*
「ねぇ、すず」
「ん?」
「ランキング戦ってさ、またある?」
「え?う、うん。あるよ」
ランキング戦を観戦した翌日、亜美は興味津々といった様子ですずに訊ねてきた。
「次の時、教えてね。また観に行くから」
「いいけど、どうしたの?テニスに興味出た?」
「それもあるけど。リョーマくん、あの子かわいい」
「...はい?」
亜美からそんな話を聞いたのは今朝のこと。すぐにホームルームが始まってしまったから詳しいことは聞けなかったけれど、びっくりしたのは確かで、っていうか今もまだびっくりしている。
「リョーマ...かわいいか?」
昔は可愛かった。確かに可愛かった。まだ素直だったし、なによりすずより小さかった。大きなラケットを両手で握って、ボールをとてとてと追いかける姿は、今思い出しても可愛い。が、それは何年も前の話で、今のリョーマは亜美からしたら小さいかもしれないが、表情や性格その他諸々、可愛げの欠片もない。
「かわいいってなんだろう...」
「あ、すずちゃん!」
「あれ、中村先輩?」
頭をひねりながら休み時間の廊下を歩いていると、亜美の彼氏の中村先輩に声をかけられた。振り向いて見えた中村は、その整った顔に焦りの色を浮かべていた。
「どうかしました?」
「いや、あの...すずちゃんってテニス部のマネージャーなんだよね?」
「そうですけど...」
「越前リョーマって、分かる?」
そこまで聞いて、すずは中村の焦りの理由を察した。そもそも亜美がリョーマを知ったきっかけは、中村がデートをドタキャンしたことが原因である。大方、まだ拗ねているらしい亜美がテニス部のランキング戦を観戦したことや、リョーマのことを中村に話したのだろう。
「越前っていうのは、テニス部に新しく入った1年生のことです。すごく強くて、もうレギュラー決めのランキング戦に参加してますよ」
「そう、なんだ」
「...亜美が、可愛いとかなんとか、言ってましたか?」
「えっ、」
すずが言うと中村は目を瞠って、それから恥ずかしそうに「ばれてたか」と笑った。中村と亜美の始まりは、中村が亜美に一目惚れしたことらしい。たまに見るツーショットはとてもいい雰囲気で、すずにとって2人は憧れだった。恥ずかしそうに、気まずそうに頭をかく姿からでさえ、亜美を好きな気持ちが見て取れる。すずはそれを見て少し嬉しくなって、「大丈夫です」と笑った。
「亜美、いつもサバサバしてて大人っぽいけど、拗ねるととっても子供っぽいでしょう。デート、それだけ楽しみだったってことですよ」
「うん...」
「亜美、教室にいます。私のことは気にしなくていいですから、お昼誘って来たらどうですか?」
言うと、中村は「いいの?」と驚きつつすずに促されるまま亜美を誘いに歩き出した。しかしすぐに何かを思い出したようにすずを振り向いた。
「すずちゃん、かわいいって人それぞれだと思うけどさ、」
突然振られて頭にハテナが浮かんだすずだったが、すぐに先ほどのつぶやきを聞かれていたのだと気がついた。すずの合点のいった表情を見て中村は続けた。
「俺は、すずちゃんすごく可愛いと思うよ」
「、は!?」
「手塚や大石もそう言ってたしね」
「えぇ!?」
「自信もって!じゃあね!ありがとう!」
何を勘違いしたのか、中村はすずが落ち込んで“かわいい”について思案していたと思ったらしい。中村がすずのことをかわいいと称したのもアレだが、しかし手塚や大石の情報まで付け加えられたのは衝撃だった。中村はすずをよく知る人物も自分と同じ感想だから安心しろ、と裏付け的な意味合いで名前を出したのだろうが、すずからしたら恥ずかしいことこの上ない。まず、自分がいないところで自分の名前が先輩たちの話題に上がっていることが驚きだった。
「100歩譲って大石先輩は有り得るとしても、手塚先輩が“かわいい”...?」
あの、世界中の真面目と硬さを集めたような手塚がそんなワードを口にするだろうか。すずには想像もつかなかった。
「...中村先輩が話を盛ったんだ、きっと」
そうだ、そうに違いない。1人小さく口にしながら、すずはまた廊下を歩き出した。
fin
少し前の3年生ズの会話。
「なぁ、俺の彼女の親友がテニス部のマネージャーなんだけど、大石ってテニス部だよな?」
「あぁ。マネージャーってことは園田のことかな」
「そうそう、園田すずちゃん。彼女がいつも話して聞かせてくれるんだけど、実際どんな子?」
「働き者だし、礼儀正しいし、すごくいいマネージャーだよ」
「かわいい?」
「そうだなぁ。子犬みたいで...かわいい感じかなぁ。なぁ、手塚?」
「...あぁ、そうだな」
20170206
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