇んでる私の事を心配してくれて、更には私の事を自分たちの縄張り?へと引っ張って連れてってくれたのだ。

その後私がいるこの場所の"危険"を身をもって体験して、あの時あの子に声をかけて貰えなかった最悪の事態になって居たかも知れないことを理解して。
本当に、未だにあの子──白瀬くんには感謝でいっぱいだったりする。

この世界は、本当にバイオレンスだ。
"危険"なんて言葉じゃ片付けられない程色んな所で抗争があって、色んな所で、あっという間に人が死んでいく。

なんでも今、マフィアを始めとした色んな組織が縄張り争いや主権争いで殺し合いを続けているらしくって。
そんな抗争に巻き込まれた被害者たちが此処──通称、擂鉢街に逃げ込んで暮らしているのだという。

ちなみになんで擂鉢なんて名前がついているのかと言うと、言葉の通りに擂鉢状に球体に窪んで、、、るから、、、
なんでも昔、大爆発があった時にその場にあった色んなものを吹き飛ばして地面を削って、、、しまったらしい。
そしてぽっかり出来た穴の窪みに、いつの間にか集まった人たちが建物を積み立てていって、今の漫画見たいに入り組んだ"街"は形成され、また作り替えられているのだという。

毎日どこかしらで爆発やらなんやらが起きて、その度に新しく保築されていく。
本当にここ擂鉢街は、方向音痴にはとても生き辛い街なのである。

──さて、そんな私がどうやってこの危険極まりない擂鉢街で居場所を確保しているのかと言うと。
それはもう、長年かけて自然と積んできた努力の賜物と、言う他ないだろう。

「ねぇ、ママぁ。お腹空いた〜〜。今日のご飯はなに?」
「んー、待って。あとちょっとだから。今日はね、豚汁作ってるよ」

腰にぎゅうと、細い腕が回される。
そのままぐりぐりと頭を擦りつけてくる私よりも年下の女の子に薄く笑いながらそう答えれば。
驚くことに地毛なのだという桃色の髪を乱しながらも、彼女はぱっと表情を明るくするのだ。
この世界の住人は、私からすると驚く程多種多様な色彩を持っているのである。

「わ、やった! 私のお肉いっぱい入れてね!」
「うんうん」
「すいとんも入ってる?」
「入ってるよ」
「そっちも! そっちもいっぱい入れて!」
「はいはい」

どこからガスを引っ張っているのかも判らない、無理やり作られているガスコンロをなんとか駆使して。
所々凹んでいるものの、まだまだ現役な小学校の給食の調理場なんかで使われてそうな大きな大きな寸胴鍋に。
これでもかと食べれる、、、、物を詰め、、、、込んで、、、それっぽくした"豚汁"を、これまた磨いて磨いてやっと使えるようになったお玉でぐるぐるとかき混ぜる。

具材は本当に色々で。
手に入れられたけど保存の効かないものから刻んで煮詰めて誤魔化したものだから、豚汁愛好家の人に食べさせたら"こんなの豚汁じゃない!"と怒られる事間違いなしだろう。

特にすいとんとか、腹持ちいいから小麦粉が手に入ったらすぐに作っちゃうけど本当に豚汁に入れるものなのかはよくわからない。
少なくとも、私はすいとんが入ってる豚汁を食べたことはない。
まあ、美味しいし好評だからいいと思うんだけど。

私が居るのは"羊"と呼ばれる、この擂鉢街で暮らす子供だけで構成された組織だ。
──いや、組織と呼べるほどの"権力"は、少し前まではなくて。
あの頃は本当にただの身寄りのなくした子供たちの集うグループでしかなかったんだけど。

"外"で起きているマフィアたちの抗争。
それによって親を亡くた子供たちが、彷徨って辿りつた先がこの"擂鉢街"で。
私が来た時は丁度逃げ込んだ子供たちで集まろうとしていた時だったらしく、私が他の子よりも少しだけ年上であること、そして料理が出来ることを見込まれて、私は"羊"の中で飯炊き担当になっているのである。

といっても、ここまでしっかりと人数分の食事が用意できるのようになったのは本当に最近──いや、二、三年前くらいからで。
それまでは食べるものは愚か飲み物さえも中々手に入らなくて、ほんと大変だったなあと染々思ってしまう。

日付なんて確認できるものもないから、すっかり時間の感覚がおかしくなってる。
外で"活動"する子たちは何処かから盗って来たのか携帯電話を駆使するようになっているけど、基本"中"にしかいない私はそんなもの持っていなくて。
ただ流れていく歳月を感じながら、時折日付を聞いて今日という日を確認することしか出来ない。

それでも私は此処で生きていて。
それでも私は、この場所で息をしているのだ。
──そういつか、元の場所に、帰れる日まで。

そうぼんやりと思っていれば。
ふと、扉を開ける音がしてそちらに意識を向けさせられる。
身体に回る腕に力が込められたのを、ほんの少しだけ笑いながら。
ひょこりと顔を覗かせた赤茶の髪の毛に、私はゆるりと頬を弛めるのだ。

「……姉さん。これ取ってきた」
「あ、おかえりなさい〜! わ、凄いいっぱい! ありがとうね、中也くん」
「…………ん」

数年前に、羊にやって来た男の子。
私と同じで、白瀬くんに拾われた子。
私と同じ──いや、それ以上に、どうやって生きてきたの?って不思議になるくらい、何にも知らなかった男の子。

それも今やすっかり"羊"の大黒柱的な存在になって居て。
男の子の成長って早いなあと思いながら、腕いっぱいに抱えて来てくれた根菜やらなんやらを受け取るのである。

今日はどこから奪ってきたんだろうか。
怪我さえしてくれなければ、もうそれでいいけど。

「お、おかえり中也」
「……おう」
「柚杏ちゃん。もうご飯出来たから、他の子たち呼んできてあげて欲しいな。中也くんは疲れたでしょ、そこで待ってて」
「! はぁい」

そうお願いすれば、ぱっと身体から腕を離して柚杏ちゃんは離れていく。
恐らくは、言葉通りに他の子たちを呼んできてくれることだろう。
あの子は臆病なところがあるから、他者よりも強過ぎる、、、、中也くんに対して、どう接すればいいかまだ距離を測りかねているのだ。
そしてそれを恐らく中也くんもわかっているから、どうしても二人きりにはなりたがらないというか、避けているようにも思える。

「……もっと、広い場所が欲しいか?」
「うん?」

貰った食材を仕舞い、形の違う器を出して盛り付けていけば、そうぽつりと中也くんが呟いた。
その言葉の意図が掴めなくて聞き返せば、壁に背を預けたまま真っすぐに私を見詰める瞳と目が混じり合う。
青く綺麗な、海と同じ色の瞳だ。

「此処、狭いだろ。飯作る処も食う処も同じで、全員が入ったらパンパンだ。機材も少ねェ。そんな壊れかけのれ……冷蔵庫? とかも、もっといい奴欲しくねェの?」
「まあ、確かに皆集まるとそりゃ狭いけど……」

部屋をぐるりと見渡す。
擂鉢街の中央に位置するこの"拠点"。
元は大人たちのグループが使っていたのを、奪って獲得した場所。
部屋というにはちょっと武骨過ぎる、倉庫、、と呼んだ方が似合いそうな空間。

前の人たちが無理やり作ったであろう調理場もどきを使わせてもらって。
そして子供たちが拾ってきてくれた機材をなんとか使用して私はここでご飯を作っているのだ。

皆のお腹の中に入るものを。
難しくっても、朝昼晩、なにかしらはお腹に入る様に。

「……でも、大丈夫だよ」

正直、あれば嬉しい。
もっと物がよく入る冷蔵庫も、もっと加熱できる電子レンジも、欲を言えばコンロもあと一個増えるだけで大分作業が楽になる。
だけどそれには、どうしたってこの子の"力"が必要になるだろう。
この子が主体となって、この子だけが、大変な思いをするだろう。

きっと、そんなの苦じゃないって言うだろうけど。
でも、それでも、これ以上の負担はかけたくないと思うから。

「使えるものは、最後までしっかり使うね。それで壊れちゃってどうしようもなくなったら、その時はまたどこかから拾ってきて欲しいなぁ。いつもありがとうね、中也くん」
「……そうかよ」

そう言って、どしりと大袈裟に椅子に座る姿に、なんかちょっと微笑ましくなる。
そうして賑やかになる部屋の外に、盛り付けないと、と手をまた動かしていくのだ。

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