熱に浮かされて
*雲雀side*
朝から珍しく花莉から連絡が来ているから何かと思ったら、休みの連絡だった。彼女が体調を崩して休むのは出会ってから初めてだった。とは言え別に彼女がいなくとも仕事は回るし、大したことではない。いつも通り群れる草食動物を咬み殺して、風紀の仕事に取り掛かる。授業の時間帯に彼女が応接室にいないのは当たり前だが、放課後もいないのかと思ったらほんの少しだけ胸のあたりがもやもやした。こんな感情、弱者が抱くものだ。僕には必要のないもの。そうわかっているから苛立つ。
「失礼!あなたが並盛中風紀委員長、雲雀恭弥。」
「!」
断りもせず愚かな草食動物が応接室に訪れた。見慣れない制服だ。確かどこかの学校の生徒が集団転校してくると書類にあったが、その生徒か。
「誰?君?」
「至門中学3年、鈴木アーデルハイト。これよりこの応接室は粛清委員会に明け渡してもらいます。」
粛々としたその立ち振る舞い、その瞳には強い意志を感じた。
「粛清委員会?」
「ええ、これからこの学校の治安は並中の風紀委員会ではなく至門中の粛清委員会が守ります。」
「ふうん。面白いけど…それには全委員会の許可が必要になるな。」
「もう許可は取りました。」
「!」
「力ずくで。」
彼女の手には誓約書とボロボロに打ちのめされた各委員会の委員長の写真。
「ワオ。僕がその申し出を断っても君は諦めそうにないね。」
「当然です。力ずくで納得してもらいます。」
至門中も粛清委員会もどうでもいい。ただ並中で並中の生徒が手を出されたのなら見逃すわけにはいかない。が、今ではない。
「今君を咬み殺すつもりはない。今日は欠員がいてね。忙しいんだ。」
「星影花莉ですか。」
「!…どうして君がその名を知っているの。」
「あなたには関係ありません。それでは。」
何故至門の生徒が花莉を知っているのだろうか。またあの草食動物に関係しているのか。まぁ至門の生徒と花莉の関係なんて気にする価値すらない。椅子に深く座り直し、業務を再開した。
***
「ああ、雲雀君!いらっしゃい!」
「花莉はどうなの。」
「そうなのよ〜!珍しく熱が出てねえ。でももう下がって元気にしてたわ。今寝てるところなんだけど良かったら上がっていってくれないかしら?」
彼女の義母はいささか警戒心がなさすぎる。花莉同様ふわふわとした感じは似ているが、それでも年頃の娘の部屋に遠慮なく上がれと言うものだから調子が狂う。まあ上がるなと言われても上がるけど。結局花莉の部屋に通されて、ごゆっくりと言われた。小さなため息をつき、花莉が寝ているベッドの傍に座る。
「だらしない寝顔…。」
彼女の頬にそっと触れると、星空の瞳が開かれた。起こしてしまったか。彼女は僕を見ると、嬉しそうに笑った。
「何笑ってるの?」
『いえ、さっき怖い夢を見たので…次は良い夢だから安心しちゃいました…。』
「夢…?………ああ、そういうこと。」
どうやら彼女は夢を見ていると勘違いしているようだ。とろんとして、潤んだ瞳はぼうっと僕を映している。
『今日は学校行けなくてすごく残念だったんです…。』
「へえ、どうしてだい?」
『だって…委員長に会えないじゃないですか…。少し寂しいです…。』
「!!………ずいぶん素直だね。」
正直驚いた。彼女が自分から寂しいと口にすることなんてほとんどない。彼女はいつも強がって、知らないところで傷ついて独りで泣いている。そういうところは気に入らなかった。そんな彼女が素直な気持ちを口に出すことが新鮮で、悪くなかった。そっと額に手を乗せて撫でてやると、彼女の顔が綻ぶ。
「さっき言ってた怖い夢ってどんな夢だったの。」
『………皆が……倒れてて………、私がよく知る人が…知らない人みたいで…怖くて…、悲しかったんです……、』
「………。」
『夢でも…見たくないです…、』
「…そう。」
まだ未来の時代にいた時に覚醒した花莉は未来を予知できると聞いた。それと関係があるのだろうか。悲しそうに目を伏せる花莉は、少しだけ泣きそうになっていた。夢ごときにその瞳を歪ませることなんてないのに。
『い、いんちょ、』
「何?」
『手を…握ってもらっても…いいですか…?』
「!」
『お願いします…。』
恥ずかしそうに言う彼女に胸のあたりが騒ついた。これを無意識にやっているのだからタチが悪い。夢の中では素直になれるのに何故普段はこうできないのだろうか。彼女の手をそっと握ってやると、安心したのか眠そうな姿を見せた。撫でたらすぐに寝る小動物のようだ。その姿に自然と口角が上がる。
「目が覚めたら楽しみだね。」
『?何がですか…?』
「なんでもないよ。早く治して学校においで。」
『はい…。』
ふにゃりと笑って眠りにつく花莉。夢じゃなかったとわかったら彼女はどんな顔をするのだろうか。それが楽しみだった。
「おやすみ、花莉。」
花莉の額にそっと唇を落とす。君はそうやって笑っていればいいよ。君の憂いなんて僕が咬み殺してあげるから。