綺麗なキミと汚いボク

『王様、』

「ああ、莉亜か。急に呼び出してすまない。」

『お客様ですか?』

「そうだ。小国の王族なんだ。」

『わかりました。粗相のないよう気をつけます。』

王様の呼び出しはやはり外交だった。今日で何人目だろう。四人目くらい?毎日毎日こんな日が続くようになったから覚えてないや。

「大丈夫か?」

『はい、大丈夫です。きっちりこなしてみせます。』

「外交ではない。莉亜の体だ。最近こんなことが続くだろう。まったく君の疲れが取れないはずだ。」

『疲れてないと言えば嘘になりますが、王様にご恩が返せるのならばどうってことはありません。私は為すべきことを為すだけです。』

私がそう言えば、王様は私の頭をぽんぽんと撫でた。この手が好きだ。私に手を差し伸べてくださった時から。

「無理はしないでくれよ。」

『はい。お気遣い感謝致します。』

私は侍女に最後の身だしなみチェックをされて、王様と共に今日のお客様の元へと向かった。

「やぁ、ナルテ。久しいな。」

「ああ、シンドバッド王も変わっとらんな。ところで…、」

「分かっている。莉亜。」

私は王様に呼ばれ、ナルテという王族の人と王様の元へと歩いて行った。そして台本通りに挨拶をする。

『お初にお目にかかります。莉亜と申します。この度はシンドリア王国にお越しくださいありがとうございますナルテ様。』

「ほう、噂には聞いていたが美しい娘ではないか。」

『お褒めにあずかり光栄でこざいます。』

決められた台本通りにことを進めるのが私の役目。この国と王様に利益を。

淡々といつも通りに会談を進める三人だが、ナルテは厭らしい視線で莉亜を見ていた。シンドバッドはそれに気づき、ナルテに気づかれぬよう厳しい視線を送る。

「ではナルテ、明日の出発までこの国を楽しんでくれ。」

「ああ。そうするとしよう。」

最後まで下品な視線を莉亜に送り続けたナルテはその場を立ち去った。それに気づかないままの莉亜は緊張が解け思わずため息をこぼす。

「お疲れ様。」

『ありがとうございます。』

「また莉亜のおかげでいい方向へと向かいそうだ。 」

『良かったです。では失礼致します。」

「っ莉亜、」

『はい?』

「あ、いや、気をつけて戻るんだぞ。」

『は、はぁ…。』

王様はどうしたのだろうか。少し浮かない顔をしている。会談も上手くいったし、私も特には粗相をしなかったはずだが、何か気になることでもあるのか。まぁとにかく今日はもう終わりだ。早く緑射塔に戻ろう。

「莉亜殿。」

緑射塔へ戻る途中で先ほど会談をしていたナルテ様に引き止められた。なぜこんなところにいるのだろうか。

『ナルテ様、何故このようなところに。』

「お前と話をしたかったのだ。」

『光栄でございます。』

「やはり美しい。お前はどこの生まれなのだ。エリオハプトか?それともアルテミュラか?」

『ナルテ様が知る由もない小さな小さな小国でこざいます。』

「そうか。そうだ、今晩私の部屋に来るといい。」

『?…何故でしょうか。』

「わからぬか?私の夜伽として来いと言っているのだ。」

にやぁと笑うナルテ様に、思わず肩が震えた。ダメだ、ここで逃げたら王様に迷惑をかけてしまう。でも、夜伽なんてそんな娼婦みたいなこと出来ない。したくない。そんなことを考えているとナルテ様は私の腕を掴んで、自分の方へと引き寄せた。

『っ、おやめください!』

「私に指図するつもりか。私は一国の王であるぞ!!貴様のような者が指図していい相手ではないわ!!」

誰か、助けて。嫌だ、こんな人に汚されるなんて嫌だ!!

「何をしている。」

「っシンドバッド!」

『お、うさま……。』

ふわりと大きな手が私を救ってくれた。その手は言うまでもなく王様のもの。王様は私からナルテ様引き剥がした後、私を隠すように前に立った。王様の後ろではジャーファルがいて、私の体をそっと支えてくれる。

「これは一体どういうことだナルテ。」

「いっいや、ただ話し相手になってもらおうとしただけだ!」

「ほう、話し相手を無理矢理押さえつけるとは随分かわっているな。」

「っ、」

「莉亜を夜伽の相手とは。とんでもない侮辱をしてくれたものだ。彼女の侮辱はこの国とこの俺を侮辱しているも同然。お前も一国の王ならわかっているだろうな。」

「ま、待て!!悪かった、私が悪かったから交易はやめないでくれ!!」

「此の期に及んで見苦しい。ならば莉亜への侮辱はどう詫びるんだ。」

「交易のシンドバッド王の条件を飲む!だから交易だけはやめないでくれ!この国との交易が無くなれば私の国の民は飢えて死んでしまう!」

「国の民?ああ、お前に散々税を取られて苦しんでいる民のことか。」

「っ!!!そんなことは…っ、」

王様は怒っているのだろう。ピリピリとする空気が私にも感じることが出来た。こんな大事なってしまった。王様にどうやって謝ればいいんだろう。

「とにかく処断は追って下す。明日は大人しく帰れ。」

「っああ、悪かったシンドバッド王よ。そして莉亜殿。」

『は、はい。』

王様の背中で姿は見ることが出来なかったが、声はとても反省しているようだった。しかしそんなことはどうでもいい。私はついに他国の王と問題を起こしてしまったのだ。これは相当の処罰を覚悟しないといけない。

『っ、王様…申し訳ありませんでした!他国の王にこのような無礼を働いてしまい…っ、』

「何を言っている。謝るのは俺の方だ。莉亜が他国へと興味の対象になったのをいいことに甘えてしまった。それが君を危険に晒すなんて…本当にすまないっ、」

『!?…私などに頭をお下げになるのはおやめください王様!』

「いいや、やめない。不快だっただろう。夜伽など、とんでもない侮辱だ。君はそんなものために存在するんじゃない…!莉亜は俺の…、」

「王よ!!」

「はっ!…えーっと、大切な客人なんだっ、もう莉亜に甘えるのはやめる。勘違いしないでくれよ、問題を起こしたからじゃない。もう君を危険に晒したくないんだ。」

『は、はい。わかりました。』

またこの表情だ。前に王様が魔装して空へと連れて行ってくれた時と同じ表情。迷いがあるんだ。でもその迷いはきっと私じゃ晴らすことが出来ない。だから今はそっと見守っていようと思う。いつか彼が私を信用してくれたらいいな。そう思いながら緑射塔へ戻った。




「シン。」

「俺は…何と言おうとしたんだろうな…。」

「………。」

「俺には眩しすぎるんだ。あの笑顔も直向きさも。彼女と向き合う度心が苦しくなる。」

「そうですね…、彼女はあまりにも純粋過ぎます。この世界の汚いことにはあまりにも無知だ。」

「だが、俺は迷うわけにはいかないんだ。この世界を変えるために色んなものを犠牲にしてきた。」

「ええ、どんなことがあっても前に進みましょう。」