06
どうにも解せん。しかし負けは負けだ。潔く認めよう。
獣のように唸りながら保健室までの道程を歩いていると、廊下の向い側から歩いてきた男子生徒が悲鳴をあげ立ち去って行く。ああ、これか。膝下に走る傷を見て溜息が出た。
それにしてもこの程度の傷を見て逃げ出すというのもどういう了見か。忌々しいと舌打ちをする。
また幸村に負けた。今回こそは勝てると思っていた。
尊敬する仲間でもあり、幸村は自分にとって好敵手でもある。試合後、真田はもっと強くなるね、とおかしそうに余裕そうに笑いながら彼に言われ、完敗したと思うと同時に奥歯を悔しさに噛みしめた。
もっと強くならなければならない。あの球には対応できた筈だった。あの球にはどうだったか。一球一球思い出す。
皇帝という二つ名に驕っている時間など無い。
柳はいいデータがとれたと言っていた。練習のメニューを見直してもらうのも良いかもしれない。
兎にも角にも日頃の鍛錬あるのみである。それしかない。そうすればこのような傷を試合中にこさえることもなかったのだ。
じくじくと膝の下が痛む気がしたが気にしないことにする。病は気から、と良く言うが痛みも気からだと俺は信じている。
どうやら肉がえぐれているかもしれないと部員の一人が言ってはいたが、こういった傷は気にしたほうが負けなのだ。傷よりもその下まで伝う血の感触が気持ち悪く、まわりの部員たちが怯えるから傷の治療をしてこいと先輩に促されたのだった。
保健室の前に立つと、プレートが掲げられており教諭は不在ということだった。しかし中には生徒がいるようで、人の気配がする。保健委員かと思い扉を開けると、ベッドの上で話し込んでいたらしい女子生徒が二人固まった。
ひとりは酷く見覚えがある。去年同じクラスだった石田だ。どうやら不登校になったらしいと聞いた。
精神が軟弱なのでは無いかと事情も知らず鼻を鳴らすと、柳に窘められたことを思い出す。
石田は俺が怖いのか、それとも傷が怖いのか恐怖に顔を歪ませ、もう一人の女子生徒の背中にひっそり隠れる。女子にはよく怯えられるがそれでも慣れるものでは無い。不快な感情が胸を占めると、もう一人の生徒がおもむろに話しかけてきた。
「あの、怪我すごいけど。平気?自分で治療できる?」
「これくらいどうということはない。構わんでいい。それとも保健委員か?」
「ううん、違うよ」
「ならば用はない」
「………………」
「何故、笑う?」
「ううん、古風だなとちょっと思って」
擦り切れた、言われ慣れた文句からふいと目を背けた。治療道具が入っていそうなそれらしきところを探るが、いっこうに見当たらない。見かねてか先程の生徒が近づき、これじゃない?とガーゼやら消毒液を取り出し差し出してくる。
助かる、とぶっきらぼうに返事をしてそれを受け取ると指先が一瞬ぶつかった。ひやりと冷たかった。
重い空間の中もくもくとひとりスツールに座り傷の治療をする。血を拭っても傷口から血が止まる気配がなく、内心また舌打ちをしながら無理やりガーゼの上からテープを貼り止血した。横目で二人の様子をなんとはなしに見ていると、女子生徒が石田に菓子のようなものを差し出し貰ってくれないかな?と言っているところだった。石田は嬉しそうにそれを受け取り笑っていた。
片付け後、無言のまま出て行くのもどうかと思い、先程は助かったと再度その生徒に声をかける。するとその生徒は複雑そうな、泣きそうにも笑っているようにも見える表情でどういたしまして、と呟いた。