家族だから

この世界に来て三ヶ月が経過した。だいぶ戦いにも慣れて、知識もわりと身につけた。謝肉宴以降、私の存在は公になり、海を越えて、様々な国にも知れ渡る。それはたくさんの尾ひれがついた噂にすぎない。

<シンドリア王国に宝石の瞳を持つ女神が現れた。>

こんなとんでもない噂が人から人へ、国から国へと渡ってしまったのだ。そのせいで他国からの貴族や王族が私を一目見ようとシンドリア王国を訪れた。王様は嬉しそうだったが、私はカナンさんに王様の食客に相応しい振る舞いをさせるため、スパルタ教育で私に一国の姫のような立ち振る舞いを教え込んだ。本当に辛かった。カナンさんのおかげで我ながら言葉遣いも立ち方も歩き方も愛想も姫紛いへと変わった。

『疲れた………。』

「莉亜大丈夫?ここのところお客様が多いからもう体も限界でしょう?』

『はは…大丈夫ですヤムさん…。これでも笑っているだけでいつの間にか話は終わってますから…。』

「まったく…王様ったら何を考えているのかしら。まるで莉亜を見世物みたいに。」

ぷりぷりと怒るヤムさんだったが、私は大して気にしてはいない。王様には様々な恩があるし、それはどんな形でもいいから返したいと思っている。私がにこにことしているだけで王様の利益になるのならお安い御用というやつだ。

『私は王様に恩返しがしたいんです。それがどんな形になっても。王様のお役に立てるなら私は何でも致します。』

「莉亜は変わったわねぇ。」

『!…そうですか?』

「ええ、ここに来た頃は本当に何も知らない子供のようだったのに、今では本当にずっと前からここにいたようだもの。」

『それは嬉しいです。ここの世界の人間ではないですけど、少しでも溶け込めているなら安心ですから。』

私がそう言うと、ヤムさんは少しだけ悲しそうな表情を見せた。なんだかこっちも悲しくなってしまう。私の言葉が原因なのだろうか。

「莉亜はまだ自分が異質だと思っているの?」

『………。』

「もう莉亜はシンドリアの家族なのに…気負う必要はないのよ?」

『はい…、でも私がこの世界の人間ではないことに変わりはありません。それにまだ私はシンドリアに害をもたらす存在か、否かもわかってないのです。』

「そんなこと…、」

『あっ、でも私は本当にヤムさんを実の姉のように思っているんです!それだけは伝えておきますね。』

「!!…ええ、私も莉亜を本当の妹のように思ってるわ。だからこそ、心配させてね。」

『ありがとうございます。』

異質、異端、異常。この世界のズレ。それが私だもの。どんなに同じようにしても、必ずそれは綻び始める。だからそれまでに帰らないといけない。私はいつになったら一人で旅が出来るだろうか。今度、王様に聞かなきゃ。

「莉亜…?」

『あっはい!』

「ボーッとしてたけど、やっぱり具合が良くないんじゃない?」

『大丈夫ですよ!あ、そう言えば私新しい魔法を作ってみたんです!見てもらえますか?』

「もちろんよ!もう魔法がつくれるようになるなんてすごいわ!ああ〜マグノシュタット学院に通わせたい!」

『ヤムさんの出身地ですよね。確か世界最高峰の魔導師育成機関…でしたっけ?』

「ええ!莉亜なら天才魔導士にになれるわ!」

『ヤムさんにそう言って頂けるなんて光栄です。機会があれば通いたいです。』

ヤムさんは興奮しきった顔をしていた。自惚れではないが、期待をされているようで嬉しかった。もっともっとヤムさんに認めてもらえるように魔法の勉強を頑張ろう。

「武術も怠るなよ。」

『きゃあっ、ま、ま、マスルールさん!?」

「あら、マスルール君じゃない。どうしたのかしらこんな所に。」

「シンさんが莉亜に用があるって…。」

『王様が…?』

「またオヤジ達の相手!?莉亜は疲れているのよ!?」

『ヤムさんまだそうと決まったわけでは…。』

どーどー、と彼女を宥める。王様が呼んでいるなら早く行かねば。私はヤムさんとマスルールさんに挨拶をして王様の元へと向かった。もう少しだけヤムさんと話したかったなぁと思うのは、ヤムさんとの時間が安らぎの時間だからなのだろう。それは私の胸だけに秘めておくことにした。


「王様は莉亜をどうするつもりなのかしら…。」

「さぁ…。」

「さぁって…、マスルール君は莉亜が心配じゃないの?」

「心配ッス。でもどうにも出来ませんから。」

「そうよねぇ。それが歯がゆいのよ。私だって王様の考えに逆らうつもりはないし、王様の力になれるなら出来る限りのことをするわ。でも、今回ばかりは本当に何を考えているのかわからないのよ。莉亜はもう家族同然だもの。傷つけたくないわ。」

「そッスね。」

「もぉ〜適当なんだからぁ…。」

「もしあいつが泣くようなことがあれば、俺はあいつを逃すだけッス。」

「え?何か言った?」

「いえ、じゃあ俺はこれで。」

「ええ、」

マスルールは人知れずにぎゅっと拳を握っていたが、マスルール自身も、それに気づかなかった。