望まないが吉
『えっ、今日も黒曜行っちゃったの!?』
「ああ…。」
『はぁ…。』
Dの脅威が去ってようやくいつもの日常が戻ってきた。怪我をした皆もずいぶん良くなり、学校に通っている。そしてDとの戦いでの功績を復讐者に認められた骸君は牢獄から解放された。するとその時をずっと待っていた委員長が定期的に黒曜中に風紀を正しに行くという名目で骸君と戦いに行くようになった。
『でもちゃんと仕事終わらせてから行くから何も言えないんだよね。校内の見回りも草壁君達で事足りるし。』
「そう落ち込むな。委員長はお前を蔑ろにしているわけじゃない。」
『ちっ、ちがっ、そういう意味で怒ってるんじゃないよ!!』
まさか草壁君は、私が委員長に構ってもらえなくて怒ってると思っているのか!?絶対にそんなことはない。私は必死に誤解を解こうとするが草壁君は暖かい目を私に向けて応接室を出て行った。
『別に蔑ろにされてるなんて思ってないけどなあ…。』
ソファの背もたれに背中を預けて目を瞑る。瞼の裏には鮮明にあの時のことが蘇る。
「好きだよ、花莉。」
あの日、私達の想いは同じ方向に重なった。だからといって何かが変わることはなかったし、変わることを私も望んではいない。今まで通りあの人の隣にいたいだけなのだ。多くを望めば望むほど、きっと何かを手放さなければいけない気がするから。委員長のあの時の言葉で私は十分幸せなのだ。
『これ以上望んだらバチが当たるよ…、』
だから私はこれ以上は望まない。
***
「花莉。」
『!骸君!どうしたの?』
町内の見回りをしていると、骸君と会った。並盛町にいるなんて珍しいな。しかも今日は犬君も柿本君、クロームちゃんもいない。
「少し用があったんです。」
『そうだったんだ。あ、最近委員長が黒曜中に行ってるみたいだけど大丈夫…?』
「ええ、大したことはありません。そんなに鉢合わせてもいないですから。」
『そう、なら良いんだけど。』
だからあんまり怪我がないんだな。骸君と戦ったらきっと無傷じゃすまないと思うから良かった。黒曜中に行っても骸君に会えないから鬱憤溜まってるんだろうな。
「…元気がありませんね。」
『え、』
「雲雀恭弥と何かありましたか?」
『なっ何もないよ!?』
ぶんぶんと勢いよく首を振った。それでも何か疑いを持つような目で私を見る骸君。
「花莉、僕はいつでも貴女の味方ですよ。」
『骸君…。心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから。』
「そうですか。無理はしないでください。貴女はいつも無茶をしますからね。」
『ふふ、はーい。』
「ああ、そういえば貴女に伝えたいことがあるんでした。」
『ん?』
「少々日本を離れます。少し用事がありましてね。…クロームを頼みます。」
『クロームちゃんは連れて行かないの…?』
「…ええ。」
少し目を逸らす彼に何かあるのだと察した。詮索はしない方がいいのだろう。
『わかった。クロームちゃんは心配しないで。骸君は気をつけて行ってきてね。』
「!…ありがとう、花莉。」
骸君と別れた後、私は並盛中へと戻った。応接室の扉を開けると珍しく委員長が座っていた。最近は出掛けてるばかりで放課後も会うことはなかったのに。
「町内の見回りに行ってきたのかい?」
『はい。今日も何事もありませんでしたよ。』
「そう。」
『あ、コーヒー淹れますか?』
「うん、頼むよ。」
『はい、少し待っててください。』
私はすぐにコーヒーの準備に取り掛かった。まだ湯気が立ち昇るそのカップを机の上にそっと乗せる。
『熱いので気を付けてくださいね。』
「ん。」
仕事の邪魔をしてはいけないと思いすぐに離れようとした。しかしそっと腕を掴まれて止められる。
「花莉。」
『…なんですか?』
「なに拗ねてるの?」
『拗ねてる………?』
委員長の言葉の意味がわからない。私が何に拗ねているというのだろう。首を傾げたままの私の腕を離して、彼はそっと立ち上がった。
「無自覚ならタチが悪いな。甘え方を忘れたみたいだ。」
『え……、』
「前はもっと素直だったよ。君が僕を追って黒曜にきた時はね。」
『!!』
ああ、そうだ。あの時は委員長を追って黒曜に乗り込んだんだっけ。怖くて、心細くて、寂しくて、委員長に会いに行ったんだ。でももうあの時とは違うのだ。
『な、何言ってるんですか委員長。黒曜の行きすぎで頭おかしくなっ…いだだだだ!!頭っ、潰れるっ!!』
「何?」
『なんでもないです!!何も言ってないですごめんなさい!!!』
頭を鷲掴みにされてそのまま握り潰されそうになるところだった。とんでもない握力だ。余計なことは言うもんじゃないなと頭をさすりながら思った。
「君は余計なことばかり考えるからね。」
『うっ、酷いです余計なんて。……あ、そういえばさっき骸君に会ったんですよ。』
「…そういうのをどうして早く言わないの。」
『えへ、忘れてました。少しの間日本を離れるみたいですよ。』
「ふぅん。」
早く話を終わらせたくて咄嗟に話を逸らした。委員長は再び椅子に座り、仕事を再開する。私まだ残る仕事を終わらせるため、ソファーに腰をかけた。
彼に触れられたところがまだ熱い。これ以上望んではいけない、そう分かっているのにどうして私はまだ触れていてほしいと思ってしまったのだろうか。
ほんの小さなため息をつき、頭を抱えたある日の放課後のことだった。