微睡みの中で

目の前に広がるのは悲惨な光景。どうしてこんなことになってしまったのかわからない。どうかお願いだからもうその手で傷つけないで。

『お願い…っ、もうやめて…っ、』

よく知った瞳には憎しみしか宿っていない。その瞳に私を映すのに、私を見ていない。何が貴方をそうさせたの?

「君は、僕を裏切らないよね?」

***

『やめて!!!』

空に伸ばしたその手は、何も掴むことはなかった。ゆるゆるとその手はベッドへと落ちていく。なんでこんなにも悲しい気持ちになっているのかわからない。涙が止まらない。頭がふわふわとしていて正常に働いていない気がする。体は熱いのに、寒気がする。

「花莉?そろそろ起きる時間よ。」

部屋をノックされたが、声が掠れてうまくでない。返事がないことに疑問を持ったのか、私を起こしにきたおばさんは部屋に入る。

『お…ば、さん…、』

「!!花莉!!大丈夫!?」

おばさんは私の額に手を当てると、すぐに部屋から出て何かを持って戻ってきた。おばさんはタオルを巻いた氷枕を私の頭の下に入れる。ああひんやりとして気持ちいい。

「これで熱測りなさい。」

おばさんから体温計を受け取り、脇に挟むと割と早くに音が鳴った。体温計を見ると38.3℃。

「今日は学校休みなさい。」

『え…、でも、』

「休みなさい。」

『はい…、』

熱で学校を休むなんて何年振りだろうか。あまり体調を崩すことなんてないのに。私は委員長と草壁君にメールをして、再び眠りにつこうとした。先ほどの夢が忘れられない。縁起でもない夢を見てしまった。優しい彼があんなことをするはずがない。あんな目で私を見るはずがないのに。瞼の裏に焼き付いて消えないその映像から逃げるように、私はすぐに眠りについた。

何かが顔に触れたような気がして、重たい瞼を開けた。霞んだ視界には委員長の姿があって、次は良い夢だと安心した。

「何笑ってるの?」

『いえ、さっき怖い夢を見たので…次は良い夢だから安心しちゃいました…。』

「夢…?………ああ、そういうこと。」

『今日は学校行けなくてすごく残念だったんです…。』

「へえ、どうしてだい?」

『だって…委員長に会えないじゃないですか…。少し寂しいです…。』

「!!………ずいぶん素直だね。」

委員長が私の頭に手を乗せて優しく撫でてくれる。委員長の手は少しだけ冷たくて気持ちよかった。

「さっき言ってた怖い夢ってどんな夢だったの。」

『………皆が……倒れてて………、私がよく知る人が…知らない人みたいで…怖くて…、悲しかったんです……、』

「………。」

『夢でも…見たくないです…、』

「…そう。」

夢の中だったら少し甘えてもいいだろうか。もっと触れていて、そばにいて欲しいの。

『い、いんちょ、』

「何?」

『手を…握ってもらっても…いいですか…?』

「!」

『お願いします…。』

夢の中でもさすがに勝手に握ることはできない。委員長は一瞬だけ驚いた表情を見せたけど、柔らかく笑って私の手を握ってくれた。

「目が覚めたら楽しみだね。」

『?何がですか…?』

「なんでもないよ。早く治して学校においで。」

『はい…。』

嬉しくて顔が緩む。安心感からなのか瞼が重くなってきて、目を開けていられない。こんなに幸せな夢なのに覚めてしまうなんてもったいない。もう少しこの夢を堪能したいのに。

「おやすみ、花莉。」

額に何か柔らかいものが当たった気がした。なんなのかわからなかったけど、まぁいいや。だってこんなにも満ち足りた気持ちなのだから。

早く学校に行って委員長に会いたいな。